芯氏の語る「とある俗物作曲家の話」

芯(@dd13shin)氏の語る、ある作曲家のものがたり。村で美しい音楽を書いてた彼がやがて知る、ある一つの真実とは・・・
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しんぱす @shinpasscomp

昔々、森の奥の村にとある俗物作曲家が住んでいました

2013-11-08 22:53:52
しんぱす @shinpasscomp

彼の作品は感覚的な美しさと愛と希望にあふれており、村人たちは仕事そっちのけで毎回彼の演奏会に詰めかける有り様でした

2013-11-08 22:56:19
しんぱす @shinpasscomp

ある日、となりの村に住む作曲家仲間が彼にを訪れ、問いました。「君の作品は美しい。多くの人々の胸を打ち、感動を与えている。これは素晴らしい事だ。だが…」そういって顔を曇らせた作曲家仲間は出された紅茶を一口すすると…

2013-11-08 22:58:24
しんぱす @shinpasscomp

あ、レッスンです。つづきはまた一時間後に

2013-11-08 22:58:47
しんぱす @shinpasscomp

(前回までのあらすじ… ある日、となりの村に住む作曲家仲間が彼を訪れ、問いました。「君の作品は美しい。多くの人々の胸を打ち、感動を与えている。これは素晴らしい事だ。だが…」そういって顔を曇らせた作曲家仲間は出された紅茶を一口すすると…

2013-11-09 00:03:34
しんぱす @shinpasscomp

「だがな、君はどうして人を感動させるような音楽を書いているんだ?一体何が目的なのだ?」そう続けた作曲家仲間の問いに男は戸惑いました。今まで、そんな事など考えてもみなかったからです。美しさは無条件で肯定される、それ自体が善であり、音楽の、いや全ての表現の根源にあるといってもいい

2013-11-09 00:08:17
しんぱす @shinpasscomp

美しさを疑うなど、神の存在を疑うのと同じではないか…。 作曲家仲間は続けました「…やがてこの村にも、とある波が押し寄せる。その時君がどう感じるか…」そういって疲れきったような笑顔を見せると、自分の村に帰っていきました。そんな彼の疑念はやがて現実のものとなったのです。

2013-11-09 00:14:06
しんぱす @shinpasscomp

(つづき ある朝、男の住む村に訪問販売のトラックがやって来ました。そこにはいつもの一週間分の新聞と生活雑貨、そして今街で流行っているというラジオという機械が積まれていました。「さあ、これを買えばナウでヤングな音楽が聞き放題!!このツマミを回せば一瞬さ、もう蓄音機を買う必要も…」

2013-11-09 00:21:37
しんぱす @shinpasscomp

村人たちはその新しい機器から流れてくる多種多様な音楽に夢中になりました。新大陸のジャズ、都会の歌謡曲、いままで無かった音楽にあてられ村人はこぞってラジオを買いあさります。一方で男の演奏会に来る人の数は次第に少なくなって来ました。男の音楽は美しく人に感動を与える、しかし…

2013-11-09 00:26:41
しんぱす @shinpasscomp

男の心は次第に焦りとも憤りともつかない感情に曇っていきます。自分は美しい音楽を書いて、それで満足していたはずなのに、いつの間にか人々の心は自分の音楽から離れていっている。男は気づきました。自分は美しい音楽が書きたかったのか、それとも人々が感動している様を見たかったのか…それとも

2013-11-09 00:29:17
しんぱす @shinpasscomp

…自分は、ただ賞賛を得たかっただけではないのか。いや、そんなはずはない。自分の音楽の美しさは絶対だ。自分の音楽は人を感動させる力があるんだ、美しいんだ。俺の音楽は… 道端で若者が話しているのが聞こえます。ジャズのフレーズを口ずさみながらこんなこんな事を言っていました。

2013-11-09 00:34:02
しんぱす @shinpasscomp

つづき) 「あの俗物?ああ、そういえば子供の頃は親に連れられて演奏会にいったけどちゃんと聞いたことないな。当時は他に聞く音楽もなかったし」「今どきこんな小さな村にとどまっているようじゃ碌な作曲家でもないんだろw」「あんなのに感動できるなんて安っぽい感性だよな。」「マーラー!」

2013-11-09 00:39:00
しんぱす @shinpasscomp

会話を木の影で聞いていた俗物作曲家はようやく自覚しました。自分の音楽の美しさが、所詮は消耗品であったこと。自分の信じていた美しさというものがどう消費されていたのか。自分は美しさという快楽を欲する村人たちの耳と感性の中でウブな自尊心を満たしている存在に過ぎなかった事を

2013-11-09 00:41:47
しんぱす @shinpasscomp

それ以降、俗物作曲家は曲を書くのをやめてしまいました。窓辺に腰掛けて真っ白な五線紙を眺めて物思いにふける日々が続き、それにも飽きたある日、また村にドラックがやってきて彼の元にも新聞が届けられます。暇つぶしにと思い手にとって見るとどうでしょう。音楽欄にでかでかと知り合いの写真が…

2013-11-09 00:45:20
しんぱす @shinpasscomp

それはかつて彼の元を訪れた隣の村の作曲家仲間でした。今では首都で指揮者として名をあげる傍らで前衛的な作品を世に送り出しては物議を醸している音楽界の改革者、かつての内気な同志は今まさに時の人となっていました。俗物もかつて彼の作品を聞いたことがありましたが、

2013-11-09 00:52:38
しんぱす @shinpasscomp

その無機質で歪な音像は彼の目指す美とは全く異なっており、その良さが理解出来ませんでした。やがで男の中で激しい嫉妬の炎が燃え上がります。(俺だって美しさを追求したんだ。あんな退廃的で機械的な音楽を書く男とは違うんだ。あの俗物が!美がなんたるかを理解しない俗物が、そうだ、やつは…)

2013-11-09 00:55:02
しんぱす @shinpasscomp

俗物!そう断定すればするほどに、男の思考には疑念がやどります。彼に嫉妬するのは、美しい音楽を書けば皆に認められると信じていたあの頃のプライドに囚われているからではないか。虚栄心だ。人に認められたいとする欲望にとらわれ、音を欲する人々の欲望に囚われ、それを美だと勘違いしていたのは…

2013-11-09 01:00:05
しんぱす @shinpasscomp

全ては無だったんだ。美しさなど幻想にすぎない。俺こそが俗物だったんだ! 男は新聞を机に置くと、かつて自分を追い詰めた悍ましき機械に手を伸ばしてツマミを弄ります。朝のニュース、天気予報、コマーシャル、そして流れてくる「美しい」音楽の数々…俗物を自覚した彼の耳にはどれも心地よく…

2013-11-09 01:03:54
しんぱす @shinpasscomp

ラジオから流れてくる歌謡曲、野太い声の男性歌手が「俺の、俺の、俺の話をきけ〜♪」と歌います。彼は一人ピアノのイスに腰掛けてその曲を聞いてました。ブルースの様な和声進行、フルートの寂れた音色、どこか東洋的な歌詞… (これはクレイジーケンバンド、というのか。)男は机に戻り…

2013-11-09 01:08:29