『いばらの』十文字青
「がうっ、」地面に叩きつけられた拾参號の、多恵はまず、ジェットノズルがある右脚を踏み潰した。それから右腕を引きちぎり、最後に後頭部を膝蹴りで粉砕した。拾参號はまたたく間に残骸と化した。 23-49
2013-08-03 21:26:41多恵は乱れた髪をかきあげ、ちょっとだけ笑ってみせた。「誰も死なせない。目の前で死なれると、あんまり気分よくないしね。」 23-50
2013-08-03 21:26:59ふだんより二時間早起きし、朝風呂に入って眠気を覚ました。気合いを入れまくり、念入りにメイクをして、一切妥協しなかった。どこから、どの角度から見ても、かわいい。完璧にかわいく仕上げた。 24-02
2013-08-03 21:27:32制服は、篠井多恵の予備のものを貸してもらった。かじまりこと鍛治田真璃子の制服はサイズが合わないのだとぼやいたら、多恵が自分の制服を使ってもいいと言ってくれたのだ。人間アレルギーの多恵が自分の服を貸してくれるなんて、ものすごいことだ。ちょっとした事件だ。 24-03
2013-08-03 21:27:57自分の部屋を出て居間に行くと、父が食卓についていた。父の足許には、タヌキのロクが。台所はにぎわっている。母と、弟の茨野流星と、修理済みの自動人形ペロリアンヌ拾弐號、三人で料理をしようとしたりできなかったり料理をしたりしているので、騒がしいし、窮屈そうだ。 24-04
2013-08-03 21:28:15「おはよう。」と日与彦が挨拶をすると、母が相好を崩した。「おはよぉ。あらあ。日与ちゃん、とってもすてきね。息子じゃなくて娘みたい。」 24-05
2013-08-03 21:28:38エプロン姿の流星は一瞥をくれて、ふん、と鼻を鳴らした。「中学校のときのジャージスタイルよりは、ある意味、まともだね。」「ひよにいは攻めですか。受けですか。」拾弐號の言うことはよくわからない。無視してもいいと思う。 24-07
2013-08-03 21:29:06父はボサボサ髪に埋もれそうな丸眼鏡をこっちに向けた。「オハヨウ。」なんだか、ぎこちない。動作も、口調も。「……ていうか、え!? なんで!? お、お父さんがっ!? ええ!? いるわけなくない!? だ、だって、お葬式もやったし、お父さん、死っ……、」 24-09
2013-08-03 21:29:45「ワタシハモウ、シンデイル。」「はぁっ!? 死んでるって……、」「あぁー。ごめんねぇ、日与ちゃん。お母さん、ゆってなかったかなぁ。」「い、言ってなかったって、お、お母さん、何を!?」「お母さん、お父さんのこと大好きだから、魔法で生き返らせちゃった。てへっ。」 24-10
2013-08-03 21:30:02「生き返っ……、」「でもね、」流星は巧みに包丁を操りながら溜息をついた。「見てのとおり、生きていたころと同じってわけじゃない。動く、腐らない死体。ようするに、ゾンビみたいなものかな。」「ワタシハモウ、シンデイル。」「所詮、魔法だから……、」 24-11
2013-08-03 21:30:27母は肩を落とした。落ちこんでいるみたいだ。「いつか、ちゃんと生き返らせてあげられるといいなぁ。それまで、悪いけど、我慢してね、継人さん。」「ワタシハモウ、シンデイル。ウケケケケッ。」 24-12
2013-08-03 21:30:44「それまでは毎晩ネクロフィリアですね。」拾弐號の言うネクロフィリアというのが何なのか、よくわからないが、どうせろくなことじゃないだろう。 24-13
2013-08-03 21:31:01「ま、まあ……、」父はえらく顔色が悪い。死に顔と大差ない。さわったら冷たそうだが、さわりたくない。でも動いている。「よかった……かな? お母さんがいいなら、それで……。」 24-14
2013-08-03 21:31:15ほとんど流星が作った朝ご飯を食べて、家を出た。冷気を感じて振り向くと、えみるんこと新妻笑るが立っていた。海草みたいな髪が長すぎる霊子さんが、その肩に顎をのせて、ゆらぁ、ゆらぁ、と手を振っている。「おはよう。ひよりん。」 24-15
2013-08-03 21:31:30すぐには声が出なかった。えみるんとは長いつきあいだ。何でも話せる間柄というわけじゃないにしても、それなりに気の置けない幼馴染みだった。にもかかわらず、女装が好きだと匂わせたことさえ一度もない。 24-16
2013-08-03 21:31:49もしかすると、そうなのかもしれない。流星にだってばれていたのだ。重い、重すぎる秘密を一人で抱えているつもりになっていたが、そうじゃなったのかもしれない。大切な人たちはすっかり見抜いていて、そっと見守っていてくれたのかもしれない。 24-18
2013-08-03 21:32:18「おはよう、えみるん。」せめてとびっきりの笑顔で挨拶を返そうと思った。きっとできているはずだ。今の自分はちゃんとかわいいはずだ。「肩凝りは、どう?」「相変わらず。」「そっか。だよね。」 24-19
2013-08-03 21:32:36いつかどうにかしてあげようと心に誓った。霊子さんを説得して成仏してもらうとか、何か方法があるはずだ。なんとかして、それを探そう。 24-20
2013-08-03 21:32:52えみるんと肩を並べて学校に向かった。そうすると当然、同じ学校の生徒と行き会うことになる。地下鉄なんかに乗っていると、ちょっとしたスター並みに注目を浴びまくって、正直、呼吸するだけでやっとだ。おい、あいつ、あれじゃね? うおっ。すげえ。見た見た。テレビで。 24-21
2013-08-03 21:33:08あの子だよね? あーメールで言っていたやつ? 俺あいつと一年のとき同じクラスだったんだけど。マジ? マジマジ。いやあ知らなかったわ。てかあれで学校行くつもりなのかよ。おかしいんじゃねえの。やばい。うける。わけわかんね。やばいわ。 24-22
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