加賀さん観察日記 Part9

キタユキ @k_t_y_k

再会した加賀は正気を失ってしまったけど、提督のことは覚えていたらしい。ケッコンーー当時はケッコンカッコカリと呼ばれ、不安定な要素がいくつかあったらしいーーできるほどには絆があったからだろうと提督はいう。最も、覚えていたのは彼女の血と肉の味らしいけども。 #加賀さん観察日記

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「あいつが私を食べる時だけ、何か一瞬昔の顔するような気がするんよね。だから何か治す手がかりにならんかと思って、食べさせてる。飢えた虎を哀れんで身を投げた坊さんの話って知ってる？あんな感じ。まあそんないいもんでもないけど」僕は、何も言い返せなかった。 #加賀さん観察日記

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僕にあの光景を見せたのは、自分の横にいる人型のモノが、決してヒトではないということを知って欲しかったからだそうだ。どれだけ心を通わせても、肌を重ねても、目の前にいるのはヒトの形をした別の生き物で、ヒト同士とは違う方法で関係を結ばなければならないということを。 #加賀さん観察日記

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ところで、僕はケッコンカッコカリの内容をよくわかっていない。人間が人間同士で婚姻を結ぶように、艦娘に名字と名前を与えて(例えば「初雪」なんて犬をイヌと呼ぶようなものだ)人間社会に「道具」ではなく「ヒト」として迎える擬似人権付与とはまた別なのだろうか。 #加賀さん観察日記

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「カッコカリは儀式ですよ」提督と話しているところに、鳥海が来た。抱えたバインダーを提督に見せ、彼女からサインを貰っている。入渠報告書らしい。「人間と艦娘の意識をリンクさせ、互いの潜在能力を引き出す…でしたよね、提督？」彼女は黙って頷く。 #加賀さん観察日記

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「ようはまあ、私の意識というか、記憶が加賀の中に行って、私の中には加賀からの記憶が来てるってわけよ。加賀の記憶っつっても、あいつ自身つうかなんか素体の記憶はおぼろげだけど。空母『加賀』のは映画みたいに入ってくるけどな」この共有が能力を引き出すトリガーのようだ。 #加賀さん観察日記

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提督はその後榛名と大井に声をかけ、僕より先に鎮守府の建物に戻って行った。大井は治療が終わったところで、僕をちらと見てからフンと鼻を鳴らしてすぐに奥の部屋へ歩き去って行ったけど、榛名は脚の艤装を付け替えられている最中で、僕はその様子をただ見ていた。 #加賀さん観察日記

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無機質なクレーンアームに釣られる榛名は、大きなソファに腰掛けているみたいに全身がゆったり滑らかな流れを作っていて、榛名自身はうとうととしている。こんな絵画があったなと思うけど、脚の艤装を接続するところは小さなドライバーやプラグやらが忙しなくうぞうぞ蠢いている。 #加賀さん観察日記

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目を殆ど伏せて、ゆったり息をする榛名に僕は見惚れていた。水陸混合演習で、地上と海上も関係なしに軽やかに走る榛名を見てから、そして提督に彼女の身の上話を聞いてから、僕は榛名のことがどことなく気になっていた。人間の身勝手にどこまでも翻弄された、一人の戦艦の存在が。 #加賀さん観察日記

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できれば声をかけたかった。でも僕は榛名を知っていても、榛名は僕を知らない。研修にきてる人間としか知らないだろう。休息している彼女に下手に声をかけて変な奴とは思われたくなかった。目を伏せ、胸を緩やかに上下させる榛名をしばらく眺めた後、僕はその場を立ち去った。 #加賀さん観察日記

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自室に戻ろうとすると、初雪と出くわした。初雪も丁度部屋に戻るところだったらしい。昨日演習が終わってから、一緒に艦隊を組んでいた艦娘達に部屋に誘われたのだという。初雪はこれまで他の艦娘の友達がいなくて、僕と家族ぐらいしか話したことがなかっただろうからいい機会だ。 #加賀さん観察日記

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初雪は僕を見るなりとことこ駆け寄ってきて、腰にしがみついた。楽しかった？と聞くとお腹に顔を埋めて頷く。でも本当は寂しかったんだろう。初雪は人見知りしやすい。頭を撫でてやると、服の裾をぎゅうと握られる。部屋に戻ろうな、と声をかけて、やっと離してくれた。 #加賀さん観察日記

