- syrdarya1975
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在住外国人の法律相談なんかで通訳してる人に話きいたとき、「相談者は日本語が不如意なだけで考えたり判断したりする力にはまったく問題がないのに、つい子ども扱いしてしまう過ちをおかしがちで、すごく気をつけてる」と言ってた。なるほどなーと思った。
2010-10-10 04:08:29知的+精神の重複が疑われる人のサポートしたときに、長いこと援助職やってる友人に相談したら「知的の人は自分なりにいろいろ方法あみだしてるから、案外本人に任せて大丈夫」っていうようなことを言われた。そのときはわかんなかった。当事者があまりにもヨレヨレだったので心配でたまらず、
2010-10-10 04:03:46ソーシャル・マイノリティ(=社会的弱者)は、「弱い人」ではない。「立場が弱い」だけ。本人はまあずいぶん余分に丈夫でしたたかだ。そうでないと生き残れないのだから。
2010-10-10 03:55:50私の抱えた大問題は主にフィジカルな痛みだった。これ(社会生活を阻む要因)が社会的な抑圧、搾取、差別なんかである、というケースもまた、容易に想像できる。
2010-10-10 03:53:05耐え続けたのは「大人になったら治るかも〜」「○年の辛抱」の2点。どうも一生治らないらしい、だってもういい大人じゃん、と気づいたのが、大学4年だったんだろう。我慢の限界を超えた。精神的にも身体的にもあそこで一度、崩壊した。
2010-10-10 03:39:20たぶん「会社勤め」とかをしたら、これが一生続くんだなあ…とおもってこわくなって、大学4年のとき卒論も院試も就職も全部蹴って走って逃げた。生きていくのがこわくてたまらなかった。
2010-10-10 03:24:51夜中のうちに弱音。ふつうの人は学校に行っても、じんましん出て腹痛吐き気で3日寝込んで、三歩歩けば涙がでる、みたいな状態には、ならないらしい。私にとって学校というところは、小学校からずっとこんなかんじで、それが当たり前だったよ。でもおれ学校には行きたいんだよ。ううう(吐き気)。
2010-10-10 03:19:38自分で自分のためにRTしとこうっと RT @syrdarya1975: 「100人のうち99人がAでも、1人のBが居るかもしれない。当事者が発信者になるのは、その覚悟を引き受けること」。てなことをこんこんと諭されますた。スゲエ。
2010-10-10 02:47:52その後の紆余曲折の中で、反社会側に「振り切ってホッとした感覚」には身に覚えがある。それはようやく安住の地に辿り着いたような安堵だった。その部分の共感が、私の当事者性なんだと思う。
2010-10-09 17:17:07それでも認識しなければならない差はあって、違法に行くには、「アウトローに振り切る必然」がある。手放せぬプライドでもある。そこを過少評価して安易に「同じ」て言ってしまうのは失礼だ。
2010-10-09 17:10:52自分が好きでもないのにゲームに没頭したのは、ちょっと状況や持って生まれた趣味指向が違えば、違法薬物や暴力や窃盗であったかもしれない。あんまり差はないなーと思っている。
2010-10-09 17:02:51そんなに好きだったのかというとそうでもなくて、それが目の前にあったし遊び仲間が皆ソレをやってたから。あれがシンナーならシンナーに、バイクならバイクにハマっていたのではないかと。
2010-10-09 16:46:28