悪い男に騙される山城【最終章其ノ四『終』】

悪い男に騙されていた山城（完） @fd_yamasiro

【最終章其ノ四『終』開始】

悪い男に騙されていた山城（完） @fd_yamasiro

【残酷さを多大に含む流血表現、始まります。御注意下さい。】

あの頃の榛名 @harunas_ward

いくらなんでも反則過ぎるわよ、山城…。 胸中で唸る。 死角が無いとはこの事だわ。空を縦横無尽に飛び回る３色の瑞雲達を見上げて、小さく舌打つ。あれらによって、こっちの位置も行動も全て把握されている。対してこっちは、一瞬でも注意を逸らせばすぐに見失う事になるのだ。地形が酷い。

あの頃の榛名 @harunas_ward

攻撃しても、完全に先回りした動きで回避される。敏捷さと照準の早さでは私に分があるものの、全く当てられる気がしない。 先に瑞雲達を順次破壊しようとも思い攻撃してみても、山城本人同様に私の攻撃の一歩先を行き回避される。 異常だった。

あの頃の榛名 @harunas_ward

そう、異常。 山城は自らも砲戦をこなしながら、複数の艦載機を個別に操作し、それぞれから送られる情報をリアルタイムで処理して更にそれら全てに対応している事になる。 本家の空母の方ですら不可能と言える事をやってのけている。 それ以前に脳が先にダウンするのが道理だった。

あの頃の榛名 @harunas_ward

鬼。 その文字が頭に浮かび、ドッグの先生の推測が当たってしまっていた事を今更理解する。やはりあの毒は…。 つっ！ 思考している間に、接近を許していた。背後の異音に振り返る事も放棄して、横に飛んで立てば膝までしか浸からない水辺を転がる。 爆発を横目で見ながら、駆け出す。

悪い男に騙されていた山城（完） @fd_yamasiro

外した。 頭が痛い。 榛名の姿を追う。 肉眼ではなく、映像で。 頭が痛い。 戦っているという感覚はとうに消えていた。 これはただの虐待。単なる児戯。一方的な殺戮。 榛名の行動は手に取るようにわかる。 自分の意識と肉体すら客観的に見ている気すらしてくる。 頭が痛い。

悪い男に騙されていた山城（完） @fd_yamasiro

榛名に傷を一つ負わせる度に、頭痛が少し和らぐ。 だから攻撃する。 榛名が苦悶の表情を浮かべる度に、頭痛が少し遠くなる。 だから殺さない。 まず動きを止めて。 手足の指を順番に破壊しよう。 そう決める。 それはとても、頭痛に効果がありそうだわ。

あの頃の榛名 @harunas_ward

最上さん、ごめんなさい。作戦なんか無かったんです。 雨と汗に前髪が額に張り付き鬱陶しい。装填されている機銃の残弾を確認しながら、水に浸かっていないやや広めの岩場の上で身を翻す。島と呼ぶのもおこがましいサイズだが、これも小島と呼ぶべきなのだろうか。どうでもいい。

あの頃の榛名 @harunas_ward

作戦なんか無かった。だから今作るしか無い。 さっきの攻撃の角度と直感で、山城の大体の位置を探る。そして、あえてその方向から顔を背ける。見失ったと思ってくれるように、目線を左右に振る。 来い。 私が念じたのを察したように、視界の隅で山城が岩場から姿を現す。肩の砲は私に向いている。

あの頃の榛名 @harunas_ward

まだ。まだ反応しちゃダメ。 回避を推奨する両脚を意思で抑えて、タイミングを計る。可能な限り瑞雲達の挙動も把握するよう努める。 ひたすら成功図をイメージする。現状出来得る限りでは、最も効果的な作戦のはずだった。同時に、一度しか使えない。 この一回で、山城を封じなければ負ける。

悪い男に騙されていた山城（完） @fd_yamasiro

頑張ってはいたけども、ここまでのようね榛名。 いつの間にかまともに動けるのが親指だけになっている左手を見下ろして、零れる血を舌で舐め取る。 明後日の方向に視線を彷徨わせている彼女が、数秒後にまだ死んでいない事だけを期待して。

あの頃の榛名 @harunas_ward

今！ 砲弾が直撃する寸前に、迫る方向と真逆に跳ぶ。 全身の体勢を意識する。 直撃したと、全ての瑞雲から見えるように。 一発でノックダウンしたと、山城が判断してくれるように。 偽装するまでもなく、実際にほとんど直撃みたいなものではある。炸裂する火薬の奔流に全身を包まれる。

あの頃の榛名 @harunas_ward

文字通りに焼けるような痛みと内臓まで響く衝撃に歯を食い縛り、楽しくもなんともない浮遊感に耐える。数瞬遅れて訪れる、岩場に叩き付けられ転げ回る痛みを襲われるままに任せる。受け身も可能だったが、私は既に意識を失ってると思わせなければいけない。 本当に失神しそうになりそうな程、痛い。

あの頃の榛名 @harunas_ward

平らな面など欠片も無い水辺を、ラグビーボールのように歪に跳ね転げ、ようやく停止する。どろりと、身体のあちこちから大切な物が流れ出ていく不快な感触に泣きそうになる。次いで皮膚や骨、筋肉達から激痛という形で危険信号と膨大な苦情が押し寄せてくる。呻くのを必死にこらえて、意識を保つ。

あの頃の榛名 @harunas_ward

視界を赤に染めるのに忙しい瞼を薄く開き、網膜の目の前で沸く裂傷の痛みに涙が自然と流れる。強さを増した雨煙の向こうで、山城が岩場から跳び立つのを辛うじて捉える。 そう、それでいい。 言語になっていない叫びを上げて、勢いよくその場に起き上がる。張り裂けそうな全身の激痛を無視する。

悪い男に騙されていた山城（完） @fd_yamasiro

な…？

あの頃の榛名 @harunas_ward

私が転がった方向は『山城の位置から追撃するには、跳んで接近するしかない』事を計算していた。 跳んだ姿勢のままの山城の目がわずかに見開く。 『どんなに先読み出来ても、空中じゃ回避しようが無い』。 着地する瞬間の、脚だけを狙い撃つ。 ぶれる意識と手元を、意思だけで引き絞る。

あの頃の榛名 @harunas_ward

撃つ。 砲弾は、自分でも驚くくらい正確に期待通りの線を辿って。 山城が着地するのと同時に。 爆ぜて。 炎が彼女の姿を覆い隠す。

あの頃の榛名 @harunas_ward

「少し」と「しばらく」の中間の時間を空けてから、強い雨と風に、炎と煙が晴れていく。

悪い男に騙されていた山城（完） @fd_yamasiro

「僅か」と「かなり」の中間の時間を置いてから、榛名の姿が見えてくる。逃げていないのはわかっていたけども、少し安心したわ。

あの頃の榛名 @harunas_ward

…。

あの頃の榛名 @harunas_ward

山城が炎に包まれて見えたのは、私の位置からの視点上に過ぎない。 小さく燻り続ける黒煙の向こうに、無傷そのもので彼女は立っていた。 感情の灯っていない瞳で、私をまっすぐ見返している。

悪い男に騙されていた山城（完） @fd_yamasiro

狙いは良かったと思うわよ、榛名。気絶したと思い込んで安易に近付いた私のミスだと認めるわ。

あの頃の榛名 @harunas_ward

目線を少し落とし、着弾地点を見る。アルミ素材の破片が焦げて散らばっていた。事実は実に簡単な事だ。『直撃前に瑞雲を２機割り込ませた』だけ。 実際にそれを咄嗟に行うのは、簡単とは真逆に在る行為ではあるけども。