空想の街　花の目覚め　海の目覚め―魔法薬師―

リュカ @ryuka511

一体どうすれば喪失の痛みは和らぐのか。失われたものを取り戻す? いっそ忘れてしまおうか? どんな魔法薬ならそれは叶う? 師であり父のような存在に届かぬままの恋慕を抱き、少女は魔法薬を作る為 #空想の街 を訪れる。定まらぬ心を、束の間目覚める花と海に寄せて。 #魔法薬師 プロローグ

リュカ @ryuka511

師のいない工房に一人でいるのは辛かった。一人前でない自分が師の仕事を継ぐ自信も無く、少女は休業の札を扉にかける。秘かに恋慕う師を喪い悲しみに暮れる彼女は、春の気配に束の間目覚める花の噂を聞いた。その花で薬を作れたら永久凍土のような悲しみを溶かせるだろうか。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

森を抜けると塀に囲まれた街が見える。夕刻の霧雨は冷たい。雨に混じって何かが頬に貼り付き少女は鬱陶しげに顔を上げた。「何これ?鱗?」それは紛れもなく魚の鱗だった。だが見上げても霧雨に煙る空があるだけ。首を傾げつつ調合に使えるかと鱗を仕舞い少女は街に向かった。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

もう夜も遅い。探し物の前に一先ず寝床を確保しよう。見知らぬ夜の街を散策しているとホテルの看板が見えた。ホテルそらふぐ、変わった名前。さっき空から降ってきた鱗と関係あるのかな。静まり返ったロビーにいた女の人に声をかける。子供一人でも泊まれるようで安心した。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

宿を取り一日ベッドで過ごす。師匠の死は唐突だった。病でも怪我でもなく、ただ眠るように息を引き取った。天寿を全うしたのだと言われたが、少女には到底納得できなかった。薬師という生きる術、他者の温もりを教えてくれた人。そんな大きな存在の死を受け入れられなかった。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

今にも師匠が寝てばかりいる自分を苦笑して起こしに来るんじゃないか。何か食べなさいと叱りに来てくれるんじゃないか。葬儀を済ませたのにそんな事ばかり考える。叶うならまた一緒に過ごしたい。記憶が彼女の足を止めた。師匠の魔法薬店を継ぐ事を考えなきゃいけないのに。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

春の気配に目覚める花なら死者を蘇らせる薬も作れるかもしれない。だがそんな禁忌を冒したと知ったら師匠は激怒するだろう。自然をとても大事にし大地と共に生きた人だ。師匠は自らの死を受け入れたんだろうか。穏やかな死に顔を思い返す。前触れの無かった死を、どうやって。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

少女は溜め息を吐き自分を叱咤する。重い身体と心を引き摺り部屋を出るとロビーの鉢に目を奪われる。来た時には蕾だった花が開いていた。暖かい館内とはいえ、この時期に咲くはずの無い花だ。「これが花の目覚め?」そっと触れると、花は確かに春の気配に喜びを感じていた。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

急いで外へ出る。吐息も凍りそうな寒さなのに、街のそこかしこで花が咲いていた。外壁の傍に咲く花に近付き、摘み取って薬にしてもいいかどうか訊ねる。植物の意志を尊重しなさいという師匠の教えだ。彼女にはまだはっきり聞こえないが、問いに頷いてくれた花がどれかは解る。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

頷いてくれた花のいくつかを根っこごと掘り起こしケースにしまう。この花達からどんな薬を作ろうか。本格的な調合は帰ってからだが、今何か作れるだろうか。ケースを抱え宿に戻ると調合ノートを開いた。師匠の丁寧な字と自分の走り書きが並ぶ。共に過ごした証に涙が滲んだ。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

まだ教わりたい事が沢山あった。まだ交わしたい言葉が沢山あった。言えなかった感謝も恋心も溢れてる。未来へ進む事も後を追う事も出来ず泣くばかり。極寒の中微かな春の気配に目覚めた花ならば、奇跡を起こす薬も作れるんじゃないだろうか。会いたい、大好きな人に。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

どれくらいの間そうしていたのだろう。不意に声が聞こえた。「その顔は寝てないな。碌に食事もしてないだろ。」「っ!?」師匠と呼ぶか父と呼ぶか名前を呼ぶか迷い声を詰まらせる。これは夢か幻か、恋しい人がそこにいた。「なんで……。」彼はふわりと微笑み少女を見つめた。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

