オイランドロイド・アンド・アンドロイド #6
「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」爆発四散の煙の中でニンジャスレイヤーは天を仰いだ。感じ取る。血管の隅々にまで行き渡る邪悪なニンジャソウルの力を。合一したナラクの存在を。禍々しきメンポを。装束を。そして猥雑ネオンの海の彼方に立つ、マルノウチ・スゴイタカイビルを見て正座した。 69
2014-02-21 17:20:47「……スゥーッ!ハァーッ!スゥーッ!ハァーッ!」彼は眼を閉じ、チャドー呼吸を続けた。合一したナラク・ニンジャのソウルを、再びニューロンの同居者として認識するために。……そしてバリバリと痛々しい音を立てながら、「忍」「殺」メンポを引き剥がした。酷い火傷を負った頬が露になった。 70
2014-02-21 17:25:41その傷は、彼の驚異的なニンジャ耐久力によってじきに癒えるだろう。「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」だが闇の縁は深い。永遠に元に戻ることなく発光し続ける片目が、それを暗示している。彼は亡き妻子に毎夜の短い祈りを捧げると、ドラゴン=センセイへの感謝をニューロンの中で独りごちた。 71
2014-02-21 17:28:52満身創痍のまま重金属酸性雨に打たれ、フジキドは立ち上がる。スタジアムには機動隊の増援が駆けつけ、秩序が取り戻されてゆく。多数の死者が出たが、灰色のメガロシティは何事も無かったかのように、平然とネオンを明滅させ続け、コケシ・ツェッペリンの編隊が無表情に地上へ微笑みかけていた。 72
2014-02-21 17:33:00休んでいる暇は無い。アマクダリとの戦いは今夜も続くだろう。「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは禍々しくも力強いシャウトとともに、夜のネオサイタマへとダイヴした。 73
2014-02-21 17:35:54オキナワめいた樹木がそこかしこに植えられトロピカル感を漂わせる、地上二百メートルの広い屋内プール。高い天井にはキョート製の小さな人工太陽がいくつも備わり、強烈な日差しとサロンめいた紫外線を照射する。 75
2014-02-21 17:43:07コストは高いが、この高層ホテルは堅牢なセキュリティが自慢の秘密会員制である。プールサイドの椅子には、サングラスと水着でくつろぐ女が二人。ナンシー・リーとユンコ・スズキだ。 76
2014-02-21 17:45:13「実際ハイプライスだけど…ま、有名税って奴よね。たまにはいいでしょ、こんな贅沢も」ヤバイ級女ハッカーは、パイナップルが刺さったカクテル酒「オキナワ・アオイ」を飲んでから、気持ち良さそうに背伸びした。水着はストイックな色気を放つ黒。その眩しい胸は豊満だ。「お肌の調子はどう?」 77
2014-02-21 23:03:42「悪くない、悪くない」ユンコは新品同然になった腕や脚のオモチシリコン、そして指先などを見ながらスシを補給した。水着は蛍光チューブが入ったサイバーフェティッシュ調。「前、プール嫌いって言ったけど、スクールのやつね。水泳の、飛び込みが嫌い」「アーハン」「こういうのは、割と好き」 78
2014-02-21 23:09:47今回の休暇は、ナンシーからのせめてもの罪滅ぼしでもあった。先のミッションにて、意図せずしてユンコを深く傷つけてしまった大元の原因は、休暇と対話が不足していたからだとナンシーは考えた。闇サイバネ業者を代わる代わる呼び、ボディの全身整備を行うため、ロイヤルスイートを借り切った。 79
2014-02-21 23:22:12「ハードだったわね」「そうね、ハードだった。たぶん私、働きすぎると死んじゃうと思う」ユンコは上等なトロ・スシを食べながら言った。「今の冗談ね。休んだらちゃんと働こうと思ってる」「アイ、アイ」ナンシーはプールを眺め、その穏やかな青と赤いトリイ型浮き輪のコントラストを楽しんだ。 80
