「人は死んだら電柱になる」アンソロジーのボツネタ1(@stdaux)
ここ秋葉原には鴉が多い。もとは青果市場で、野菜の切れはしをついばむ小鳥たちの楽園だったのだという。やがて市場は移転し、メイドや猫耳の闊歩する不思議な街となったが、今度は観光客の落とす食べこぼしや生ゴミを糧に、鴉の王国が築かれた。#電柱
2014-05-29 20:27:06昔読んだ本に、鴉にはビル街が岩山に見えているのだと書いてあったのを思い出す。鴉は本を書かないから、著者は鴉ではないだろう。なのになぜ鴉の見え方がわかるのだろうか。#電柱
2014-05-29 20:30:03俺の貧弱な想像力を巡らせるに、世の中には鴉学なる学問があり、鴉学者なる人種がいるのだろう。日夜鴉と戯れたりしているうちに、だんだん鴉に感化されていく。しまいに人間の思考を忘れて、鴉の眼で世界を観るようになるというわけだ。ちょうど、俺の思考が死者に近づいていくのと同じように。#電柱
2014-05-29 20:32:25死者は鴉にとってどう見えているのだろうか。 そんなことを思いながら、鳥よけのホイッスルをくわえ、強めに吹く。鴉はちょっとこちらを見て、鴉学者ならぬ俺にもよくわかるように、親切にも日本語で「阿呆」と罵声を投げつけてから、飛び去っていった。#電柱
2014-05-29 20:33:41硬化処理を施しているとはいえ、死者の表皮はそれほど強固ではない。鳥の爪で掴まれれば傷もつく。上で粗相でもされれば、排泄物の酸によって死化粧が溶解することもある。いくら多重化されていても、霊素の流れは繊細だ。一体の死者が破損することで、街全体の霊流が途切れかねない。#電柱
2014-05-29 20:37:49そんなことにならないよう、鴉から死者を守るのも俺の仕事だ。 霊素通信技師。名刺にはそう書いてあるが、単に墓守と呼ばれることも多い。#電柱
2014-05-29 20:39:03かつて、人が死ぬと穴に横たえられ、「安らかに眠れ」と祈られて埋められたのだそうだ。贅沢な時代だった。いまどき、死者には安らかに眠っている暇などない。死者は死後も死ぬほど忙しい。#電柱
2014-05-29 20:40:46むろん大半は思春期にありがちな妄想でしかなかったが、中にはどうも妄想として片付けられない例がある。学者たちが本腰を入れて研究してみたところ、霊素の存在が明らかになった、のだそうだ。#電柱
2014-05-29 20:43:06俺も教科書で読んだ知識しかないが、発端は雑誌の投稿欄だったのだという。20世紀も終わりに近づいた頃、「前世」の記憶をオカルト雑誌に投稿する少年少女がいた。#電柱
2014-05-29 20:42:08人が死ぬと霊素が抜け出し、肉体から21グラムの質量が失われる。やがて散逸して、いわゆる集合的無意識に還る。世界の裏側を薄く覆っている霊素の膜だ。再び人に宿る時まで、霊素は世界を漂い続ける。まれに生前の人格の一部を保存したまま受精卵に吸い込まれて、前世少女を生み出したりする。#電柱
2014-05-29 20:45:46圧縮空気を発明すると気送管を作り出し、電波を発明すると無線通信を試みる。人にはどうも、新しいものを見出すと通信に使いたくなる本能をもつものらしい。霊素もまた、その例外とはならなかった。#電柱
2014-05-29 20:47:08集合的無意識に振動を加えてやると、瞬く間にぷるぷると全世界に振動が伝わる。光速の上限にも縛られない。シンクロニティというやつだ。問題はどうやってその振動を入出力するかだが、これは死者が解決してくれた。#電柱
2014-05-29 20:48:00死後間もない、霊素が抜けかけた状態の人間を死化粧で封じ込めると、集合的無意識と物理世界の仲立ちとして働いてくれることが発見されたわけだ。#電柱
2014-05-29 20:49:54ボツネタ1はここまで。プロットによると、死後まもない少女の霊が通信路に混線してきて、死者の顔を通じて「俺」と取りとめのない雑談をする予定だった。
2014-05-29 20:55:51