「心配になって来てみれば案の定だ。言っただろ、自分を大事に出来ないのに誰かを救う事は出来ないって。」少女は嗚咽を漏らし俯く。「だって急に師匠いなくなって、私まだ子供だし半人前で。」「君は僕の愛弟子だ、胸を張っていい。僕から教えられる事はもう全て教えたよ。」 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

首を振る少女を宥め彼は話を続ける。「君はもう一人前だ。ここからは自分の力で学びなさい。君は立派な魔法薬師になるよ。私が保証する。」「そんな事ない、私は師匠がいなきゃだめです!」「君が信頼する僕の言葉を信用しないのかい?」悲しげな師の声に少女は顔を上げる。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

「僕の役目は終わったんだ。」「師匠の役目が終わっても家族の役目は終わってません!」少女の言葉に彼は微笑んだ。「僕は君の家族として見守り続ける。時には花や鳥になって、時には人として、何度でも君の元に来るよ。命は繰り返す、その時君はきっと僕だと気付くだろう。」 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

それに、と困ったような顔で彼は続けた。「僕のようなおじさんじゃなくて、君にはもっと君を幸せにするに相応しい人がいるはずだ。僕の役目は君を導く事で、幸せにするのは他の人だよ。」ふと彼の視線が卓上の花を捉えた。目覚めの時を経て、花はゆっくり散り始めている。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

「僕も見た事無い花を君は見付けた。君が僕を越えて行く時が来たんだ。」そう微笑むと彼は少女の涙を拭う。触れられないはずの手の温もりを感じ、少女は師の想いを受け止めた。「ありがとう、ございます。」「うん。僕の方こそ、ありがとう。君と過ごした時間は僕の宝だ。」 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

「卒業の証を贈るから、受け取ってくれ。」その言葉を最後に師の姿は静かに消えた。別れの悲しみと、認められた喜びと、様々な感情が入り乱れて彼女は声を上げて泣いた。これで泣くのは最後だから。師匠のような立派な魔法薬師になるから、今だけは。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

卓上の花は束の間の目覚めを過ぎ、元の固い蕾に戻っていた。だが、散った花びらと微かな花の芳香が残っていて、極寒の中花が咲いた事も、師匠の幽霊に会い彼の想いと温もりを受け取ったのも、夢ではなかったのだと少女に伝えていた。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

少女の元を離れ彼は目頭を押さえる。あれ以上傍にいたら自分まで泣いてしまう所だった。しばらくすると彼女の号泣が聞こえた。悲しみに暮れているのとは違う、乗り越えるのに必要なカタルシスの涙だ。ならば泣きたいだけ泣くといい。自分のすべき事の為彼は静かに宿を離れた。 #空想の街 #魔法薬師

リュカ @ryuka511

まず食事を摂らせなくては。街を散策すると出前オーダーも承りますと書かれたカフェを見付けた。けど幽霊の自分が来店して驚かれないだろうか。そもそも気付いてもらえるのか。不安になりつつ彼は扉をすり抜けた。「すみません、出前をお願いしたいのですが。」 #空想の街 #さるカフェ #魔法薬師

さることながら @sarukotonagara

ふと、何かの気配を感じた。仕事柄、表情や仕草で多くの事を感じ取る癖はあるが、それでも『微か』と言わざるを得ない気配。でも、確実にこちらに向いている心。聞かせて下さい、お役に立ちますか、そんな思いで、空に手を差し出した。どこ？#空想の街 #さるカフェ #魔法薬師@ryuka511

リュカ @ryuka511

店主は自分に気付いたようで手を差し出してくれた。ちょっとずれてるけど。意思の疎通は出来そうだ。「僕の愛弟子が独り立ちするのですが、僕はこの通りもう傍に居られないので、自信と希望に溢れた温かい物をそらふぐに泊まってる彼女へ届けてもらえますか?」 #空想の街 #さるカフェ #魔法薬師

さることながら @sarukotonagara

何かが、返ってきた。私の手に応える何か。そして、大切な人の背中を押したいと願う深い愛情。オーダーは受け取った。それだけ解れば充分だ。私は急いで、しかしできる限りの料理を作り、重箱に詰めた。それを抱えて、また手を差し出した。連れて行って下さい。#空想の街 #さるカフェ #魔法薬師

リュカ @ryuka511

想いが店主に伝わったようでほっとする。店主の手際に感嘆の声を上げている間に完成した重箱を抱えて、今度はしっかり自分を見つめ店主は手を差し出してくれた。はい、彼女の所へご案内します。店主が自分を見失わないよう気をつけながら、彼女の元へ駆ける。 #空想の街 #さるカフェ #魔法薬師