「レイジ・アゲンスト・トーフ」 エピソード4 「ウシミツ・アワー・ライオット」
第1巻「ネオサイタマ炎上」より 「レイジ・アゲンスト・トーフ」 エピソード4「ウシミツ・アワー・ライオット」
2010-10-30 20:10:02シガキ・サイゼンと二人のコケシ工場労働者は、サカイエサン・トーフ社襲撃を呼びかけるオリガミ・メールの地図に従って、ネオサイタマ西部の雑然とした繁華街を歩く。紫や緑のけばけばしいライトが夜闇を切り裂き、中でもひときわ明るい青いライトが、オイランハウスの並ぶ通りを煌々と照らしていた。
2010-10-30 20:16:28またネオサイタマのどこかで銃撃戦による交通規制が起こったらしく、そこかしこでタクシー運転手の罵声が飛び交っている。重金属酸性雨は束の間止み、天頂にはドクロのごとき満月が昇っていた。そのドクロの口は、あたかもシガキたちに向けて「ナムサン」と唱えているようにも見える。
2010-10-30 20:26:44「トーフ工場襲撃とは、物騒な世の中になったものだ」とシガキが他人事のように呟いた。「何がおかしいものですか」とコケシ労働者「権力に対する抵抗なんてチャメシ・インシデントですよ。ストリートギャングは毎日のようにマッポと銃撃戦をくり広げて、交通渋滞を引き起こしているじゃないですか」
2010-10-30 20:34:22まるでオノボリのように諭されたことに対して、シガキはいささか不満を覚えながら、こう返した「待て待て、不思議なのはサカイエサン・トーフ社が標的ということだ。確かに業界最大手ではあるが……あの1個10円の激安四連トーフ“カルテット”のお陰で、どれだけの貧民が食いつないでいることか」。
2010-10-30 22:11:51「まあ、それはそうですが」と、ほろ酔い顔のコケシ労働者たち「今回の襲撃は何でも奪い放題らしいですから、いいじゃないですか」。 これを聞いたシガキの中に強い嫌悪感がこみ上げ、行動にこそ出さなかったものの、この無思考な連中を侮蔑した。俺もお前たちもカルテットを喰っているだろうに、と。
2010-10-30 22:19:23このように、シガキの中ではまだ葛藤が続いていた。本当にかつての勤め先、サカイエサン・トーフ工場襲撃に加わるべきどうか、彼は決めかねている。そもそも、そんな事が本当に起こるのかを確かめに来た、という気持ちが強い。そうこう思案しているうちに、コケシ労働者が「あそこですかね」と言った。
2010-10-30 22:23:03そこには地下駐車場に通じる旧式のイナリ型エレベーターがあり、手前には黒服の二人組が立っていた。背丈は同じ、体格も同じ、聖徳太子のような髭も、サングラスの傾き具合も、ポニーテールの長さも、すべてが奇妙なほど同じ。まるで双子だ。彼らは「トーフ関連」と書かれた立て札を持っている。
2010-10-30 22:27:48「あれ? あの人ですよ。ネオ・カブキチョでこのメールとティッシュを配っていたのは」とコケシの一人が言う「双子だったんですかね?」。 一行は、紫色のオリガミ・メールをかざしながら近づく。シガキたちは気付いていなかったが、紫色の面には小さく、交差する二本のカタナのマークが入っていた。
2010-10-30 22:32:06黒服たちは地面に痰を吐いた後、品定めをするように三人の労働者たちを観察する。それからエレベーターのボタンを押し、シガキらに下へ行くよう無言で促した。錆付いたドアが開き、「限界です」という間違った電子音声が鳴る。鋭いシガキは直感的に思う、「何かおかしいな」と。だがもう遅かった。
2010-10-30 22:37:59「わくわくしますね」「バリキドリンクも支給ですからね」とコケシたち。電脳オイランハウスや違法麻薬シャカリキ・タブレットの広告ビラがくまなく貼られたエレベーターは、紫色の電灯を頼りなく明滅させながら、閉鎖された地下三階の駐車場へと到着した。「限界です」と電子音声が鳴って、扉が開く。
