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「まあ、やりましょうか。君、辛そうだし」 〔アルミ缶〕の懐疑をよそに、一人勝手に結論に達した様子の中年の男はぽんとひとつ手を叩くと、 なにやらガラクタの山をガチャガチャ掘り起こし始めた。p72
2013-12-16 11:48:23とにかく、あの男にとってここはカウンセリングルームなのだろう。 ならば、とりあえず真偽はともあれその設定に合わせておくのが最善にあるように思えた。 p73
2013-12-16 11:49:35下手に突っついてあの男を刺激するのもなんだし、自分自身建物に侵入したことに対する 大義名分も得られる。 表にはカウンセリングルームと表示されていて、確かに自分は精神を病んでいるのだ。p74
2013-12-16 11:52:11「ああ、あったあった」 男は間の抜けた声をあげながら、 ゴミの山から何かを引っ張り出した。 見ればそれはさび付いたパイプ椅子だった。p75
2013-12-16 12:07:32男はそれを組み立てると 「さあさあそこに座って」 と言って〔アルミ缶〕の目の前に設置した。 逃げるなら、ここが最後のポイントであるようだった。p76
2013-12-16 12:11:28(あ、やっぱりいいです) そう断ってここを出て行くだけの胆力があればどれだけよかったか。 〔アルミ缶〕はつくづく自分の臆病ぶりを呪った。 その選択肢の実現可能性は極めて低いようであった。p77
2013-12-16 12:12:37そもそも、それができる人並み程度の度胸があれば、自分は学校に通えていたし、 何不自由なく表を闊歩できているのだ。 何もかも、この対人恐怖症が悪い。 p78
2013-12-16 12:19:07もう流れに身を任せるよりほかない。 〔アルミ缶〕は半ば自暴自棄となり、覚悟を決めてその椅子に座った。 同じく対面に自分用の椅子をこさえていた中年の男もその上へ腰を落とす。p79
2013-12-16 12:22:05「ええとそれではまずあなたのお名前は?」 男は例の笑みを絶やすことなく、両手をひざの上で組みながら、〔アルミ缶〕の顔を覗き込むようにそう聞いてきた。p80
2013-12-16 12:35:10「ええと・・・」 〔アルミ缶〕は少し迷ったが、苗字だけなら特に問題もないだろうと思い、正直に名乗ることとした。 「〔アルミ缶〕といいます」 「〔アルミ缶〕さん。僕は〔骨董屋〕と言います」 本名かどうかはわからなかった。 p81
2013-12-16 12:36:58「それで〔アルミ缶〕さん、今日はいったいどのようなお悩みで?」 「ええと・・・」 聞かれた〔アルミ缶〕は思わず言葉に詰まった。 自分の症状について他者に話したことはこれまであまりなかった。 p82
2013-12-16 12:37:44「ちょっと・・・いま・・・」 「ええ」 「いまちょっと・・・とうこうきょひになってて」 「はい?」 「登校拒否に」 「ああ」 「通信制の学校には通えてるんですけど」 「はい」 「・・・・・・」p83
2013-12-16 12:42:08「人がなんか・・・こわいんで・・・」 「ええ」 「外にいると落ち着かなくて・・・・」 「ええ」 「一年前は学校に通えてたんだけど、校舎にいるだけで頭がおかしくなりそうになってきて・・・」 「ええ」 「・・・・・・・」p85
2013-12-16 12:47:41男が相槌しか打ってくれないため、〔アルミ缶〕は自分で会話を前に進めるほかなかった。 〔アルミ缶〕にとって身内以外の人間とこれだけ話すのは1年ぶりの出来事だった。 p86
2013-12-16 12:48:22「学校だけじゃなくて、外であればどこでも恐ろしい気がして・・・ 前いた普通高校はやめたんだけど、その当たりから外出すること自体できなくなってきて・・・」p87
2013-12-16 12:50:06〔アルミ缶〕は口を閉じた。 語るべきことはまだまだあるように思えたが、 急にいろいろなことを話してしまった反動からか続く言葉が出てこなかった。p89
2013-12-16 12:52:07「では、あなたは人が怖いのですね?」 察したのか男が初めて相槌以外の反応を返してきた。 「はい」 「ほんとうに人が怖いのですね?」 「はい」 「なるほど」p90
2013-12-16 12:53:02〔アルミ缶〕は少しイライラした 今しがたわが口から人が怖いといったのに、何をわざわざ聞き返してくるのか 「なぜ人が怖いのですかねえ?」 「・・・・・・わかりません」p91
2013-12-16 12:54:05