創作BLSSログ(本編)
@Sbl00TL 見えないから存在しないのだという考えは、滑稽極まりない論理の飛躍にすぎない。大体の人間に奴らは見えないが、しかし確かに存在する。そして、見える人間を探して、ふらり、ふらり、彷徨っているのだ。見える人間というのは――例えば、俺のような。 #シロクロBL 1/10
2013-10-03 00:03:00@Sbl00TL それを念塊と、俺は呼んでいた。形状は、粘性を有したアメーバ状であったり、霧のように不鮮明であったりと様々だが、色は共通して黒。念塊は、人々の思念の結集体だ。歓楽街、学校、会社、駅――人が集まる場所に、必ずそれは存在するのである。 #シロクロBL 2/10
2013-10-03 00:05:36@Sbl00TL じりりり。目覚まし時計のベルが鳴る。それを止めるべく、ベッドサイドへ手を伸ばすと、指先をちりちりと灼くような感覚があった。途端、一気に覚醒する。同時に気怠さが体を襲った。またか。溜息を吐きながら視線を送った先に、俺の五指はなかった。 #シロクロBL 3/10
2013-10-03 00:06:40@Sbl00TL 正確に表現すれば、黒くどろりとしたものが指先にまとわりついていた。念塊だ。ひとり暮らしのこの部屋に、最近になって頻繁に現れる。これまで無視を決め込んできたが、どうやらそれも限界らしい。部屋の隅には、初めて目にする人型の念塊が立っていた。 #シロクロBL 4/10
2013-10-03 00:07:36@Sbl00TL 指先は痛みを伴い鬱血したので、仕方なく包帯を巻いて出社した。「黒崎、指、どうした?」するとそれを目ざとく発見した彼が、声をかけてくる。相変わらず目が早い。「別に、どうとも」振り向かず、素っ気なく答える。今、最も会いたくない相手だった。 #シロクロBL 5/10
2013-10-03 00:09:09@Sbl00TL 白谷明洋。同じ支店の営業担当だ。「痛むのか?」彼は他人の細部までよく気付く。さらに自然な気遣いができ、周囲からの評判も良い。「もう、いいから」「よくねぇ。病院は行ったのか?」俺は、冷たい態度をとっても優しく接してくれる彼が好きだった。 #シロクロBL 6/10
2013-10-03 00:11:03@Sbl00TL 誰かに恋をするなんて、生まれて初めてだ。何せまともに顔を見たことがあるのは、家族以外では白谷だけ。その原因は他でもない、念塊である。見える人間であることを奴らに気取られないためには、常に俯き、目を逸らし、ひたすら感情を殺すしかなかった。 #シロクロBL 7/10
2013-10-03 00:13:41@Sbl00TL 念塊は思念の集合体。その構成要素の殆どが悪意だ。あいつが憎い、殺したい。そんな負の感情が集まっている。だから念塊は、常に力を求めている。恨みの対象に復讐するためだ。その力を得るために狙われるのが、俺のような見える人間なのである。 #シロクロBL 8/10
2013-10-03 00:14:48@Sbl00TL 「大したことない」パソコンに視線を落としたまま小声で言う。俺は白谷が好きだ。彼に気遣われることは当然嬉しい。だからこそ振り返れなかった。今、絶対に彼を見てはいけない。 しかし、「黒崎」不意に腕を引かれ、その勢いでデスクチェアが反転する。 #シロクロBL 9/10
2013-10-03 00:17:55@Sbl00TL 顔があった。目も鼻も口もないそれは確かに顔だった。白谷が心配げに曇らせた顔の横に、真っ黒なそれが覗いている。今朝、部屋で見た念塊だ。「今日、少し変だぞ」白谷の声が遠い。黒い顔が、無い口を歪めて笑っている。俺は、気付かれてしまったのだ。 #シロクロBL 10/10
2013-10-03 00:18:51@Sbl00TL パソコンのキーボードを叩く音。電話のコール。経理部が使うこの一室には、昨日までと何ら変わらない日常がある。しかし、彼――黒崎を取り巻く時間だけが止まっていた。顔色は酷く青ざめ、大きな瞳が細かく揺らぐ。その表情は、怯えた子供のようだった。 #シロクロBL 1/10
2013-10-04 11:47:16@Sbl00TL 「何を見て――」訊きかけて、口を噤む。尋ねてはいけない気がした。彼の焦点。その対象が俺でないことに気付いたからだ。視線の先を辿り、振り返る。しかしそこには誰もいない。「悪いけど」黒崎が口を開く。「放っといて」その唇が、微かに震えていた。 #シロクロBL 2/10
2013-10-04 11:48:12@Sbl00TL 黒崎のことが気になりはした。しかし経理部に寄ったのは書類を出すためで、すぐに外回りに出なければならず、俺は渋々その場を後にした。「絶対、おかしい」社屋から駐車場に出たところで、誰にともなく呟く。握った車のキーが、かちゃ、と音をたてた。 #シロクロBL 3/10
2013-10-04 11:48:54@Sbl00TL 黒崎真也。半年前中途入社してきたばかりだ。うちの支店には俺と同年代がいない。だから彼の入社は嬉しかった。黒崎は大人しく、人見知りなのか俯きがちだ。周囲とも距離を置いていた。そんな彼に、俺は積極的に話しかけた。親しくなりたかったのだ。 #シロクロBL 4/10
2013-10-04 11:50:13@Sbl00TL 好かれているかは分からないが、嫌われてもいないはずだ。その堅い表情から、彼の心情は読み取れない。しかし、彼は少ない言葉数の中で明確な意思表示をするし、拒絶をされたことはない。だから、一応は俺のことを受け入れてくれているのだと思った。 #シロクロBL 5/10
2013-10-04 11:51:47@Sbl00TL 社用車の白い車体にキーを向け、ボタンを押す。ぴ、軽い電子音。そしてヘッドライトが点滅する。遠隔操作で鍵をあけた合図だ。近付き、運転席側のドアの取っ手を引いた。……軽い。繰り返すが手応えは同じ。どうやらロックが解除されていないようだ。 #シロクロBL 6/10
2013-10-04 11:52:45@Sbl00TL 再びロック解除ボタンを押すと、車は先程と同様の反応を示した。間違いなく鍵はあいたはずだ。再び取っ手に手をかける。しかしやはり開かない。「故障か?」仕方なく、鍵穴にキーを差して回す。カチャ、確かな手応えがあり、ドアは呆気なく開いた。 #シロクロBL 7/10
2013-10-04 11:53:49@Sbl00TL 体を屈め、車内を覗く。途端、悪寒が走り、背筋が震えた。外気温に比べ、車内が異常に冷えていたのだ。先に車を使った誰かがクーラーを効かせたのかと考えたが、それは不可能だとすぐに気付く。キーは、始業後ずっと俺が持っていたのだから。 #シロクロBL 8/10
2013-10-04 11:54:57@Sbl00TL 鍵の件といい、この社用車はやはりどこか壊れているのかもしれない。可能なら他の車を使いたいところだが、元々少ない社用車は、これ以外は全て出払っている。かといって外回りに出ないわけにもいかない。何件かの得意先に、既にアポを取っているからだ。 #シロクロBL 9/10
2013-10-04 11:56:05@Sbl00TL 冷気を外に逃してから、運転席に乗る。シートベルトを締め、キーを回すが、かかりが悪い。何度か試すとようやくエンジンが動き出した。「頼むから、途中で壊れんなよ」苦笑しながら呟き、ハンドルを軽く叩く。そして俺は、ゆるゆると車を発進させた。 #シロクロBL 10/10
2013-10-04 11:57:38