ぼくがかんがえた至近未来的公安9課閑話「善についての話」

ぼくがかんがえた至近未来的公安9課(http://togetter.com/li/496405)からの派生で、ボスが部下に「善」と「好き嫌い」について話すだけのお話。俺得。月村了衛「機龍警察」伊藤計劃「ハーモニー」長谷敏司「allo,toi,toi」などからネタを拝借。
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現場猫教授 @Dr_crowfake

「善とは畢竟暴力だよ」神津課長はガラムをふかしながら秋山と桐島に向かって云った。「善とはあるディティールを維持存続させていくことそのものだが、世に変わらないものなどない。だから変わろうとする力を抑えこむための力が必要になる。ここで法と暴力が善と分けがたく結びついてしまう」

2013-10-06 00:44:52
現場猫教授 @Dr_crowfake

「ヴァルター・ベンヤミンはそうした暴力を「法維持暴力」と呼んだ。善のディティールを維持するために正当化される暴力のことだ。そしてもうひとつ「法措定暴力」というのが存在する。善のディティールを書き換え、新しい善をつくり上げる暴力だ。僕達は前者の尖兵として、後者と闘わねばならない」

2013-10-06 00:46:51
現場猫教授 @Dr_crowfake

「そこで問題になるのが、僕達はかならずしもひとつの善に沿って行動しているわけではない。人道と法は乖離していることがままあるし、法の根拠になる人道自体も無数の人間の好き嫌いという価値判断から生まれた複雑極まりないディティールだ」

2013-10-06 00:49:21
現場猫教授 @Dr_crowfake

「人間の好き嫌いは、脳に実装された運用と、それが積み重ねてきた「延長された表現型」である文化によって幾重にも錯綜した複雑極まりない、しかし雑駁な仕組みで出来ている。人間はそれを整理するより先に前に進むことを選んだから、複雑さは増していくばかりだ。結果、何が正しいのか判らなくなる」

2013-10-06 00:51:34
現場猫教授 @Dr_crowfake

「自分は法を順守しますけど」と桐島は反論する。「好き嫌いはあくまで批判的理性に依って制御できるものですし、自分は自身を律していると確信しています」「なるほど結構」上津はガラムを吹かした。「君は定言命法的に行動可能ということだね。だけど実際は、そう動かない人間のほうが遥かに多い」

2013-10-06 00:53:32
現場猫教授 @Dr_crowfake

「だからこその法維持暴力の行使、ということになりますね。ですがそれは、この前に進み過ぎた社会が当然支払うべきコストであると、課長はお考えなのでは?」桐島の問いに、上津は満足そうに頷く。「話の筋道が見えているようで助かるよ。だが、ここ最近の「好き嫌い」によるコスト増大は深刻だ」

2013-10-06 00:55:33
現場猫教授 @Dr_crowfake

「KRFや、日本国内の過激派ですか。たしかに日韓関係が悪化している中では、批判的理性とやらより、単純で雑駁な「好き嫌い」が先行する。俺達がくくってきた連中の大半が、そうした「心情」で動いていた」秋山はスコッチを煽り「でもそれは俺達が警察である以上どうしようもないですよ」と云う。

2013-10-06 00:57:43
現場猫教授 @Dr_crowfake

「そうだね、どうしようもない」上津は頷き「その上で、そういうものだということをきちんと認識し、過剰な「好き嫌い」を廃し、よく考え、正しくあるべき――少なくとも「正しく怒る」事が必要になってくる」「感情を「正しく」使うんですか?」と秋山。

2013-10-06 01:00:49
現場猫教授 @Dr_crowfake

「感情は方向さえ間違えなければ強い武器になるんだ。だが重たすぎて振り回される事が多い。それを使いこなせるようになってはじめて、うちの人間としては一人前だよ?」上津は悠然と応える。秋山は憮然として「先日の突入の件、未だに根に持っておられるのですか?」と問う。

2013-10-06 01:01:56
現場猫教授 @Dr_crowfake

「いや、根に持ってるわけじゃない。気がかりなだけだ。先日の突入は君が独走した結果、成果こそ上げたが向こう側に幾人かの死傷者を出した。それは相手の得点になる。「殉教者」は「好き嫌い」という感情にダイレクトに訴えかけるものだから、これは大きな力になる。その辺、認識してもらいたくてね」

2013-10-06 01:04:00
現場猫教授 @Dr_crowfake

「自分は一時の感情に流されたつもりはありませんが」抗弁する秋山に対し、上津は告げる。「だけど君の「正義」は僕の「正義」、国家のもとめる「正義」より急進的だ。その根源が、結局は雑駁な「好き嫌い」に集約されるものなんだって、君には伝えておかねばならないと思ったんだよ」

2013-10-06 01:06:01
現場猫教授 @Dr_crowfake

そして上津は念を押す。「「好き嫌い」は誰にでもある。それはそういうものだ。要は、それをうまく「善」と結びつけ、振り回されずに自らの力として振るうことだ。そのためには、常に冷静になれ。「凍ったヴォルガ河のように」」最後の言葉は、KRF対策のため来日したロシアの警察高官の言葉だった。

2013-10-06 01:09:34
現場猫教授 @Dr_crowfake

「……肝に銘じておきます」秋山は憮然として応え。「そうね。秋山くんは一度立ち止まって考える躊躇が必要かもしれない」と桐島は云う。そして上津は「じゃ、ここの払いは僕の奢りだから。哲学談義に付き合ってくれてありがとね」と云いながらバーを去っていった。

2013-10-06 01:11:36