トゥー・ファー・トゥー・ヒア・ユア・ハイク
やがて彼のスコープは、屋上に現れた赤黒のニンジャの姿を捉える。ボンサイの間をしめやかに、だが素早く歩き進み、ダルマに接近するニンジャを。「……」やはり来たのだ。来なければ、あの女を爆殺し、その後何人でもやるつもりだった。それはそれで十分に効く。だがその必要はなかったようだ。 25
2013-07-12 00:20:09ニンジャスレイヤーはダルマの台座によじ登り、見ず知らずの女の拘束を解きにかかる。そこで首のバクチクに気づく。「……」起爆はしない。そんなことをすれば、爆発を避ける動きを追う必要が出る。見るがいい。周囲を警戒しながら、ニンジャスレイヤーはバクチクに手をかける。 26
2013-07-12 00:23:58スナイパースリケンの投擲には通常、手甲状の加速器を用いる。だがディアハンターにはそうしたニンジャギアがかえって邪魔だった。己のニンジャ筋力とニンジャ視力、ニンジャ器用さを十全に発揮する事が、最高のスナイパースリケンへの近道だと確信していた。腕に力がこもり、鉄のように硬直した。27
2013-07-12 00:27:31ニンジャスレイヤーは丁度このタワーに対して背中を向けた格好だ。当然それもディアハンターの計算づくである。ディアハンターの腕がブルブルと震え、やがて、マンリキめいた力で指先に挟まれたスリケンが蒸気を発しはじめた。霧雨が熱によって蒸発しているのだ。力が満ちるのを感じる。時が。 28
2013-07-12 00:31:16ニンジャスレイヤーは女の首からバクチクを外す。「イヤーッ!」その瞬間、既にディアハンターは渾身の、必殺のスリケンを投擲し終えていた。空気が唸りながら渦巻き、ニンジャならばかろうじて視認できる風の道を残す。ディアハンターは独特のザンシン姿勢をとり、投擲動作の反動に耐える。 29
2013-07-12 00:34:08「……!?」ディアハンターは反動をこらえながら、スコープメンポの下で目を見開く。ニンジャスレイヤーはこちらを振り返っていた。その右手を水平に振りぬいた姿勢で……振り返る……否、ニンジャスレイヤーのそれは、スリケンを投擲し終えた姿勢であった。どこへ。当然、ディアハンターめがけ。30
2013-07-12 00:36:56振り向きざまのスリケン投擲?では、敵は、ニンジャスレイヤーは、こちらの狙いを感じ取ったというのか?極点集中させたディアハンターの殺気を?……ディアハンターの脳内をニンジャアドレナリンが満たし、主観時間が泥めいて濁りながら鈍化した。スリケンとスリケンが正面衝突した。 31
2013-07-12 00:39:39ディアハンターがそのときスコープ越しに見たのは、ニンジャスレイヤーの赤黒の目だった。ニンジャスレイヤーはそのとき、確かにディアハンターを見ていた。暗い湖のような目だった。怒りの嵐が吹き荒れた後の凪めいた、恐ろしくも静かな目だった。怒りを知り、忘れず、踏まえた無感情だった。 32
2013-07-12 00:43:44ディアハンターの脳天に、自らの投げたスリケンが直撃した。彼のスナイパースリケンは、標的であるニンジャスレイヤーへ到達する九割の距離まで飛行し、そこで、投げ返しのスリケンと衝突した。寸分たがわぬ真逆ベクトルの衝突力を受けた彼のスリケンは、彼自身の投擲力によって、飛び戻った。33
2013-07-12 00:46:39(((何が起きた?)))ディアハンターは考えようとした。呪術じみたインガオホーに見舞われ、致命傷を受けた彼に、もはや状況判断する力は残されていない。(((俺は死ぬのか?)))彼はこぼれ落ちる血と脳漿を手の平に受けた。彼はニンジャスレイヤーのあの目をフラッシュバックした。 34
2013-07-12 00:53:55(((怒りとは。果たして何だったか))) 彼はうつ伏せにカワラ屋根に倒れた。そして爆発四散した。「サヨナラ!」 35
2013-07-12 00:55:154キロ離れたビル屋上。投擲後、小首を傾げるように避けたニンジャスレイヤーの背後、ダルマの片目に、跳ね返ったスリケンが黒目じみて突き刺さった。ケブラー縄が切断され、女が滑り落ちる。「アイエエエエ!」悲鳴を上げる女を、ニンジャスレイヤーは抱き止める。女は白目を剥いて気絶した。36
2013-07-12 01:02:52「イヤーッ!」台座から女とともに飛び降りると、ニンジャスレイヤーは大ぶりのボンサイの脇、霧雨のかからぬ位置に、気絶した女を横たえた。じき、目を覚ます事だろう。ニンジャスレイヤーは霧雨にうたれながら、しばし沈思黙考していた。 37
2013-07-12 01:05:33タワーの青いライトアップが霧雨に滲む。青は明日も雨であることを示す。金色のライトアップは祈りにも似ている。それが訪れることはない。 38
2013-07-12 01:06:49