Orphe兄貴の艦これ航海日誌番外編　2014年1月

orphe @orphechin

「ぜぜぜぜひ、知りたいデース！教えてくだサーイ！」涙が金剛の目の半分までせり上がり、今にも濁流になって周囲に注がれそうだった。 ふっ、と磯波の目が和らぐ。助かった。 「お屋敷、欲しいですか。簡単ですよ」 #艦これ航海日誌

orphe @orphechin

とん、と磯波は金剛の腹を指で突いた。 金剛の全身の筋肉が硬直し、細胞が動くなと彼女に命ずる。動くことは死を意味すると、彼女の全身が警告していた。 「金剛さんは、手術をしたことがありますか」磯波が金剛の腹を見ながら聞く。 「あ、アリマース…」 #艦これ航海日誌

orphe @orphechin

「わ、私も戦ってマスから、当然入院もしたし手術もしマシタ。それが、何か」 「何回ですか」 「えっ」 「何回、手術しましたか」 磯波が指を回し、金剛の臍部を優しくなぞる。金剛は答えられなかった。忘れていたのではない、どんな解答をしても、命取りになると思ったからだ。 ＃艦これ航海日誌

orphe @orphechin

「もし貴方が本当にこのお屋敷が欲しいなら、あげます。これから言うことができるのなら。貴方はこれから1万回手術してもらいます。麻酔なしで。それも簡単なものじゃない、五体が千切れ、内臓が弾け飛び、頭の半分がない状態からの復元手術を一万回です」 #艦これ航海日誌

orphe @orphechin

一万回。その数字を聞いて金剛は息が止まりそうになった。勿論瀕死の重傷を負った事は何度かあった。だが大体は中破とは言え骨折程度だった。彼女は戦艦だったからだ。彼女は丈夫だ。他の娘のように死の一歩手前で辛うじてとどまっているような経験など、全くなかった。#艦これ航海日誌

orphe @orphechin

「できませんか。私はしてきました。死の一歩前で踏みとどまる、その経験を1万回。なぜなら私は駆逐艦だからです。敵を殺すための武器を詰め込み、そのせいで身を守るための装甲もまともにつけられずに出撃し、何度も何度も皮膚一枚向こうに死が待つ領域に足を踏み入れました」#艦これ航海日誌

orphe @orphechin

「あ、貴方は何故…そうまでして戦ったんですか…」金剛の口調から、いつもの調子が消えた。 「司令官がそうお望みだからです」金剛の目を一分も離さず、磯波はそう言った。 「あの方は私達だけを育てた。そのために自分の地位や名誉や、より強い他の艦種さえも捨てたんです」#艦これ航海日誌

orphe @orphechin

「私は堅牢な戦艦でもなく、凶悪な空母でもなく、勇壮な巡洋艦でもなく、とはいえ人間ですら無い。何の尊厳もなく、大勢から使い捨てのゴミのように扱われてきた駆逐艦です。司令官はその私達に誇りと尊厳を与えてくれました。兵器としてのね」#艦これ航海日誌

orphe @orphechin

「持ち主の思いに応えるのがモノとしての義務であり、光栄。この屋敷はその光栄のほんの一部を形にしたものです。貴方がこの屋敷を手に入れたいというのなら簡単な事です。私を上回る、兵器としての誇りを示せば良い」 #艦これ航海日誌

orphe @orphechin

「貴方にとっての誇りって、一体」 「Per aspera ad astra」磯波は聞きなれない言葉を呟き、指を金剛の腹部から離す。 糸が切れたように、金剛はその場に崩れ落ちる。磯波は俺の方を振り返った。 「…パーティーの続きをしませんか、提督さん」 #艦これ航海日誌

orphe @orphechin

結局その後は形式上は和やかにパーティーが進み、俺達は磯波に迎えの車を寄越してもらい、自分たちの鎮守府へ戻った。磯波に司令官はどこへ、と聞いたが「司令官はシャイなので、あまり私達の所には顔を出さないんです。なので呼んでも来ないですよ」と言われた。 #艦これ航海日誌

orphe @orphechin

帰り際の車の中、俺は磯波の言った言葉を反芻していた。ペラ・アスペラ・アド・アストラ。苦難を通じて天に至る。なるほど、駆逐艦らしい言葉だ。そしてこいつらに欠けている言葉だ。呆然自失の戦艦共を見て、俺は頭を掻いた。 #艦これ航海日誌

orphe @orphechin

俺の話はこれで終わりだ。まあ、何かの参考になったかどうかは知らない。俺は言いたいことを言っただけだ。忘れてくれ。じゃ、また大阪に戻るよ。 #艦これ航海日誌

orphe @orphechin

-Nemo deo pauper est. ＃艦これ航海日誌