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脅迫者は自宅で唸っていた。 原因はその日買ってきた週刊の漫画雑誌にある。 そこには普段と変わらない面子の漫画群が、 普段とあまり変化のないストーリーを繰り広げているだけだった。 ある漫画の最後のページに書かれた、一つの後書きを除いて。脅迫1
2013-12-16 16:55:51脅迫者はわが目を疑った。 「暁の登山」は彼が今寝食を忘れてのめりこんでいる漫画だった。 年甲斐もなく漫画雑誌など購入しているのも、この漫画の最新話を毎週チェックする ためであった。脅迫3
2013-12-16 16:58:51無論単行本もすべてそろえている。 関連グッズも出るたびに購入している。 問題の漫画はアニメ化されてはいないので、 商品の市場やファンの数は限られていたが、 脅迫者はかまわず熱心であった。 脅迫4
2013-12-16 16:59:48はやくこの漫画がアニメ化されてメジャーになればいいのにとこいねがう反面、 そのようなことになれば今現在自分自身が「第一人者」であるところのファンとしての地位を 瞬く間にどこの馬の骨とも知れぬ有象無象にかっさらわれてしまうのではないかという、 脅迫5
2013-12-16 17:00:44いやどれだけファンの数が増えようが自分こそが「第一人者」であるという客観的 現実に微塵の揺るぎもないのであるが、洪水のように沸き寄せる新参者の群れに、 脅迫6
2013-12-16 17:01:31それがどうしたことであろう、問題の漫画の最後に「重要なお知らせ」とあるから、 すわアニメ化か?と過去にないほど胸を高めかせ紙面に噛み付いた結果、 目に飛び込んできたのは情け容赦のない「最終回」の3文字であった。 脅迫8
2013-12-16 17:02:56だからこの漫画も終わってからがむしろ本番で、最終回を迎えた後もファンの「第一人者」 を続けることにこそ重大な意義があると思い、そう思い込もうとして脅迫者は自らの心を慰めた。 脅迫11
2013-12-16 17:05:36問題の最終話の収録された週の漫画雑誌も購入したが、一切めくることなく机の引き出しの奥に しまいこんだ。 それを読むことは自分の中でその漫画が本当に完結してしまうことを意味していた。 脅迫12
2013-12-16 17:06:13そして脅迫者は以降の週も変わらずその漫画雑誌を購入し続けた。 もはや意味のない行為であることは自分でもよくわかっていた。 ほかに気になる漫画があるというわけでもなかった。 脅迫13
2013-12-16 17:06:54ただそれもまた、やはり今まで続けてきた漫画雑誌を購入するという習慣を停止することで、 好きであった漫画が終わってしまったのだという現実をなるべく自分の知覚の及ぶ範囲内で 確定させたくないという、心理的防御機構がなさせる悪あがきの一環であった。p14
2013-12-16 17:07:33そうして脅迫者は、主役を失った最新版の漫画雑誌を枕元で夜な夜なパラパラめくった。 そうやっていつの間にか眠りに落ちて、目が覚めたときにはシーツに涙が滲んでいたことも 何回かあった。脅迫15
2013-12-16 17:08:301ヶ月が経過した。 脅迫者は生気のない日々を送っていた。 もともと内面的な充足というものに恵まれてこなかった彼の人生は、 今や虚無に近いがらんどうと化していた。 脅迫16
2013-12-16 17:09:18その日も脅迫者はいつもどおり最新版の漫画雑誌を購入するため、駅前の本屋に向かった。 レジ前の書棚で対象を手に取ったところで、脅迫者はその表紙上の異変に気がついた。 表紙いっぱいに描かれた不敵に笑う少年のキャラクター。脅迫18
2013-12-16 17:10:38これだけの扱いをされている以上、何かの漫画の主役級であることは間違いなかったが、 毎週その雑誌を講読している脅迫者にはそのキャラについての心当たりがなかった。 脅迫19
2013-12-16 17:11:36脅迫者は学生時代に登山をかじっていたことがある。 「赤子の登山」に入れ込むようになったのも、その時代の甘酸っぱい記憶が大きな要因であった。 脅迫者は体が震えるのを感じた。 脅迫21
2013-12-16 17:12:46脅迫者は焦点の定まらない視線を必死に漫画雑誌の表紙へ走らせた。 「『雪中登山部』連載開始」なる文字がそこには躍っていた。 併記されている作者の名前に心当たりはなかった。 脅迫22
2013-12-16 17:13:31「暁の登山」の作者ではなかった。絵柄もまるで違ったから、あの作者が別名義で描いているというわけでも なさそうであった。 これはいったいどういうことなのだ? 脅迫23
2013-12-16 17:14:02