【二次創作な】「ネイキッド・エンペラー」前編

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「…そして、子供をカチグミにしようと思ったら、やはりそれなりのカネがかかる。私はね、仲人として、君たち三人の幸せに義務を負っているんだ」「しかし、私がハイクなど」「勝って貰おうなんて思っとらんよ。どうせお偉いさんの引き立て役なんだ、どうかね、軽い気持ちで一つ…」 22

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何たるマッポーのネオサイタマにそぐわぬ心遣いだろうか。否、これがサラリマンの本来なのだ。気遣いと奥ゆかしさは会社という狭いコミュニティで信頼関係を築くために必要不可欠な素質である。ここまで言われてしまえば、フジキドにも断る理由は無い。彼はヤマダ副係長の目を見据え、深く頷いた。23

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「やってくれるか！ヨシ、ヨシ、今日はもうアガリにしよう。週末まで時間がないな、明日は特訓だ！」「ヨロコンデ」「信じていたぞ、フジキド＝サン！君の家庭をうちのような荒んだ物にするわけにはいかんからな！サスガ！」ヤマダ副係長はフジキドの手を取った。フジキドは深々と頭を下げた。 24

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ドクターは確かにハイクコロシアムのエンペラーである。しかし、そこから得られる収入はごく僅かだ。額面上は平均的サラリマンのそれを遥かに上回っているが、衣装の維持費、演出費、オーディエンスに振る舞うドリンク代…それらステージに立つための経費と相殺すれば手元にはいくらも残らない。25

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エンペラーの称号を欲しいままにする彼ですらこの境遇なのだ、一般参加者の懐事情については説明するまでもない。ハイクコロシアムは、有り体に言ってしまえば夢ある若者からカネを吸い上げる施設である。更に申し上げるなら、そこまでしてもコロシアムの経営状況は芳しくはない。26

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昼のドクターは単なるサラリマンである。ドブネズミ色のスーツに身を包み、無害なオフィスＵＮＩＸと向き合う。彼ほどの知性があればカチグミ企業への就職は容易く、またルーチンワークと化した事務作業は合間合間にハイクを練るには最適の環境である。給与も決して悪くはない。 27

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昼はサラリマン、夜はハイクの帝王。何不自由ない、ネオサイタマ市民の平均から比べれば恵まれていると言う他無い生活。だが、彼はこれをベストと考えているわけではなかった。社内ＩＲＣにメッセージの着信。彼は急いでそれを開く。件名は「ハイク・コン参加者決定」、送り主は常務である。 28

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彼はかねてよりコンへの参加を熱望していた。ネオサイタマ最大の社会人ハイク大会であるハイク・コンには、当然ハイク専門誌もプレスとして取材に訪れる。そして、運良くこれら関係者の目に留まれば、プロあるいはセミプロのハイカーとしてデビューするのは珍しい事ではない。狙いはこれである。29

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彼にコロシアムのエンペラーで終わる気は無かった。実際いくらあのような地下施設で成績を残そうと、伝統あるハイク協会の価値基準からすればドングリ・コンペティションに過ぎない。伝統ハイク界とサブカルチャーとしてのハイクは完全に乖離しており、社会から認められるのは前者だけだ。 30

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ドクターはメッセージを何度も読み返した。主将以下先鋒まで五人の名前が並んでいるが…そこに自らの名は見つからなかった。本来それが記されるべき先鋒の欄には、彼の最も嫌う人物の名があった。「スゴーイ！バギシ＝サンスゴーイ！もうハイク・コンに出るノー！？エーッ、入社何年目ー！？」 31

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「ガハハ！イヤ、スミマセン！二年目ですスミマセンガハハ！イヤー、いいのかなァー！僕なんかが！ハイク・コン！先鋒！ガハハ！」ナムサン、女性事務員におだてられているのは新人のバギシ！常務の甥に当たるコネ入社の元アメフト部員！顔も体格も良くスポーツ万能、その上経営者一族だ！ 32

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ただし仕事はできない。幾度となく彼のミスのフォローをさせられてきたドクターは、その事を誰よりも身に沁みて理解していた。当然マトモなハイクなど詠めるはずも無し！「バギシ＝サン、ハイク作ってみてェー！」「ガハハ！エート…”タマチャン・ジャングルに／パンダが住んでいた”」 33

