「リンゴジュースは赤」
桔斗さんの”昨日まで使えた能力を失った少年or少女の話”というリクで書きました。見切り発車で書いたら失った話ではなく失う話になってしまったのが反省点。
ウサギの頭とリンゴジュースの色の話は原の実体験です。
画用紙はいつまでも続かない。夢中になってぐりぐり書きなぐっていても、気が付けば色は紙を大きくはみ出してしまっている。床に引かれた線はなかなか落ちず、母親はそのことで随分長いことヒカルのことを叱ったのだった。 #リンゴジュースは赤
2013-11-20 20:32:31「つまりそういうこと」にか、と情けない笑顔の向こうの、小さな膝小僧を見つめる。錆びた非常階段から垂れた足は頼りなくゆれる。ふらふら、ふらふら。「意味分かんない」「僕だって分かんないけど、しょうがないじゃん」ヒカルの笑顔がさらに薄っぺらくなる。 #リンゴジュースは赤
2013-11-20 20:34:24それ以上見たくなくて、私はサッとヒカルの横に座った。しゅうっと勢いをつけて手すりの間から足を出せば、風にスカートがふわあと舞う。「ひゅー」ヒカルが吹けない口笛を吹いた。影のような口笛を蹴り飛ばせば、そのまま風に飛んでいく。 #リンゴジュースは赤
2013-11-20 20:36:49「昔さあ、一緒に絵本作ったじゃん」「…いつの話よ」「すごい前」「幼児の時じゃん」「うん」ざらざらとしたものは嫌いだ。ぼろい校舎も、非常階段の肌触りも、無理やり聞かされるヒカルの話も。進路相談の紙も、青い空も、ブランコも、白い足も、全部嫌いだ。 #リンゴジュースは赤
2013-11-20 20:38:54「あれさ、動物が出てくる絵本だったじゃん?」「ウサギとリスとハムスターね」「姉ちゃんがさ」伏せたヒカルの睫毛が陽に光った。「ウサギはピンクに塗らないようにしようって言ったんだよね。実際にはピンクウサギはいないからって」「そーだっけ」「そうじゃん」 #リンゴジュースは赤
2013-11-20 20:41:16「覚えてない」「でさ、僕が間違えて途中で一匹だけ頭をピンクに塗っちゃってさ、」ああそうだった。別に大したことじゃないのに泣きそうだったから大変だった。2つ下の弟はいつでも私のオニモツだった。「で、姉ちゃんが言ったんだ、頭だけピンクのウサギにしようって」 #リンゴジュースは赤
2013-11-20 20:43:19「それも阿呆っぽいけどね」呟きは、野球部の声の波に浚われてヒカルには聞こえなかったらしい。「だから姉ちゃんは一人でも大丈夫さ」明るい声こそ、浚われるべきだったのに。うう、と唸ってもヒカルは笑ったままだった。見たくない笑顔のままだった。 #リンゴジュースは赤
2013-11-20 20:51:41「ほら、早く」隣でヒカルがせっつくのを見ないですむように、私は顔をそむけた。「子供じゃないんだからさあ、早く言いなよ」「ばかじゃないの」「バカって言う方がバカだよ」「ばかじゃないって言ったからいいのよ」時間よ止まれ。流れる風が、音が、光が、憎い。 #リンゴジュースは赤
2013-11-20 20:54:21憎くても時間は止まらないし、はみ出したクレヨンは戻らない。くそう。この世の分かってることも、分からないことも全部くそだ。「ヒカル、」「うん、姉ちゃん」腹を据えて真正面から見たヒカルは全然笑顔じゃなかった。びっくりするくらい笑顔じゃなかった。 #リンゴジュースは赤
2013-11-20 20:55:41笑顔のままが良かった。画用紙の中で、ピンクの頭のウサギは真っ赤なリンゴジュースを飲んで笑っている。そこには楽しいことだけがある。思い出にならない、思い出ばかりがある。ぐるぐると、円環しながら。でもダメだ。私は呪文を唱えなきゃいけない。 #リンゴジュースは赤
2013-11-20 20:58:07運動場で野球部の声が上がった。吹奏楽部のメロディが遠くながれた。「バイバイ」私は笑ってヒカルに言った。「バイバイ」ヒカル泣いて消えた。ざらざらの錆びた手すりを握った。「バイバイ、バイバイ、ヒカル」 #リンゴジュースは赤
2013-11-20 21:04:36それ以来、私はめっきり幽霊が見えなくなった。昨日まで見えてたものが見えなくなっても、電車は動くし食パンはまずい。リンゴジュースが赤だった絵本の中には戻れなくて、きっともっと歩いていった先で、私は非常階段にも戻れなくなることを知るのだろう。 #リンゴジュースは赤
2013-11-20 21:14:22ずっと先。春がきて春がきて春がきて春が終わって、もっと先の未来で。ざらざらしたものは嫌いだ。そう叫んで辿りついた先には、きっとヒカルの笑顔があるんだろう。あるんだといいな。 #リンゴジュースは赤
2013-11-20 21:15:55「多忙な蜜蜂と休暇の飛行機」
ヒロマルさんとの会話から派生したワンシーン。絵本のタイトルっぽくていいですね。
この会話から、なんとなくノリで書いてみたのが本編です。
空は青い。思わず鼻歌が出そうになって、飛行機は少し高度を下げた。忙しいシーズンの中にとれた休暇とはかくも素晴らしい。ふっふっふ、と謎の笑いを内心で浮かべたところで、飛行機は眼下を飛ぶ蜜蜂を見つけた。てってってってと急ぐ表情は必死だ。 #多忙な蜜蜂と休暇の飛行機
2013-12-03 14:58:09「よう」すう、と横に並ぶと蜜蜂は驚いたようだった。「こんにちは」「いい昼だな。急いでんの?」「私は忙しいのです」ショートカットを風に揺らせて蜜蜂はキリッと言った。透明な羽を強く動かして飛ぶ速さは、蜜蜂の精一杯で飛行機のスキップだ。 #多忙な蜜蜂と休暇の飛行機
2013-12-03 15:01:45「ふうん」「飛行機さんは暇そうですね」「暇じゃねーよ。くつろいでんの」大体、俺昨日はめっちゃ忙しかったし。そうなんですか。3つめの会話で息が上がったらしく、蜜蜂が少し迷惑そうに飛行機を見た。「疲れるので、また今度お話しましょう」 #多忙な蜜蜂と休暇の飛行機
2013-12-03 15:03:56ああごめん、と飛行機が答える前に小さな影は高度を下げたちまち野原に紛れてしまった。「忙しいんだなあ」呆れ声を上げて、飛行機はのんびりと高度を戻した。もしかしたらあの野原が目的地だったんだろうか。鼻歌を歌いながら飛行機は飛ぶ。休暇はまだ残っている。 #多忙な蜜蜂と休暇の飛行機
2013-12-03 15:10:36