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手を繋いで部屋の前に行くと、見慣れない大きな影が扉を塞いでいた。「ようやくお戻りかい、朝帰りとは、まあマセた餓鬼よ」褐色の巨体、特徴的な白髪。提督と同じ真っ赤な目。「この武蔵を待たせるとはいい根性をしている…まあ、私が勝手に待っていただけだがな」 #加賀さん観察日記

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武蔵は扉から背を起こし、僕を見下ろす。大和型は最小でも2mを優に越す超大型艦だ。武蔵が体を前に倒さなければ、僕の目線は丁度彼女の胸の部分にくる。倒しても露出の高い装甲だから目のやり場に困るのだけど。武蔵はそれをわかってると言いたげに、腕を組んで胸を強調する。 #加賀さん観察日記

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「精の匂いがするな。あの朴念仁か？それとも別の雌か？」武蔵は僕に顔を近づけ、スンと鼻を鳴らす。初雪は僕の後ろに隠れ、武蔵と僕を交互に見てからフーと小さく唸る。「ああ、貴様のか。すまんな」武蔵は不敵に笑い、屈んで初雪の頭をぐりぐり撫でた。初雪はまだ唸ってる。 #加賀さん観察日記

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武蔵は何か勘違いしているようだけど、僕はここの誰かとセックスなんかしていない。誰かのセックスは見てたし、それで自慰してしまったけど…提督と加賀のことは言わずに否定をすると、武蔵はほう、と呟く。「やはり女しかおらんのは目に毒か？遠慮せんでいいぞ。溜めん方がいい」 #加賀さん観察日記

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武蔵は僕を見てニヤニヤと顎に手を当てている。確かに僕は男で、武蔵や他の艦娘達は女だけど、こういう言われ方はあんまり気分がよくない。僕だって好きでペニスがあるわけでないし、女の人に囲まれてるからっていつも股間が膨らみそうになるわけでもない。 それに、初対面だ。#加賀さん観察日記

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そもそも武蔵は何の目的があって僕の部屋の前にいるんだろう。提督に部屋でも見張るように言われたんだろうか。それとも物珍しさから僕をからかいにきたんだろうか。後者ならとても意地悪な奴だ。僕は思い切って彼女に対する不満と不審を顔に出してみた。武蔵はまだニヤついてる。 #加賀さん観察日記

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「そう渋い顔をするな。からかったのはすまない。ここで待っていたのは貴様と少し話がしたくてな…どうだ？今から食堂で一杯」くいと盃を煽る手振り。めいいっぱい吐いた後だから胃の中は不自然に空洞だけど、僕はこの戦艦と今は親睦を深める気にはなれない。 #加賀さん観察日記

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「連れない奴だな…なら、一つだけ聞かせてもらえんだろうか」武蔵は僕の方に一歩、歩み寄る。早く部屋に入って休みたいのだけど、武蔵はまだ僕を解放してくれそうにない。「貴様、ゲームは好きか？」別に。僕の反応を待ってたと言いたげに、眼鏡の下の緋の双眸が微笑む。 #加賀さん観察日記

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「そうかそうか…」武蔵は一人で納得している。何が言いたいんだ。「よし童(わっぱ)よ、賭けをしよう。何、時間は取らせんよ。数分後に、貴様の部屋を尋ねてくる艦娘がいる。そいつが龍驤かどうかを当てるだけだ。どうだ、やらんか」先程の僕の答えはまるっきり無視の提案だ。 #加賀さん観察日記

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「私が勝てば貴様には晩酌に付き合って貰う。貴様が勝てば、金輪際私は貴様に話しかけない。どうだ」自分だけ楽しそうにニヤつきながら迫ってくる武蔵が鬱陶しくて、僕は渋々頷いてしまった。でもこの先顔を見なくていいなら悪い話ではない。「ありがたい。貴様から選んでいいぞ」 #加賀さん観察日記

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「では、龍驤が来た後に30分以内に私の部屋に連絡してくれ。私からかけられたくなかったらな。幸運を祈る」武蔵は肩越しに振り返って、僕に手を振った。振り返す気にはなれなかったので、武蔵を見ることもなく部屋の扉を開けて、ベッドに倒れこんだ。なんなんだあいつ。 #加賀さん観察日記

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初雪も僕の横に倒れこんで、お揃いの姿勢になる。「…くるのかな…」僕は龍驤が「来ない」方に賭けた。変な賭けだ。まるであいつが最初から自分の勝ちをわかってるみたいな言い方だったし、そもそも賭ける対象がまるで未来予知だ。どうせ戯言だろう。僕は伸びをして、目を閉じた。 #加賀さん観察日記

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