(これからSSを投下します。TLに長文が投下されますので、気になる方はリムーブ・ミュートなどお気軽にどうぞ。感想・実況などは #ryudo_ss をお使いいただけると大変ありがたいです。忙しい方はまとめ版をどうぞ。それでは暫くの間、お付き合い下さい)
2014-05-03 20:35:07鋭い切っ先が、電灯の光を受けて無機質に輝いていた。「ふむ、悪くないな」ナイフをかざして見つめるのは、褐色肌の女性。服らしい服を着ておらず、ただ要所にサラシを巻きつけただけの大胆な服装の彼女は、椅子に座ってナイフを何度も睨め回す。口元には微かな笑みが浮かんでいた。 1
2014-05-03 20:36:14「武器ですから。毎日点検は欠かしません」向かいに座るのは、薄紫色の髪を頭の後ろで束ねた少女だ。その表情は、褐色肌の女性が握るナイフよりもなお鋭く、冷たい。横須賀第33区の主力艦娘、武蔵と不知火はこの日、一本のナイフを肴にして夜話に花を咲かせていた。 2
2014-05-03 20:39:49「試製兵装第八六号、陸奥鉄を使用したナイフか」武蔵の持つナイフは、ただのナイフではない。かつて、謎の爆発事故を起こし沈没した戦艦『陸奥』。その船体から削りだした霊的戦闘ナイフだ。艤装のように魔力を通すことで、この刃渡り20cmほどのナイフに、戦艦の主砲並みの威力が憑依する。 3
2014-05-03 20:43:14「提督からいただいた物ですが、良い装備です。他に誰も使おうとしないのが不思議ですが」「当然だ。長門型の艤装よりも高価なのだぞ?それに、海戦の主流はやはり砲撃戦だからな。薄い装甲で白兵に持ち込む度胸があるのは、お前や天龍ぐらいのものだよ」 4
2014-05-03 20:46:56「提督は不知火にそうした素質があることを見抜いたから、これを下さったのでしょうか?」「いや……それは違うと思うぞ」武蔵が苦笑する。「何がおかしいのですか」「お前、提督のことはどう思っているのだ?」「不知火の上官です。それが何か?」「向こうはそう思っていないかもしれないぞ?」 5
2014-05-03 20:51:27「それは個人的な好意を抱いているかもしれない、ということですか?」「そうだ」武蔵は少し驚いていた。普段あれだけ仲が良さそうなのに、不知火は提督に何の感情も抱いていないのだろうか。その疑問に、彼女は答える。「不知火は軍人です。提督との間に感情を差し挟む余地はありません」 6
2014-05-03 20:54:44「しかしな」「不知火を人間として認めてくれるのは、一人で十分です」「……ほう?想い人がいるとでもいうのか?それは一体」「アイエエエ!?」突如として、叫び声が響きわたった。聞き間違えるはずがない、提督の声だ。「港湾棲姫に捕まったのでしょうか」不知火がポツリと呟く。 7
2014-05-03 20:58:19だが、叫び声に続いて銃声が響き渡った瞬間、不知火が弾かれたように立ち上がった。何も言わずに彼女は武蔵の手からナイフをひったくり、部屋を飛び出す。「それで惚れてないと言い張るのか……」やれやれ、といった風情で武蔵は呟くが、彼女もまた非常事態の気配を嗅ぎとっていた。 8
2014-05-03 21:02:04提督が悲鳴を上げるのは、もはや日常茶飯事だ。不知火に指を折られたり、港湾棲姫に抱き締められたり、瑞鶴にされたり、龍田に腕を切り落とされたり、悲鳴の素には事欠かない。だが、提督が銃を抜くということは、すなわち明確な敵が現れた時だ。そして提督の敵は大抵、銃が効かない。 9
2014-05-03 21:05:47少し考えてから、武蔵は部屋の壁に立てかけてあった細長い包みを手に取った。「預かり物だが……やむを得まい」艤装を付けに行く時間はない。今はこれだけが頼りだ。彼女も、不知火の後を追って自室を飛び出した。 10
