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20140117 #wowow 「ノンフィクションW『戦場のメリークリスマス』30年目の真実~異色の大島渚映画が蒔いた種~」

1983年5月、『戦場のメリークリスマス』は公開され、大島渚監督作としては最大級のヒットを記録した。だがその裏には、いくつもの困難があった。国際的評価も高かった大島が初めて手掛ける大作映画ながら、その難解なテーマゆえに資金調達は難航。製作スケジュールが遅れた結果、キャスティングも二転三転。ロケ地が決まったのはクランクインのわずか3カ月前だった。完成後も関係者向け試写の反応は惨憺たるもので、本命と言われたカンヌ国際映画祭ではグランプリ受賞を逃した。果たして『戦場のメリークリスマス』はなぜ成功したのか?そして大島が蒔いた種は何を残したのか?公開から30年、出演した坂本龍一、プロデューサーの原正人、大島渚の妻・小山明子に加え、作品の関係者たちが、『戦場のメリークリスマス』公開までの秘話やその影響について語る。また製作前に作られた企画書をはじめ、ロケ時のスチール写真など貴重な資料も明かされる。 http://www.wowow.co.jp/pg_info/detail/104529/
映画
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ほんのこ @shbttsy74
#wowow 原正人プロデューサー「難しいと思った。これをどうやって観客に届けるのか」しかし1983年5月28日、『戦場のメリークリスマス』公開初日の新宿ミラノは大行列となった。結果、大島渚監督作品最大のヒットに。原「もうやらないと思った。組めないですよ。凄すぎて」
ほんのこ @shbttsy74
#wowow 坂本龍一「誇張じゃなくて、すべてが『戦メリ』から始まったといってもいい」
ほんのこ @shbttsy74
#wowow 大島渚監督「同じやり方を続けると、自分は喜んでいるつもりでも、本当は喜んでいないんだ。今までと違う製作方法、違う人との出会いから生まれるのだと思う」1978年、作家ローレンス・ヴァン・デル・ポストの小説『影の獄にて』を映画化することを決意。
ほんのこ @shbttsy74
#wowow 映画企画書。タイトルは『抱擁の大地』。その後大島監督自らが脚本を執筆。タイトルが『戦場のメリークリスマス』に変更された。主人公にはロバート・レッドフォードを想定。予算500万ドル。資金調達を始めるも、反応は悪い。キャスティングも難航。
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#wowow 1980年3月。大島監督、ロバート・レッドフォードに直接交渉するためニューヨークへ。だが、「ミスター大島は尊敬しているが、僕は出られない」5月、インドネシアとフィリピンへ自費でロケハン。映画のテーマは「東西の文化が衝突し、それを乗り越える」。
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(訂正) #wowow キャスティング、デヴィッド・ボウイの名前が挙がった。ボウイが出ていたタカラ焼酎のCMを見た制作助手が大島監督に提案。10月、ボウイが出演承諾。資金調達に行き詰まった大島監督、原正人プロデューサーのもとへ。外国のパートナーを探してほしいと切り出した。
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#wowow 原、まもなく自らの制作会社ヘラルド・エースを設立。大島監督の支援を決断。戦メリの予算書。原のプランは、総製作費500万ドルのうち半分の250万ドルを海外で調達、残りを国内で集めるというもの。原、ジェレミー・トーマスに海外での資金調達を任せる。
ほんのこ @shbttsy74
#wowow 原「脚本のもっている哲学性がコマーシャルではない、と。日本でも資金を集めるのは大変だった」それでもテレビ朝日が出資、松竹と契約。大島監督、自宅を担保に1億円を借りた。小山明子「『あなたがリスクを背負わない限り、誰もお金を出さない』と言った」
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#wowow ボウイ側、ワールドツアーが始まる1982年9月までにロケを終わらせてほしい、と。日本人キャストは当初、高倉健や緒形拳が候補に挙がっていたが、スケジュールの遅れにより御破算に。大島監督は当時レギュラー仕事を多く抱えていたビートたけしに直接交渉。
ほんのこ @shbttsy74
#wowow さらに、大島監督はYMOの坂本龍一へアプローチ。坂本龍一「10代の時から大島さんの映画を見ていたので、ファンだった。どんな形でもその人と仕事ができるのが光栄だったし、貴重な体験だったので、断る選択肢はなかった。音楽もやらせてほしいとぼくの方からお願いした」
