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「主張しないと通じない」というのが一面の事実。一方で主張せず裏で陰口をたたく奴もおる。不満があるならその場で云えよと。かといって、当てつけがましく大義名分で相手を押さえつける事も、それは又怨念の火種になる訳で避けるのだが。結局法に導かれて己が悟るより道は無いのだし。
2010-10-04 02:51:25こないだもここで語ったかもしれないが、あるお偉いさん(Aさん)に聞いた話 ある正装でくるのが本来正しい場にAさんが正装でいったら、その場に居合わせた別のお偉いさん(Bさん、Aさんよりも先輩)が後で陰口叩いてたらしい。Aさんは人づてにそれを聞いて、衝撃を受けたとか。
2010-10-04 02:54:00不思議なことにその場に正装で来たことで、Bさんのメンツが潰れたと。Bさんが恥かかされたと思ったらしいんやな。立場のある者が、正しいことを己のメンツのためにねじ曲げて、しかもその不満をその場で本人に云わず、陰口を以て報復に打って出るなんてのは正直どうなんだ、笑止千万
2010-10-04 02:56:10世の中はそういうものなんだとAさんは云っていて、公の場に出るときは事前にその場のTPOを主催者に確認して把握しておくことが大事だと教えてくれた。しかし俺は内心納得できない。「やめられないとまらない」というのが衆生ではあっても、そんな連鎖は自分たちの世代で断ち切るべきである
2010-10-04 02:59:31だが、俺は釈尊の説かれた教えを無視できる立場にもない。立場には立場相応の振る舞いというものがある。そこを崩すということはすなわち倫理観と伝統の破壊を意味する。そこをねじ曲げることは、一個人の浅ましいはからいでやっていいことではない
2010-10-04 03:03:15ただ現実的にやれることというのは、自分と同じ同志を増やすことと、自分が「公の場」を主催するときに正しい方法でその場を仕切ること、以て主催という事を積極的にやる、ということぐらいしかないのだろう
2010-10-04 03:04:20蓮如上人曰く「無宿善の機にいたりては力及ばず」(御文章四帖の八 八ヶ条より)。即刻どうしようもない事も世の中にはいっぱいあるんだろう、自分の一生を掛けてもどうしようもないこともあろう。しかし宿善というのは簡単に言えば「積み重ねの結果」だ。今からでもやれることはある。
2010-10-04 03:09:49参考資料:蓮如上人御文章(御文) 四帖http://www.venus.dti.ne.jp/~bouzu893/seiten/ofumi/ofumi4.html
2010-10-04 03:10:40他者をあからさまに批判して怨念の情にしばりつけるでもなく、己の正義を他者におしつけるでもなく、かといって信念を曲げるでもなく、信念を現して行動せぬでもない。釈尊や先達の皆様の伝道のご苦労を思えば、お敬いの心は尽きず そのお敬いの心あるかぎり、例え一人になろうとも伝道はしていきたい
2010-10-04 03:13:29そしてそういう肩の凝ったような使命感なんてものは表に出すと他人が退くんだろう。だから、それを他人語に訳してわかりやすくしようと思えば、帰結としては「自分が楽しいと思うことに人を巻き込む」ってことになるんだろうな。
2010-10-04 03:15:03