さやわかさんの現代アイドル入門、スタートしました

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斧屋(おのや) @onoyax

これはさやわかさんの講義内容とはずれるかもだけど、確認しておきたいのは、演劇的であることと内面の表出的なことは別に対立することではなくて、儀礼的な振る舞いが習慣化したら、それは内面からの自然な行動である。(続く)

2013-07-01 02:08:32
斧屋(おのや) @onoyax

例えばジャニーズのライブで自分が思ったのは、歓声のタイミングが揃っていることであるが、これはみんなが揃えようと意識しているというより、このタイミングで歓声を上げるのだという文化が徐々にそれぞれのファンの身体に内面化された結果、本心から同じタイミングで歓声を上げるのだと考えられる。

2013-07-01 02:12:02
斧屋(おのや) @onoyax

その習慣を内面化していない外部からは、いかにも演技的・宗教的(でこわい)と思われることも、その内部のコミュニティでは極めて自然なふるまいであるということはままあるだろう。たとえば外国人にとって、日本人のお辞儀はそうしたものであるかもしれない。

2013-07-01 02:17:42
斧屋(おのや) @onoyax

何が言いたいんだったっけか

2013-07-01 02:18:58
斧屋(おのや) @onoyax

今回TIFにあまり地方アイドルが参加しないというのは、興味深いことで、地方アイドルが集結するフェスが夏にたくさん開かれるせいもあるだろう。

2013-07-01 02:22:41
斧屋(おのや) @onoyax

DDは誰でも大好きの意味だが、「あるファンが全てのアイドルを好き」、という意味だけでなく、「誰でも(老若男女が)アイドルのことが好き」という事態が到来してきているようにも思える。ある特定のアイドルを好き、でなくて、それぞれの地域の人が、そこのアイドルを好き、という状況が。

2013-07-01 02:25:46
斧屋(おのや) @onoyax

ま、なんかいろいろ書いたけど、寝る

2013-07-01 02:26:11
斧屋(おのや) @onoyax

「好き嫌いを越えられない時代」に対する処方箋を自分なりに考えるなら、対立を避けるには抽象化を試みることで、「Aを好き」と「Bを好き」の対立は「何かを好きということにおいては共通する我々」という解決の可能性がある。

2013-07-01 02:32:24
斧屋(おのや) @onoyax

そのためには、逆説的なようだけど、他者と自分は全然違うってことを知っていることが大事なのかな。同調圧力が強いほど、少しの違いが排他性を生んでしまうような。初めから根本的に違うということが分かっていれば、その中で対話の可能性を探れるような。甘いかな。

2013-07-01 02:38:20
斧屋(おのや) @onoyax

ま、何かアイドル的なものを好きな我々のことを考えるために、手始めにジャニーズ、宝塚、K-pop、演歌歌手と見回っておりますですよ、はい。 互いに他ジャンルが宗教的で儀礼的で演技的でわざとらしく愚かしく見えても、それは好きという気持ちの文化的な集団的な発展の結果だったりするわけで。

2013-07-01 02:44:16
オオハタヒロアキ @oht090

さやわかさんのBRAINZ行ってきた。好き嫌いや善悪を越えたところにDDがいる、とかアイドル論からポップカルチャー批評への論理展開が僕らにもすんなり飲み込めるあたりが、まさに「今」なんだと思った。「批評は物語なんだ」にも、うなづけた。第2回も興味深い。

2013-07-01 10:50:13
harakei373 @harakei373

「リアル〜完全なる首長竜の日〜」途中まで黒澤清監督らしかったんだけどなー。ウェルメイドなシメが下手なんだろーなー。やっぱり気色悪くて後味悪い終わり方こそ黒澤清なのだろうか。次はクロユリ団地。佐藤健観たあとに前田敦子観ます(笑)

2013-07-01 12:37:35
harakei373 @harakei373

「AKB商法とは何だったのか」を読むとMr.Childrenがある時期からシングルを出さなくなった理由がなんとなくわかります。

2013-07-01 12:48:27
harakei373 @harakei373

つーか「リアル〜完全なる首長竜の日〜」のスタッフロールの制作委員会総括という項目に小林武史って書いてたけどこの小林武史はあの小林武史なのだろうか。

2013-07-01 12:49:30
八木皓平🐐🏉 @lovesydbarrett

さやわかさんのレクチャー拝聴したかったなぁ。評判良すぎだろう。

2013-07-01 15:46:05
†kenn† @10kenn22

昨日(既に一昨日…)、さやわかさんのアイドル講座行ったのですが、全然うまく質問できず自分の頭の悪さを思い知り、 もう一回ここにまとめ直しておこうと思います

2013-07-02 00:30:22
†kenn† @10kenn22

さやわかさんのおっしゃった「現場主義的なアイドル」と「メディア的なアイドル」とは、それぞれ「三次元的」と「二次元的」に言い換えられて、今の現場主義が主であるアイドル界とは、つまり三次元的な接触を求める欲望が集まっているように思えます。 アイドルに対して、その人本人を楽しむという。

2013-07-02 01:00:44
†kenn† @10kenn22

この分化が発生したのはまさに「アイドル冬の時代」でしょうし、それ以前のアイドル像とは「二次元的」であったという印象です。(ちょっと脱線しますが、声優アイドルはこの点を現在でも保持していると思っています)

2013-07-02 01:05:02
†kenn† @10kenn22

今、三次元的な接触を求める欲求がアイドルに向けられているのだとしたら、講義の中でおっしゃられた「AKBってキャバ嬢じゃん」という批判を無視できないと思うのです。 現場主義がもたらす、接触重視のアイドルに対してどうお思いでしょう?

2013-07-02 01:06:33
†kenn† @10kenn22

あともう一個。 「ラブライブ」や「アイマス」をどうお考えなのでしょうか、と。これも現代アイドル史の中に含めることができるとお考えでしょうか?それとも否でしょうか、

2013-07-02 01:08:00
†kenn† @10kenn22

アイドルを「三次元的」「二次元的」と分けたのは、かのアイドル冬の時代に、二次元的な要素を求めた大勢が、萌え文化に流れた、そしてアイドルの二次元的部分を重視していない、つまり少女そのもの、三次元的なものに見る主眼があった人々がアイドルを現代まで存続させたと思っているからです。

2013-07-02 01:18:14
†kenn† @10kenn22

正直なところ、アイドル史への勉強が足りないので、歴史概観として誤っているとしたら、それは是非是非指摘していただきたいと思っています。

2013-07-02 01:19:56
†kenn† @10kenn22

なので、私は冬の時代に「二次元に行けたのに、アイドルに留まった」人々の流れが現代のアイドルにおける接触重視に似たところを感じてはいます。

2013-07-02 01:22:04
†kenn† @10kenn22

また、昨日聞いてとても面白いなと思った「今のアイドルは、いまだモー娘。のパラダイムの中にある」という言葉も、同じように、冬の時代にアイドルを選択した人々の意識が、現代のアイドルにおいてまで影響を与えているのでは、と思いました。

2013-07-02 01:26:05
†kenn† @10kenn22

つらつらと言いたい事が拡散してきたのでこの辺りで寝ようかと、 いずれこれをアイドルとの「距離」をメインにおいて語りたいと、思います。

2013-07-02 01:27:41