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「スゴーイ！カワイイー！ポエット！」「カワイイー！スゴーイ！」「スゴー…」ガダーン！女性事務員の嬌声を遮るようにドクターがイスを蹴倒して立ち上がり、バギシを睨みつける！その肩はワナワナと震えている！その場に居た全員が静まり返り、ドクターは乱暴にドアを開けオフィスを後にする！ 34

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目指すは常務室！廊下にたむろする有象無象社員を肩で押しのけ、バーン！ノックも無しに厚い樫のドアを蹴破る！鼻の穴に指を突っ込んでいた常務はその姿勢のまま固まった！「常務！何故ですか！バギシ＝サンなどを！栄誉あるハイク・コンに！私は何度も何度も出場をお願いしていた筈です！」 35

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突然の闖入者に硬直していた常務だが、事態を理解した彼は侮蔑的に眉を歪め、ドクターの上気した顔を斜めに睨んだ。「バカを言うんじゃない。バギシ＝サンは将来経営陣に加わるべき人材だ。実績が必要なのだ、ハイクのな。キミごときヒラを出して我が社に何の得がある？立場をわきまえたまえ」36

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「しかし！常務！彼のハイクをご存知ですか、三センテンスルールすら守れないのですよ！」「キミがハイク・マニアックなのは良く知っているよ。だがな、ハイク・コンはジュニアハイのコンテストじゃあない。高度な政治の場なのだ。キミには理解不可能な世界なのだよ。分からんか？高学歴のくせに」37

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「すぐに業務に戻れば今回のシツレイは不問にしてやる。引き取りたまえ」「ザ…ザ…ザッケンナコラー！」ドクターは常務の襟首を掴み激しく揺さぶる！アメフト部員の叔父は当然アメフト部員、しかしドクターの細腕はその巨躯をＰＶＣ人形か何かのように激しく揺り動かす！カジバ・フォース！ 38

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「アバ止めたまアバアバアバアバッ！？」「止めません！死…死んでやる！出られないなら常務を殺して私も死んでやる！その筋肉脳味噌をミンチにしてやるーッ！」「アバアバアバアバタカがハイクじゃないかアバアバアバッ！？」「タカがだとーッ！？だから弊社は未だに準カチグミなんだーッ！」 39

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「いいか！文化！メセナ！この筋肉頭のジョックどもめーッ！こ…こ…殺してやるーッ！」「アバアバッ分かった！分かったから手を離せアバアバアバアバッ！」「約束しますか！？私が！先鋒！バギシは！補欠！ワッドルザナックルァーッ！？」「する、約束アバババする！アバッアバババーッ？！」 40

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ドクターは常務を開放した。その目は狂気に濁り、シチサンに整えられたはずの頭髪はザンバラ、細い歯がギチギチと鳴っている。ハイク・オニの姿だ！コワイ！常務は恐怖した。ここで断れば何をされるか分からぬ。元ジョックの彼にはなりふり構わなくなったギークの恐ろしさがよく分かっている。 41

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彼は先祖代々伝わる校内銃乱射事件の顛末を思い出した。ここは政治で乗り切るべきだ。「…メチャクチャだ。イヤ、出す。キミを出す。ただしこれが最初で最後だ。そして出るなら勝て！勝てなければセプクだ！」「ハァーッ、ハァーッ…。無論です。私はエンペラーなんだ！必ずや優勝して見せます！」42

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「いや、優勝はやめてくれたまえ。ウチ以上のカチグミに逆らうようなことがあれば…」「優勝！出るからには優勝！ズラッガァーッ！？」「しかしだね」「”セキバハラでは／遠慮した奴が死ぬ／優勝だ”！」「ゆ…優勝」「”勝てばカチグミ／負ければマケグミ／優勝だ”！」「アッハイ…優勝します」43

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…これがハイクの力である。日本人のＤＮＡに刻まれた感情アーキタイプを励起するコトダマ、高次の物になれば耐性を持たぬ人間の心など自由に操れる！ドクターのハイク能力は千載一遇のチャンスを前に急速に開花、恐らくサンシタクラスであればニンジャですらコントロールされるであろう！ 44

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「優勝！」「優勝！」「ハイク！」「ハイク！」おお…ナムアミダブツ！常務はもはや音声誘導式ジョルリ人形も同然！恐るべきは文学、そしてそれを生み出した先人の苦心である！「優勝！」「優勝！」「ハイク！」「ハイク！ハイク！ハイクゥーッ！」45