不知火綴りまとめ

朝鞍うどんさんの艦これ二次創作小説、不知火綴りをまとめさせていただきました。
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カタバミ @catavami

どこまでも続く樹氷と雪原。低く垂れ込めた雲は時折、雪を落としていた。冬季は滅多に晴れないという。車窓から見える色は単調な白と灰色の連続だった。一度だけ、遠くからこちらを眺めていた一羽の兎と一瞬目が合った気がしたが、すぐに姿を隠してしまった。 #不知火綴り

2013-10-28 23:36:40
カタバミ @catavami

”提督が鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮を執ります”内地では未知の敵である深海棲艦と戦う艦娘と、彼女らを統率する美的な提督の姿が盛んに宣伝されていた。実際のところ、戦況が有利か不利かは分からない。しかし皆こぞって提督に志願した。俺もその一人だ。 #不知火綴り

2013-10-28 23:38:21
カタバミ @catavami

雪上車の車内暖房が効き過ぎで汗ばんできた。他に乗客はおらず、運転手とは乗り込んだ時に二、三言挨拶をしたぐらいで会話はない。エンジンの振動に嫌でも慣れてきた頃、自然の生み出す無味無臭とは明らかに違った人工物が見えた。あれが鎮守府か。駅から十数キロも離れているとは。 #不知火綴り

2013-10-28 23:41:45
カタバミ @catavami

扉一つ隔てた外は、すべてが凍て付いていた。いま居た所に戻りたい。暖房が効いた車内へと。ガチャンと扉が閉まる音で振り向くと、俺を乗せてきた雪上車はディーゼルの排気を置き土産に行ってしまった。出迎えでもあれば気が紛れただろうが、ゴゥゴゥという風音だけが俺を歓迎していた。 #不知火綴り

2013-10-28 23:48:06
カタバミ @catavami

衛兵のいないゲートには「労働は自由にする」の文字がかろうじて見えた。前任者は良い趣味を持っていたようだ。クソッ、何というところへ来てしまったのだ。『南方泊地は空きが無い。北方であればすぐにでも着任出来るぞ。物価は半分だ、もちろん給料は内地と変わらない。どうかね。』 #不知火綴り

2013-10-28 23:49:25
カタバミ @catavami

ハイと返答し、連れられて来たのが周囲を氷に閉ざされたこの鎮守府だった。兎に角、建物の中へ入らねば。閑散とした鎮守府の敷地を雪に慣れぬ足取りで司令部棟に辿り着く。厚い手袋に難儀しながらもどうにか扉を開けた。暖かな空気が頬を撫でるかと思いきや、暖房は入っていなかった。 #不知火綴り

2013-10-28 23:54:45
カタバミ @catavami

どうなっているんだ。話では数日前に艦娘が一人先に来ている筈だぞ。雪の付着した採光窓から入る、頼りない明かりの所為で奥は見えない。鞄から電灯を取り出し点ける。掲示板らしき物が照らされる。壁新聞があった。『先週の成果:艦娘姉妹を一つに。四頭部を持ち耐久力の上昇に成功』 #不知火綴り

2013-10-28 23:59:12
カタバミ @catavami

武器人間の見すぎだ。いや、実際に犬の頭をロボットに繋げる計画もあったな。そもそも艦娘がその延長線上じゃないか?ハハハ。ナチスの強制収容所とイカレた研究施設はどちらがマシだろう。畜生。生体アタッチメントの武装とキメラは別物だ。俺はそう信じたい。俺はやらんぞ。 #不知火綴り

2013-10-29 00:00:24
カタバミ @catavami

「オーイ」反響が耳に痛い。「誰もいないのかー!」声を張り上げるが、廊下に面した扉が開く事はなかった。意を決して手近な部屋を覗いて見る。室内に調度品は無い。壁面が何かの飛沫で、妙に茶色へ変色し、床も黒ずんでいる。他の部屋も同じだった。お話だと大抵、怪物は暴走するが… #不知火綴り

2013-10-29 00:11:48
カタバミ @catavami

「オーイ」反響が耳に痛い。「誰もいないのかー!」声を張り上げるが、廊下に面した扉が開く事はなかった。意を決して手近な部屋を覗いて見る。室内に調度品は無い。壁面が何かの飛沫で、妙に茶色へ変色し、床も黒ずんでいる。他の部屋も同じだった。お話だと大抵、怪物は暴走するが… #不知火綴り

2013-10-29 21:51:28
カタバミ @catavami

逃げ出したい感情を抑えて奥へ進む。深海棲艦の襲来により大不況が続く日本では、戻った所でまともな仕事は無い。戻る手段も無い。地上階、二階三階と見て回ったが、誰も、何もいなかった。提督執務室には前任の提督の写真があった。笑っている。あんたはどうなったのだ? #不知火綴り

2013-10-29 21:56:17
カタバミ @catavami

「他に行くか…」この司令部棟の地下階とドックやその他施設は地下連絡通路で繋がっている。照明が薄暗く足元を照らす。ああ、神様。細菌兵器や宇宙人に操られたゾンビが出てきませんように。資料室と書かれた部屋に足を踏み入れた。倒れた書棚と散乱した紙。一冊手に取り読む。 #不知火綴り

