私が予言しておこう、近いうちに彼はモテる
ぼくは定義ははっきり一つに決めていて説明もなされていて、尚且つ日常で使える単語や言い回しにしぼって話できているひとみると頭いいなぁって思うんですよ。
2014-02-07 07:18:40なぜわかるように話が出来る人が頭いいとされるかというと、たぶん馬鹿にもわかるように話をわするということは自分のしたいことがわかっているからすることなんだと思う。正確には馬鹿にもこの話を理解してほしいと思ったときに本当にその通りに話そうと思えるしそれが出来る人が「頭いい」わけだ。
2014-02-07 07:27:11人に理解してもらいたい話があるなら、理解してもらうために努力するだろうし、あるいはそこまでして理解してもらいたくないなと思ったなら、義務ではないからしないことも途中で諦めることも選べる。
2014-02-07 07:52:14でも自分のしたいことがわからない人は、実際にはそうでない場合にも自分はこの人に説明する義務があるんだと思っている。自分がしたいことではなくてしないといけない仕事が与えられたと考える。だから説明が失敗したときはその失敗の原因ではなくてその失敗の責任を説明する相手に見いだす。
2014-02-07 07:52:46大抵、難しい話が理解してもらえない原因は説明を受ける側にも多分にある。足し算のわからない子供に「いま僕たちは積分の話をしていてね、積分というのは……」と説明を始め理解してもらうのは難易度が高いだろう。
2014-02-07 07:55:36でも自分が「この人に理解してもらいたい」と思って始めたことの責任は自分にある。自分の望みなのだから成功して嬉しいのは自分だし、そのかわり失敗して悲しいと思うのも自分だろう。
2014-02-07 08:01:23人に説明を求められるときもあるのだけど、それが命令でなくお願い場合であるのなら、その人の願いを助けたいか助けたくないか選ぶのは自分だろう。
2014-02-07 08:03:30自分がしたいからしたことなのに、自分が失敗して悲しいと思ったり悔しいと思う筈だった分を、この人が馬鹿であることが悪いのだから自分が失敗して悲しいと思う理由も悔しいと思う理由もないということにして。「君は馬鹿だね馬鹿だね」と相手を不快にさせるためになじるのはフェアではない。
2014-02-07 08:10:43質問した人にとっては、理解できる回答を得られるか否かは、その人が知りたいと思って聞いたことなのだから、ちゃんと適切な回答ができる人を選んだか否か、過去の人生で得た知識がその話を理解できるだけ十分あったか、そういった条件の結果で願いが叶うか否かの責任はその人にある。
2014-02-07 08:15:36「本当に頭のいい人は馬鹿にもわかる説明ができる」という言葉の文脈は、このように説明の能力ではなくむしろ説明に関わる責任の問題を問いている。のだと私は思う。
2014-02-07 08:24:13文脈的には「本当頭のよい人」というのはその言葉を語った人が思い描く"そうであるべき姿"であって、単に「りんごは赤い」と同じように事象の説明として「本当に頭のよい人は~」という言葉を語ってはいないのだと思う。
2014-02-07 08:36:29でも「本当に頭のよい人は~」という言葉は、良いこと悪いことの根拠を、(おそらくは)「頭の良い」という言葉で知識や知性のあることないことであるとにしようとしていて、人に理解させたいけどさせられないことの問題を、相手に知性があるかないかの問題にしている人と同じことをしている。
2014-02-07 08:41:55「末永君は着々とハード支配型Mを捨て去るという道のりを歩いている気がする。近いうちに彼はモテるようになるだろう。私が予言しておこう」(by りな様)
2014-02-07 13:58:36