- okura_mikura
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『さようなら提督。私と北上さんは死ぬことにしました。何が原因かはお分かりですよね。貴方はよりにもよって、絶対に選んではいけない道を進んでしまったのです。私達はもう、疲れ果てました。もはやこの世になんの未練もありません。絶対に探さないでください。 大井』 遺書できたー。
2014-02-16 02:30:56死が二人を分かつまで。その程度の言葉で愛を誓う結婚式とやらは、所詮ただの式典と言えます。あれはお役所と親族に、今から自分達は夫婦になります、と認めさせるための作業でしかありません。それに引き換え、私達の愛はなんて力強いのでしょう。だって、死んでも二人は一緒なんですから。
2014-02-16 02:35:03私と北上さんは永遠になります。肉体のしがらみから開放され、人々の記憶に移住する。そこは思い出の世界。死者にのみ許された、終わらない理想郷。この結末に至るまで、迷いが無かった訳じゃない。やり残したことも幾つかあります。
2014-02-16 02:37:42でも、しょうがないよね、と北上さんは笑っています。大井っちとならいいよ。瞳に光る雫は見ないことにしました。綺麗なものだけ見ていたいんです。煌々と輝く満月とか。静かに波打つ海面とか。北上さんの後ろ髪、とか。
2014-02-16 02:38:41「もういいよ。あたしは大丈夫」 北上さんは囁いた。言葉ではなく、抱擁で返事をする。最後の触れ合い。 北上さんの体は冷たかった。 そして、これからもっと冷たくなる。 そっと交わす口付け。舌と唾液で、互いの喉に錠剤を押し込む。強めの睡眠薬。苦しまずに逝きたいから。
2014-02-16 02:42:18すぐに睡魔は訪れた。瞼が重くなる。ねえ、大井っち。今度生まれ変わったらあたし達。言いかけて、北上さんは倒れこんだ。私もそろそろ体の自由が利かなくなる。そうなる前に。北上さんと固く手を繋いだ。離れないように。そうして、私は北上さんを抱え、夜の海に身を投げた。沈んでいく二人。
2014-02-16 02:43:37私と北上さんがまだ軽巡洋艦の頃の夢。皆に祝福された軍隊、日々豊かになっていく国民の暮らし、乗組員の笑顔。私達が失くしたもの。守れなかったもの。その全部が有った頃の記 憶を、ぼんやりと眺めていました。なんて幸せなんでしょう。だけど、永遠に続く夢なんてないんですよねどこにも。
2014-02-16 21:33:38「オハヨウ」 目が覚めてしまいました。目の周りが濡れてます。どうやら眠りながら泣いていたようで。いえそんなことはどうでもいい。 私、生きてる。 生きちゃってる。
2014-02-16 21:34:22入水自殺で失敗だなんて、笑えないスキャンダルです。明日の朝刊で晒し者になる前に、いっそ喉元を掻き切ってしまおうか。そんな物騒な思考をめぐらせているうちに、はたと気付きま した。北上さんはどこにいるのだろう。まさか私だけが生き延びただなんて、そんな残酷な事実は受け入れられません。
2014-02-16 21:34:56さっきから話しかけてきていた少女を、ここで初めて直視。全体的に灰色がかった色調で、頭の上には粗大ゴミみたいなオブジェというか、オブジェみたいな粗大ゴミが乗ってらっしゃる。どうも全体的に生気がない。
2014-02-16 21:36:25「あ、分かった。ホームレスさんですね。どうりでゴミなんか被ってる。どうぞよろしくお願い致します」 「違ウ。チャント住所ガアル」 「そうなんですか? じゃあカタコトだし、不法滞在中の外国人ですかね?」 「戦場デ何度カ会ッタダロウ……」
2014-02-16 21:36:56戦闘中は北上さんか酸素魚雷しか見てないから、周りに誰がいるかなんて記憶にない。私に記憶して欲しかったら北上さんになれという話だ。
2014-02-16 21:37:16「私ダヨ。ホラホラ。見覚エアルデショ。可愛イアイツ。空母ヲ級」 ヲ級……? 「あ! あーそっか、ヲっさんでしたか」 「中年男性ミタイダカラ、ソノ呼称ヤメテ」
2014-02-16 21:37:54言われてみれば、確かに見覚えのある顔をしています。思い出した思い出した。いつも頭の上にデカイ荷物載せて、のろのろしてるからいい的だなーと思っていたあの深海棲艦。面白い衣装着てるので、討伐後に服を剥ぎ取りしたら「ソレ違ウゲームダロ!」と本気で泣いてたっけ。
2014-02-16 21:38:34「部位破壊狙いで頭部に魚雷ぶつけたら、そのまま撃沈しちゃったこともありましたね」 「狩猟ゲームノ感覚デ、戦闘スルンジャナイ」 バーチャル感覚だなんて近頃の若者は恐ろしい、などとヲ級さんは有識者のようなコメントをしなさる。
2014-02-16 21:39:13「で、ここどこなんです? 龍宮城?」 「ソンナ海底キャバクラデハナイ。ココハ私達ノ巣。サシズメ深海鎮守府」 「深海鎮守府……!」 いきなり私と北上さんが落ちてきたから驚いた、とヲ級さんは説明したが、あんまり北上さんと似ていない声なので既に私は聞き流していた。
2014-02-16 21:40:07「お茶やお菓子は出してくれないんですか?」 「仮ニモ敵地ダゾ。モット緊張感持テヨナ」 しかしヲ級さんはキッチンへ向かい、しっかりコーヒーとチーズケーキを持ってきてくれた。そっか、自軍と違って米軍モチーフだから、暮らしぶりが洋風なんですね深海棲艦は。
2014-02-16 21:40:34「デ、何デ入水自殺ナンカシタンダ、オ前達」 「どうして自殺だと思ったんです? 不慮の事故かもしれないでしょう」 「北上カラ聞イタ」 「む」 カップを持ち上げる手が止まる。北上さんも意外と口が軽い。
2014-02-16 21:41:15「親カラ貰ッタ、タッタ一ツシカ無イ命ダゾ。粗末二スルナ」 16inch三連装砲をブンブン振り回しながら、ヲ級さんは熱弁をふるう。無論、三連想砲は人をブチ殺すための道具である。
2014-02-16 21:41:44「コノ世デ一番ノ親不孝ハ、親ヨリ先ニ死ヌ事ダ。分カッテルノカ大井? 私ハ命ヲ大切ニシナイ奴ハ関心シナイナ」 「ヲ級さん、貴方が今手に持ってるそれは」 「16inch三連装砲カ? コレガドウシタ? コレハ単ナル人殺シノ道具ダ。ソンナ事ハドウデモイイ」
2014-02-16 21:42:52