柿色かまいたちを追いかけて
柿色のかまいたちを追いかけた。走って走って追いかけた。右手首をかまいたちにざっくりと切られたので、途中、ヨモギをすり潰して傷口に貼り付けた。アロエも効くんだっけか?あれ?アロエは火傷?そんなことを考えながらかまいたちを追いかけた。森の中かまいたちを見失った。適当に森の中を歩く。
2013-12-18 09:30:57傷口の血が止まった頃、森が開け農村が見えた。柿色の柿が実を付け枝が垂れ下がっている。ススキはお辞儀し夕陽に金色に輝いていた。田んぼに視線を移すと僕の右手首を切りつけた柿色したかまいたちの姿が見えた。どうやら鎌で稲刈りをしているらしい。
2013-12-18 09:34:41柿色のかまいたちの側まで行くとかまいたちは僕に気付いたようだ。「あ、さっきの。こんにちは。」かまいたちはペコリとお辞儀をしてそう言った。「あ、こんにちは。」意表を突かれたけれどなんとか応える事ができた。「すみませんね、手首。」僕の右手首に指さしながらそう言った。
2013-12-18 09:38:23さっきまでは捕まえて文句の一つでも言ってやろうと思っていたけれど、素直にそう言われるとなんと言ったらいいのか、言葉に詰まった。「あ、うん。ちょっとというか結構痛かった。」「ですよねー。ごめんなさい。」そう言ってまたペコリと頭を垂れる。「血は止まってるみたいだけど」
2013-12-18 09:42:52「うん、さっきヨモギをすり潰して付けておいたから。」「そっか、それならよかった。」向かい合ったまま一瞬沈黙が訪れ、僕は思い切って聞いてみた。「なんで切りつけるの?」少し困ったような顔をしてかまいたちが何かを言おうとした時足元から声がした。「こんにちは。」同時に二人で足元を見る。
2013-12-18 09:49:41「あ、村長。こんにちは。」かまいたちが応える、けれど僕は応えられなかった。突然思いもよらぬ所から思いもよらぬ人に声を掛けられると咄嗟に反応出来ないものである。その後何となく罪悪感にも似た申し訳ないようなそんな気持ちにさせられる。なんで直ぐに応えられなかったんだろうと。
2013-12-18 09:57:10遅れて僕もなんとかこんにちは。と返せた。赤い小さな沢ガニを「こちら、村長です。」と柿色のかまいたちに紹介された。「人間とはまた珍しいのぉ。」僕の手首を見ながら「お前がやったのか?」とかまいたちに問いかける。「はい、最近やってなかったんですけどね。久し振りに」と少し照れ臭そうに
2013-12-18 10:08:28頭を掻きながら言った。「あ、そうそうなんで切るのか?っていう話しだったね。まぁなんでと言われても切るのが仕事みたいなもんだったから。最近はそういうのなるべくやめようって話してるんだけどね。」「切るのが、仕事…。」「村長は沢ガニだから横に歩くけどそれに理由はないのと一緒だよ。」
2013-12-18 10:26:08「まあ儂らも横に歩くのが仕事みたいなもんじゃからの」そう言って二人でケラケラ笑った。確かにそうかもしれない。猫はにゃーと鳴き犬はワンと鳴く。バッタはぴょんぴょん飛び跳ねダンゴムシはクルッと丸くなる。沢ガニはいつまで経っても沢ガニでかまいたちもいつまで経ってもかまいたちなのだ。
2013-12-18 10:41:01ケラケラ笑う二人を見ていると手首の傷なんかどうでもいい事に思えた。「一応お詫びといっては何だけどお米持って帰る?まだ干してないし、その後脱穀もしないといけないけど。」「ごめん、それはちょっと無理かな。」「だよね…。」「じゃあすこの柿を持っていけばいい。」
2013-12-18 10:48:23「いいんですか?村長の柿あげて?」うんうんと赤い沢ガニ村長が頷く。「じゃあの柿持って帰りなよ。干し柿は作れる?」少し不安そうにかまいたちが言う。皮を剥いて吊るすだけだよな、何か処理しないとダメなんだっけか?そんな事考えているのを察してかかまいたちが
2013-12-18 10:59:35「干し柿は簡単だからメモに作り方書いておくよ。」と言ってくれた。柿色のかまいたちがするすると柿の木に登り「投げるから受け取って!」そう言って柿をもいでは僕にひょいっと投げた。おいおい、これ村長に当たったらさるかに合戦みたいになるじゃん、などと不謹慎な事を考えながら全神経を
2013-12-18 11:09:35集中させて柿色した柿を受け取った。そんな思いを知ってか知らずか赤い沢ガニ村長は僕の側でニコニコしていた。うん、そこをどけ。などとは何となく言えなかった。袋一杯の柿を貰い「ありがとう!」「またいつでも来てね!」と言って僕らは別れた。日はとっぷりと暮れて満月が出ていた。
2013-12-18 11:13:25そのお陰で農道は懐中電灯がなくても歩くことができた。けれど木々が生い茂る森の中は真っ暗だった。うん、これは帰れるんだろうか?一晩泊まっていったらよかったかもしれない。そう思いながら真っ黒になった森の中を歩いて行った。森は木が集まって森になってるけど木がなくなったら森じゃないよな。
2013-12-18 11:17:51真っ暗で木が見えないけれどこれを森と呼んでいいんだろうか?でも、手探りで時々触れる木の感触があるからやっぱり森なんだろうな。そんなくだらないことを考えながら真っ黒な森の中を歩いた。見上げると時々木々の隙間から柿色した丸い月が見えた。一応だけど沢ガニ村長は無事だった。
2013-12-18 11:20:49