【TB】雨・海・キスバディ【腐向け】
「どこ行くんですか」「海」それきり会話は無かった。別段、僕たちに必要なことではないから、しなかった。車は南に走る。六月の天気はひどく不安定で、まっすぐにのびた道の向こうは雨雲が景色をグレーにしていたし、窓から入る風もぬるく湿度をはらんでいた。さっき買ったばかりの7upが、
2013-05-16 01:09:38ドリンクホルダーで汗をかいている。車を停めて、砂浜まで歩いた。泣きそうな空、サテンみたいな色の海面、やさしい波の音。「雨だ」彼の言葉に僕はただ頷いた。知ってる、雨が振りそうだったことくらい。だから僕はライダースを、あなたはハンチングを車に置いてきたんだ。大粒の滴が頬を叩く。
2013-05-16 01:17:29靴を脱いだ彼の後を、よろけながらブーツのベルトを外して、裸足で追いかける。「水、あったかいぞ!」明後日の方向に叫ぶ、その横顔にも、いつもと同じグリーンのシャツにも雨は平等に降り注ぎ、肌をなめて、砕ける波と混ざりあって海に吸い込まれていく。濡れますよ、そんな今更なこと。
2013-05-16 01:20:56今すぐ、その手を掴まなければいけない気がした。濡れた砂を踏む足の裏がぞくぞくする。わかっている、虎徹さんはどこにも行かない。だけど、だけど。喉に貼り付いていた言葉を引きむしって投げかける。「濡れますよ…!」「濡れたいんだよ!」ああ、本当にどうしようもない人。
2013-05-16 08:26:34どうしようもない僕達。雨はばらばらと降り続ける。風が吹く度に、定規で引かれたような雨粒の落下がうねり飛び散って、横から僕の頬を打つ。「虎徹さん!」水浸しのメガネの向こう、彼の姿が何度も揺れる。「……!」いっそ静かなほどにゆっくりと寄せた波が、岸の間近で大きくはぜた。
2013-05-16 08:33:49足を掬われるまま笑いながら波間に飲まれる姿に、僕は駆け出した。全身がカッと熱くなり、手足は温度をなくす。波の音も雨の音も遠くなる。眩しい。雲の切れ目からさす光が跳ねる飛沫で乱反射して僕の視界を金色に吹き飛ばす。「虎徹さん…!」血の味がしたと思った。ちがう、海の、味。
2013-05-16 08:38:38一歩進むごとに深くなる水の、すぐそこに虎徹さんはいた。「ばに」波の間にひょいと浮かんで、僕を短く呼ぶ。真っ黒に濡れた髪、曇り空の下で輝く琥珀色の目、砂粒まじりの指が僕を捕まえる。「あぶない、じゃ、ないですか」くそ、笑うな。そんなとろけそうな顔で。
2013-05-16 08:42:49濡れた袖が張り付く腕が首に回される。「浅いよ」海面は胸のすぐ下まで来ていた。波が押し寄せるたいみんぐで柔らかい砂を蹴ると、気持ちよく身体が浮く。離れないよう、抱き締めあった。メガネが邪魔だ。僕はブリッジを掴み首を振って、用をなさなくなったそれをはずした。
2013-05-16 08:46:25お互いに手のひらで顔を拭う。雨は止まず、波は不規則に僕達を洗って、水気がきれる訳はなかった。それでも何度も繰り返した。「 」聴こえない。虎徹さん、水の音に塗りつぶされて聴こえない。唇が象る言葉を目を凝らして追おうとして、すぐに出来なくなる。キスをした。雨が少しずつ弱くなる間、
2013-05-16 08:50:33何度も、揺られながらキスを。繰り返す。流されてもかまわないと思いながら。耳の形をなぞり、髪をすいて、首を撫で、息継ぎをしてまた唇を吸って、舐めて、舌をくっつける。潮の味の向こうにつるつるとして温かい、不思議と薄甘い彼自身の味を探して、何度も。濡れた睫毛が震えた。
2013-05-16 08:54:08冷える肌の下に熱くなっているものがあった。腕が軋む。間近で見る虎徹さんの頬がうっすらと輝いている。きっと、雨が止んで雲が切れたんだろう。とかした黄金にひたるような気分で、僕と虎徹さんはまだキスをしている。
2013-05-16 08:57:31