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#wowow 1982年5月、イギリス側から「ニュージーランドの自治領ラロトンガ島でのロケなら、税制上の優遇措置がある」と提案。足りない制作資金をカバーできる。手続きは複雑だったが、予算の目処が立った。8月23日、クランクイン。事前の懸念は、ボウイ・坂本・たけしの演技力。
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#wowow 坂本龍一「セリフを覚えなきゃいけないことも知らなかったんです。行ってみて『やばい』って(笑)ぼくとたけしさんだけには怒鳴らないんです。明らかにぼくが間違えてるのに、ぼくの後ろにいるプロの役者さんに『お前ー!』って(笑)本当はぼくを怒鳴りたいんですよ」
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#wowow ロレンス役のトム・コンティ、大島監督の演出法に驚いた。監督に何をしてほしいのかと聞いても「好きにやってくれ」と。「彼はいつも魔法のファースト・テイクを求めていた」
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#wowow 劇中、ヨノイが俘虜を叩いて倒すシーンは、坂本のアドリブ。坂本龍一「ヨノイの狂気を出したくて。西洋人から見たら『なんて極悪人なんだ』と見えるように。ただ、そういう溢れてくるものを、大島さんは期待していたと思う」
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#wowow トム・コンティ「あの場には役者というのはあまり存在しなかった。北野だけが天性の役者だった。コメディアンというのは、すぐれた役者なんだ」
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#wowow 1982年10月7日、クランクアップ。1983年1月、初号試写。原「関係者を呼んで見せたら、みんなシラーッとしている。難しいと思ったのかな」原、まずメイン俳優4人の顔を打ち出したキービジュアルを作る。キャッチコピーは「男たち、美しく…。」
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#wowow 坂本龍一「メリークリスマスということで、クリスマスソングのいくつか有名なものを思い出して。鐘の音のような音色を使っているのもクリスマスだから。東洋人が聞いても西洋人が聞いてもエキゾチックなものにしようと」
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#wowow ベルナルド・ベルトルッチは、ボウイと坂本のキスシーンを「映画史上最も美しいキスシーン」と賛辞。原、劇場側に説得を続ける。「こんなに浸透してますよ、というプレゼンテーションを行った」公開日は5月28日。その直前にカンヌ映画祭にノミネートされた。
ほんのこ @shbttsy74
#wowow しかしパルムドールは今村昌平監督『楢山節考』に。原「不安ですよね。初日にお客さんがいない夢を見るというが、あれはウソじゃない」1983年5月28日、公開初日。劇場前には観客があふれていた。これまで大島作品に縁のなかった若者たちが詰めかけていた。
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#wowow 興行収入16億5000万円。その後、坂本龍一は『ラストエンペラー』の音楽を担当し、アカデミー賞作曲賞を受賞。坂本龍一「ひとつの映画だったというだけでなく、イベントっぽく受け入れられた。時代の空気として。本当に不思議な映画をよく作ってくれたなと感謝している」
ほんのこ @shbttsy74
#wowow 北野武「撮影のエピソードをさんざんお笑いのネタにしてきた。トカゲに大島監督が『お前はどこのプロダクションに所属しているんだ!』とか。でも私の中では、映画監督って面白いな、いつかやってみたいなという思いが生まれた。自分の根底にあの撮影風景が染み付いて離れない」
ほんのこ @shbttsy74
#wowow 公開後、大島監督「この映画は『東西の文化の衝突を描いた』と多くの人は言うが、今考えるとそれは違うのではないか。この映画の鍵は『人は人に惹かれうる』ということにある」

コメント

江州藤原氏/発達障害当事者なんですこれで @hipponmaster 2014年1月18日
ナレーションが田中秀幸さんだから耳幸せですだよ。手前みそですが私も昨日から今日にかけて #wowow タグで呟いておりました。もちろん萌えとかそんな意味で。 #now_playing 玉ノ海、戦場でクリスマスをむかえるの巻/人生
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