2013-10-29 22:02:34
カタバミ @catavami

⑩計画と書かれた中身は複数の艦娘を合成させる経緯などが記されていたが、興味は無かった。俺にとってはバッタ怪人の成れの果てが活躍する特撮だけで十分なのだ。現実にしてはいけない妄想はある。”独立独歩の鎮守府”が上層部の意図らしいから、これでも良かったのだろうが。 #不知火綴り

2013-10-29 22:08:36
カタバミ @catavami

歩みを進め、食堂や艦娘宿舎を見て周ったが無人。最後に残った環境センターへ向かう。ここで艦娘と出会えなければ覚悟を決めるしかないだろう。しかしそれは杞憂に終わった。何かの稼動音がする。同時にグァァという潰れたような声。今日何度目かの恐怖を押さえ込み声の方へ走った。 #不知火綴り

2013-10-29 22:10:40
カタバミ @catavami

熱い!寒暖差で一瞬焼けたような錯覚に襲われる。焼却炉の耐熱ガラスから炎が見えた。声は断続的に中から聴こえる。恐る恐る中を見ると、おそらく元艦娘であっただろう、深海棲艦の如き異形が炎から逃げもがいていた。すぐに視界から消える。いや、腰が抜けてへたり込んでしまったのだ。 #不知火綴り

2013-10-29 22:14:37
カタバミ @catavami

何が起きている?分からない。頭が混乱を起こしていた。ゴン、ゴンと炉内の耐熱壁に当たる音がする。ぶち破って出てくるのではないか。急いで逃げねば。力の入らぬ下半身を両手の力で引きずり、後ずさりを始める。速く、速く!「司令、お待ちしておりました」唐突に背後から声がした。 #不知火綴り

2013-10-29 22:20:51
カタバミ @catavami

ヒッ、と声に鳴らぬ音を喉から出して振り向くと、防寒着に身を包んだ女性が立っていた。防寒帽に収まらなかった桜色が春を思わせる。だが表情はこの鎮守府を覆っている雪と氷の様に。「いつまで地べたを這っているのですか。あなたはここの主なのですよ。それが腰を抜かすなどとは」 #不知火綴り

2013-10-29 22:24:30
カタバミ @catavami

「すみません」自然と口から敬語が出た。「中を見て、驚いてしまって」彼女は僅かに眉をピクリと動かした。「戦争に来たのでしょう?あの程度で腰を抜かしていて、一体私達に何を命令するというのですか」「あれは、あなたが?」「前任者の趣味を焼却処分しただけです」 #不知火綴り

2013-10-29 22:28:08
カタバミ @catavami

炉内から出ていた音は、徐々に小さく、とうとう聞こえなくなった。「戦力になるかと友好的に接してみたのですが、当の昔に理性は無くなっていたのか襲撃されたので、焼却炉に閉じ込めました。つい今しがた火を入れた所です」そんな。元は人間の女性じゃないのか。姿かたちが変わっても。 #不知火綴り

2013-10-29 22:33:15
カタバミ @catavami

「安らかに葬れなかったのか?」見おろす彼女を批難する。いくら理性が無くとも、痛みは感じるだろうに。「あなたもその方が楽だったはず」「運ぶのが面倒なので」口元を歪な形にして彼女は呟いた。「少々時間は掛かりましたが、良い運動になりました。鎮守府内の勉強にも」 #不知火綴り

2013-10-29 22:36:50
カタバミ @catavami

「もっと骨のある奴がいると思ったのですが、残念でしたね」肩をすくめて見せる。やっと足に力が入る。立ち上がり彼女の顔を見据える。「もし次があったのなら、一撃でやって下さい。あなたが怪我をしたらどうするんです」彼女は眉間に皺を寄せた。気分を害した様だ。 #不知火綴り

2013-10-29 22:41:45
カタバミ @catavami

「そんなことより」俺から顔をそらし、焼却炉の方を向いた。「燃料の重油タンクの配管類を点検し発電所を動かさないと、集中暖房を入れられません。あれが燃え尽きるまでに稼動させないと」不意にニコリと笑いこちらを見る。「凍死しますよ」笑うと、とても可愛い子だな。 #不知火綴り

2013-10-29 22:46:22
カタバミ @catavami

「維持管理の妖精もいないとは」鎮守府の雑事はすべて妖精が片付けていると宣伝されていたのだが。「さて。餓死したか喰われたか」澄ました顔で答えるが、では。「あれらは共食いで生きていた様ですね。砲で吹き飛ばしても再生しました」ああ、俺は間違っていたな。彼女は。 #不知火綴り

2013-10-29 22:52:10
カタバミ @catavami

「いや、すみません。あなたがこの数日、化け物からどうやって生き延びたのか、まったく思慮が足りませんでした」彼女が喰われていた可能性もあったのだ。俺など何も分からないまま死んでいただろう。彼女は溜息を一つ。「厳しい司令が良かったのですが、仕方がありませんね」 #不知火綴り

2013-10-29 22:54:08
カタバミ @catavami

「暫くは私が雑事を行います。妖精も手配しましょう。司令、ご指導ご鞭撻、よろしくです」頭を垂れる。「こちらこそ、よろしくお願いします。ところで名前をまだ聞いていませんでしたね」頭を上げ、よく通る声で言った。「不知火と申します」こうして、この鎮守府での生活が始まった。 #不知火綴り

2013-10-29 22:57:25
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