log・宝石

宝石を生む少年と、お嬢様と、安岡の話。
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sunny_m @sunny_m_rainy

sunny_mは喉からぽろぽろと宝石が出てくる病気です。進行すると感情の起伏が激しくなります。人魚の涙が薬になります。 http://t.co/wW6YlwTVnY ちょっと面白いかも。

2013-06-12 19:58:17
sunny_m @sunny_m_rainy

荒れた部屋の中央。彼はまるで小さな子供のようにぼんやりと床に座り込んでいた。破れたカーテン。絵の具がぶちまけられた壁と天井。割れた花瓶。折れた椅子の足。乱雑に転がる人形やおもちゃたち。そしてその合間に転がるのは、きらびやかに輝く宝石だった。

2013-06-13 00:03:44
sunny_m @sunny_m_rainy

緋。蒼。翠。無色透明に光を湛えるもの。高価な値がつく事がうかがえるそれらは、壊れたオルゴールと同じような扱いで床に転がっていた。紅玉、碧玉、金剛石。それらを生み出したのは、部屋の中央で未だぼんやりと背中を丸めて座り込んでいる少年だった。

2013-06-13 00:04:01
sunny_m @sunny_m_rainy

不健康な白い肌はまるで石膏。水気のないぱさぱさとした髪は砂漠を連想させ、骨ばった体つきはまさに石の彫像のようだ。

2013-06-13 00:04:14
sunny_m @sunny_m_rainy

部屋の入口、そんな少年を観察するように女が立っていた。すらりとした様子の女は血統書つきの猫のように美しく、きまぐれな目許が印象的であった。女は少年をしばし眺め、足元に落ちていた純白の真珠をひとつ、拾い上げた。

2013-06-13 00:04:38
sunny_m @sunny_m_rainy

ひんやりと冷たい感触に内側から滲み出るような色合い。女の肌よりも白くまろく磨かれたそれは、紛い物でもない、本物の真珠だった。「この少年も先代からの遺品でございます」女の斜め後ろで控えていた初老の男がそう、女に告げた。

2013-06-13 00:09:00
sunny_m @sunny_m_rainy

その言葉を受けて、女はその形の良い眉を軽く上げた。「宝石を生み出す少年。まさしく金の成る木だわね」手のひらで真珠を玩びながら、皮肉めいた言葉を女は呟く。その言葉を受けて、いかがなさいますか、と初老の男が問いかけてきた。

2013-06-13 00:09:17
sunny_m @sunny_m_rainy

「この少年、最近では宝石の生産が落ちてきている、と聞いています。お嬢様の装飾品程度ならば生み出せるとは思いますが」男の言葉に、そうねぇ、と女はひとつ笑った。「このままここに置いて宝石を生み続けてもらうもよし、下請けに売ってしまってもよし。まったくたいした遺産だわ」

2013-06-13 00:09:42
sunny_m @sunny_m_rainy

そう言いながら女は部屋の中へと進んだ。華奢なヒールの爪先がかつん、と無造作に大きな紫水晶の固まりを蹴り飛ばす。近づいてきた女に少年が茫とした眼差しを向けた。砂色の前髪の下、黒曜石のように真っ黒い瞳がなんの光も持たずにこちらを見るのを、軽く眉を寄せながら女は見返した。

2013-06-13 00:10:27
sunny_m @sunny_m_rainy

「……」少年は何か言おうとして、口を開いた。が、そこから出てきたのは言葉ではなく宝石だった。血のように紅い珊瑚の珠が床にこぼれ落ちる。女はしゃがみこみ、少年から生まれた宝石を手に取った。

2013-06-13 00:10:42
sunny_m @sunny_m_rainy

「これ、私にくれるの?」そう言って女は、手のなかの珊瑚と同等の紅を有する唇を綻ばせた。ありがとう、と笑う女は宝石に負けないほどに鮮やかに美しい。しかし、そんな艶やかな女の様子に心が動く様子もなく、少年はただ茫洋とした様子で座り込んでいるだけだった。

2013-06-13 00:11:07
sunny_m @sunny_m_rainy

「安岡」視線は少年にを向けたまま、女が威厳に満ちた声で初老の男の名を呼んだ。「なんでございましょう」「医者を呼びなさい」「は」女の言葉の意味が解らないような、怪訝そうな声をもらした初老の男に、女はゆっくりと立ち上がり振り返った。

2013-06-13 00:11:23
sunny_m @sunny_m_rainy

その華やかな顔は不愉快そうに険を帯びている。「まずは、この子が暴れないように与えられた薬を抜くための医者を手配なさい。それから、この奇病を治す事ができる医者も」「…かしこまりました」

2013-06-13 00:11:39
sunny_m @sunny_m_rainy

一呼吸置いて、初老の男は女の命令を受けた。一礼をして、早速医者の手配のために部屋を退出した男を見送り、女は再び少年の前へしゃがみこんだ。安岡は少し頭が硬いが、命令には忠実だし信頼もできる。先代の遺産の中で、ほとんど唯一と言って良いくらいまともでありがたい遺産だ。

2013-06-13 00:11:57
sunny_m @sunny_m_rainy

あとは、ろくでもないものばかり。「ホントに最悪最低なババアだったわね」そう小さく悪態をつき、女は目の前の少年を見つめた。「あなたも、長い時間がかかるかもしれないけれど、きちんと元に戻してあげる」女の強い意思のこもった眼差しを受けて、少年の黒曜石の瞳が微かに光を帯びたようだった。

2013-06-13 00:12:15