2014-05-03 21:09:47時間は少し遡る。ポートワイン模造鎮守府の執務室で、提督は報告書を書いていた。ピーコック島攻略の詳細報告や、復活した戦艦棲姫についてのレポート、港湾棲姫が住むために作ったこの模造鎮守府を前線基地として使う意見書など、書くものは山のようにある。 11
2014-05-03 21:24:31夜は深い。おまけに南方特有のスコールが、鎮守府の窓を叩いていた。パラパラ、パラパラパラ。港湾棲姫の幸せそうな寝息も、打ち付ける雨粒の音で聞こえない。こうなるともう、集中力はかき乱されっぱなしだ。「むあー……」キーボードから手を放し、提督は背筋を伸ばす。 12
2014-05-03 21:24:38パラパラ、コンコン。雨粒の音をバックに、提督はコーヒーを口につけた。すっかり冷えている。艦娘たちもとっくに寝静まった時間だ。パラパラ、コンコン。ふと、気づく。窓を叩く雨音に規則正しいリズムがある。不思議に思って、後ろの窓を振り返った。 13
2014-05-03 21:24:53「ひっ」マグカップが手から滑り落ち、コーヒーが軍服を濡らす。それは、ゴスロリドレスを羽織った少女だった。ドレスが夜闇のように黒かったので、一瞬、彼女の青白い笑顔しか見えなかったのだ。笑顔の瞳の内側で煌々と灯された血の色の炎が、提督の心を照らしている。 15
2014-05-03 21:30:48離島棲姫。提督はすぐに少女の名前を思い出す。だが、なぜここに。徹底的な砲撃で更地になったピーコック島と共に、彼女は粉微塵になって消し飛んだのでは。提督に考える時間は無い。姫は腕を振り上げると、一撃で執務室の窓を叩き割った。ガシャン、と窓ガラスが割れる。 16
2014-05-03 21:34:29「アイエエエ!?」ガラスが砕ける音で提督は慌てて窓から離れた。ぬるり、と艶めかしい動きで離島棲姫が部屋の中に入り込む。陶磁のように白い頬を雨粒が伝って、涙のように流れ落ちた。しかし離島棲姫の顔には、涙の似合わぬ人外の笑みが張り付いている。 17
2014-05-03 21:38:32半分腰砕けになりながら、提督は腰の銃を抜き放った。鋭い銃声が数発響く。だが離島棲姫に効いた様子は見られない。更に、頼みの綱の港湾棲姫が起きた様子もない。となればやることは一つ。廊下に飛び出し、全力で逃げるだけだ。 18
2014-05-03 21:43:14離島棲姫が立ち上がる前に、提督は廊下まで逃げることができた。とにかく人のいる方へ、乗艦『蔵王』に向かって走る。その横を、突如ジゴクめいた旋風が駆け抜けた!「うえっ!?」追い抜いた人影を見て、提督はたたらを踏む。離島棲姫が匍匐前進で提督を追い抜いたのだ! 19
2014-05-03 21:47:01なんたる高速匍匐前進か!ドレス生地が床を擦るのも意に介さず、離島棲姫は地に這いつくばった姿勢のまま提督に向け突進!「おわぁっ!」咄嗟に提督が飛び退くと、体当たりで真後ろの壁が粉砕された!「アイエエエ!?ナンデ!?深海棲艦ナンデ!?」向こうの部屋で蒼龍がしめやかに失禁! 20
2014-05-03 21:51:11「提督!」騒ぎを聞きつけ、不知火が駆けつけてきた。「助けてくれ、不知火!敵だ!」その一言だけで全てを理解した不知火が、煙立つ壁の穴に向けてナイフを構える。そこから、猛獣のように四つん這いになって離島棲姫が飛び出してきた! 21
2014-05-03 21:55:38匍匐前進で迫る相手に、ナイフは不利!このスピードでは背中にナイフを突き立てる前に足を掬われる。瞬時に状況判断した不知火は、離島棲姫の顔面に、無慈悲なローキックを放つ!スパァン!景気のいい音が廊下に響く。「くうっ!」だが、苦悶の声を上げたのは不知火だ。 22
2014-05-03 21:59:24