2014-02-21 23:32:43ウチコワシがこの光景を見れば、泡を吹いて怒り狂うだろう。だが身を守り、効果的にコンディションを整えるためならば、ナンシーは一切の躊躇なくこうした休暇を取る(そして仮想懲役が増える)。「ナンシー=サンって、男の人みたいだなと思ってたけど、そうでもなかった」「どういう意味で?」 81
2014-02-21 23:40:34「つまり……ええと、働くことに対して?」「働き過ぎってこと?」ナンシーが察して笑った。「毎日好きな仕事で死ぬほど働いて、全然帰って来なかった。これ、父さんの事ね。で、たまに話しても、頭が良すぎるから、UNIXと話してるみたいで、言ってること、ワケがわかんない」「アーハン」 82
2014-02-21 23:49:04「働き過ぎが悪いって事じゃなくて、ええと、つまり……ちょっと待って、伝えたい事がズレてきたから」ユンコはトロ・スシを口に運んで補給した。「ま、ゆっくりでいいわよ」ナンシーが手を挙げ、「あります」と書かれたノボリの横に立つセクシーなサイバーボーイを呼んで、カクテルを注文した。 83
2014-02-21 23:59:49あの日……「ほとんど違法行為」後も、モーターユンコは3曲パフォーマンスを続け、整備を終えて高速垂直リフト射出された豊満機体にあとを託した。ステージ袖で、ツキヨシ主任らは彼女を拍手とオジギで出迎え、「ありがとう、ありがとう」と何度も礼を言い、その場で即座に応急整備を行った。 84
2014-02-22 00:08:39あの後も若干のアクシデントや死傷者は出たが、ライブは続行され、ネコネコカワイイ・チームは維持された。ナンシーとユンコは、どのように雲隠れするかIRCで算段を立てていたが、その必要は無かった。主任たちはライブが終了し面倒な事態になる前に、彼女らを裏口へと案内してくれたのだ。 85
2014-02-22 00:17:20それはユンコを護るためでもあったのだろう。制御室には向かわず、娘と父ほども年齢の離れた技術者数名が裏口で一列に並び、伝統的サラリマン姿勢でオジギし、彼女らを見送った。サイバーゴスとして社会からナメられ続けてきたユンコにとって、それは衝撃的であり、どこか居心地が悪くもあった。 86
2014-02-22 00:28:12ユンコは直感的に、技術者たちが敬意を示しているのは、彼女だけでなく、彼女を造った父や先達たちでもあることを悟った。本当に行ってもいいのか?ユンコは改めて問うた。大仕事を終えた技術者たちは奥ゆかしく、また誇らし気に、自分たちは既に多くのものをモーターユンコから貰ったと告げた。 87
2014-02-22 00:37:53そして勿論、別れ際には、いつか整備などに困る事があれば、いつでもコンタクトを取ってほしいと彼らは言った。いずれ彼らを頼る事になるかも知れない。だがまだその時ではなかった。ユンコはモノバイク、ナンシーはロードキルに跨がり、走り去った。信頼に足る得難いコネだとナンシーは言った。 88
2014-02-22 00:50:50ハイウェイを並走しながら、ユンコは不意に、ローカルコトダマ空間めいた場所に迷い込んだことと、データ重箱を受け取った事を思い出した。アジトに戻ったナンシーは、それがネコチャンの記憶バックアップデータであることを解析した。サイオー・ホース。期せずしてユンコはそれを入手していた。 89
2014-02-22 00:58:52ナンシーはそれを、ネコネコカワイイのAIに備わった自動的な定期バックアップ・プロトコルによるものと推測した。また、ネコネコカワイイが自我やローカルコトダマ空間を持つ事にも彼女は懐疑的だった。何度か直結して試したが、ユンコはまだコトダマ空間認識能力を得てはいなかったからだ。 90
2014-02-22 01:11:36ナンシーは決定的なセッタイ映像データを抽出することに成功したが、骨抜きドロイド人権法案をカウンターするためにそのデータを用いることを躊躇した。どこか、今回の一件全体に関して、腑に落ちぬ、気味の悪さがあったからだ。例えば、謎の内部告発者についても、正体は掴めぬままだった。 91
2014-02-22 01:19:42