グッド・タイムズ・アー・ソー・ハード・トゥ・ファインド #1

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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

痛みや怪我には耐えられる。屈辱にも。傷は耐えればそのうち治る。心は閉ざせばそれで済む。彼女にはどうでも良いことだった。だがこの夜、彼女は胸騒ぎをおぼえた。下のベッドのユマナを起こさぬよう、床に降りて横切り、窓のサッシを少し押し開いた。 25

2013-09-15 21:48:33
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

雨はぬるい。キカは窓から顔を出し、左右を確かめる。また部屋を横切り、ユマナを起こさぬよう、コートを取り出し、しめやかに羽織ると、窓枠を乗り越え、外側にぶら下がった。そしてそのまま下へ降りた。大胆な行いだ。雨であろうと、警備員は犬を連れ、常に敷地内を巡回している。 26

2013-09-15 21:58:12
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

キカは自分が降りた二階窓を一度見上げた。ユマナ一人でいるところをサモダ女史に見つかれば、二人とも、かなり、よくない。早目に戻った方がいい。だが、キカは確かめたいと思った。胸騒ぎが気のせいであるという安心を得るには、もう少し歩かねば。 27

2013-09-15 22:14:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

校舎沿いに、彼女は駆ける。どこへ向かえという確証があるわけではない。アトモスフィアだ。「……」泥を撥ねて彼女は立ち止まる。前方でヒトダマめいて、ゆらゆらと光が揺れる。彼女は近くを見渡し、植え込みの茂みに身を潜めた。……近づいて来たのは、やはり巡回警備員だ。犬もいる! 28

2013-09-15 22:22:16
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「……」キカはじっとやり過ごそうとした。雨は僥倖だ、犬の嗅覚をごまかすことができる。ごまかしきれるかは、わからない……。「ハーッ!」犬は荒い息を吐きながら通過する。キカの方向を見ようとする。コンマ数秒。犬はすぐに茂みを離れる。リードを引く警備員を引っ張るように、先を急ぐ。 29

2013-09-15 22:26:58
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

そのまま進む。左手に大人達の寮。雨はぬるい。やがてレンガと瓦の塀。瓦は電導素材で作られており、変質者やペケロッパ・カルト、生徒との逢引を試みるヨタモノに対して致死的バリアとなる。同時にそれは、内に暮らす生徒を外の退廃世界に放たぬようにする鳥籠の意味も持つ……。 30

2013-09-15 22:36:29
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

厳しい建物、塀、刈り揃えられた生け垣。心安らぐものではありえないが、いつもと変わらぬそれらの質感が、彼女を鎮めてくれそうだった。気のせい。帰ろう。迷惑がかからぬうちに。キカは雨水の滴る髪を撫でつけ、顔を上げた。息を呑んだ。遠目に、確かに見た。礼拝堂の裏手で影が蠢いていた。31

2013-09-15 22:44:50
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「……」彼女はツバキの木の陰に隠れ、見守った。彼女は祈った。不安な予感を打ち消そうとした。影は人間だ……男だ。何人か。闇に目が慣れて来ている。彼女は雨の中、目を凝らす。何人かの警備員?それから、傘をさしているスーツ姿の男……校長だ。何をしているのだろう? 32

2013-09-15 22:49:33
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

警備員が何をしているのか、やがてわかった。土を掘り返しているのだ。校長が見守る中、大きなスコップを振るい、ザクザクと。雨を通し、キカの耳はどこか後ろ暗さのある行為を捉えている。やがて彼らは穴を掘り終えたか、互いに言葉をかわし、次の作業に移った。大きな長方形を抱え上げたのだ。33

2013-09-15 22:53:22
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

警備員達は雨の中、キアイ声を上げ、掘り返した穴の中に、長方形の物体を降ろす。あれはカンオケなのだ!中に人が?中には何者が?キカは緊張に震え、爪が食い込み血が出るほどに強く拳を握った。警備員達は再びスコップを手にし、カンオケに土を被せていく。当然そこは墓地ではない! 34

2013-09-15 22:59:02
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

カンオケを埋めて土を固める一部始終を見守るわけにはいかない。キカは後ずさった。枯れ枝を踏み、雨の中でパキリと鳴った。校長の光る目が彼女の方向に素早く向けられた。キカは息を止め、じりじりと下がった。警備員が校長になにか声をかけた。校長がそちらを見た隙に、キカは走り出した。 35

2013-09-15 23:03:40
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

それからどうやって再び宿舎に駆け戻り……自室の二段フートンの上段に潜り込んだか……キカは覚えていない。キカは雨と泥で酷い状態だった。さすがにユマナは物音に目を覚ました。「キカ=サン?」眠い目を擦りながら身を起こした彼女は、驚いて叫びそうになった。キカはしぐさで彼女を黙らせた。36

2013-09-15 23:10:39
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ちょっと何して来たの」ユマナはキカの濡れた髪をタオルで拭き始めた。「眠れなくて」「こんなに降ってるのに?」ユマナは呆れた。「キカ=サン、時々びっくりするような事をするよ!」「大丈夫だった?」見回りの事をキカは訊いた。ユマナは思い出したように「来てたらヤバイだよ?」と咎めた。37

2013-09-15 23:19:15
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「本当にスミマセン」キカは詫びた。「罰があるよ。配膳、掃除、ショドー!」ユマナは繰り返した。そして急にキカの腕をぐいと引いた。「何、これ」ユマナが気づいたのはキカの背中の痣だ。「どうしたの、これは」「さっき転んで」キカは滑らかに答えた。「痛かった」「バカ!変な事するからだよ」38

2013-09-15 23:30:04
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「気をつける」キカは呟いた。彼女はユマナの言葉を上の空で聞き流した。ユマナは明るく、物怖じする事がない。事情を知ればユマナは正義感から首を突っ込むかもしれない。そうなれば彼女にも累が及ぶだろう。無駄に他人が苦しむ事はない。それはキカにとって迷惑でもある。 39

2013-09-15 23:48:53
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

夜着を乾いたものに着替え、キカはすぐに横になった。ユマナはまだあれこれと尋ねてきたが、キカは寝たふりをした。キカは、放っておいてもらうのが一番いい。だが、ユマナやヤナエ夫妻ような人間はそれを本質的には理解できない。遠慮をしているのだと決めつけ、何かと世話を焼きたがる。 40

2013-09-15 23:59:21
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

そういう人には、しかし、少なくとも罪はない。……キカはやがて眠りに落ちた。その夜、彼女は不安な夢を見たが、記憶に残らなかった。 41

2013-09-16 00:14:10
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

【グッド・タイムズ・アー・ソー・ハード・トゥ・ファインド】#1 終わり。#2 に続く

2013-09-16 00:14:56