2010-10-30 22:43:09薄暗いマグロ色の照明と湿った悪臭が、三人組を迎える。地下駐車場には既に数百もの人間が集結し、ごったがえしていた。奥を見やれば、二十台近くもの黒塗りトレーラーが、坂になった出口付近で縦列待機している。予想外の大規模さに驚き、シガキたちはエレベーターの中でしばし立ち尽くした。
2010-10-30 22:50:11「ザッケンナコラー!」三人に対して突然、背筋も凍るような恐ろしいヤクザ・スラングが浴びせられる。地上にいた立札持ちと瓜二つの男が、危険なサスマタをちらつかせながら、素早く列に並ぶよう身振りで促してきたのだ。 「アイエエエ…」コケシたちは震え上がり、そそくさと目の前の長い列に並ぶ。
2010-10-30 23:14:26捨て鉢なシガキは動じず、大股で歩きながら駐車場全体を見渡した。暗い地下駐車場の至るところに、まったく同じ顔つきの黒服たちがいた。彼らは皆凶悪な武器を持っており、キナ臭いどころの話ではない。シガキが列の最後尾に並ぶ頃、背後でエレベーターが到着し、新たな参加者たちが吐き出されてきた。
2010-10-30 23:19:04実は、ポニーテールに隠された黒服たちの首元には、「Y-11/SK」から始まる製造番号とバーコードが刻印されている。彼らはヨロシサン製薬によって作られた、Y-11型バイオヤクザなのだ。無垢にして無教養なるネイサイタマ市民は、クローン技術が既に実用化されていることを知らないのである。
2010-10-31 00:15:39支給が始まった。クローンヤクザの一人が配給役になり、1人に3本、良く冷えたバリキドリンクを手渡す。その横では、別のクローンヤクザがメモ帳に同じ漢字を繰り返し記入しながら、参加者の人数を計測していた。参加者たちはバリキドリンクの山に目が釘付けになり、そこにしか注意を払っていない。
2010-10-31 00:28:04だがバリキ中毒者ではないシガキは、冷静にこの地下駐車場内で起こっていることを観察していた。どうやらここに集められているのは、肉体労働者、マケグミ・サラリマン、無軌道学生、ヒョットコ、パンクス、リアルヤクザ、ユーレイ・ゴスなど、実に様々な人種のようだ。
2010-10-31 00:30:38シガキたちの前には、パンチパーマが特徴的な4人のブディズム・パンクスたちが列に並び、互いの胸を押し合いながらスカム禅問答に興じている。一方でシガキたちの後ろには、ブラックメタルバンド「カナガワ」のブッダ解剖Tシャツを着た8人のアンチブディストたちが並んだ。まさに一触即発の状態だ。
2010-10-31 00:31:56列の外では、「やっぱり帰りたい」と言い出した気弱そうなモヒカン学生がクローンヤクザ2人に両脇を抱えられて暗がりに連れて行かれ、直後にくぐもった悲鳴と打擲音が聞こえてくる。エレベーターが到着し、モヒカン学生の断末魔を代弁しているかのように、「限界です」と間違った電子音声が鳴った。
2010-10-31 00:34:35バリキを受け取った参加者たちは、中央に設営された集会場のような場所へと誘導され、ブラックジャック棒をしごく黒服たちに規律正しい整列を促された。ブディズム・パンクスとアンチブディストたちは、案の定流血沙汰の喧嘩を始め、サスマタを持ったクローンヤクザたちの手で引き離されているようだ。
2010-10-31 00:46:25コケシたちは早速、胸元に忍ばせた真鍮フラスコに中身を注ぎ、中に少しだけ残っていたバンザイ・テキーラと混ぜ合わせて呷った。ヨロシサン製薬の主力製品バリキドリンクは、一般流通こそしているものの、僅かに麻薬的有効成分が含まれており、用法用量を守らず摂取すると非常にハイな気分になれる。
2010-10-31 00:52:22「オットットット! たまりません! シガキ=サンも一杯やりませんか?」「あなたはどこの工場で働いてるんです? 私たちはコタツの本体に脚用コケシを四本ねじこむ、くだらない仕事をやっています」 シガキはコケシたちを無視しながらドリンクを適量飲み、この異様な場所から逃げ出す隙を窺った。
2010-10-31 00:57:52不意に、紫色のトレーラーが集会場に横付けされた。派手なスモークを伴って荷台が側面から開き、畳敷きの特設ステージが出現する。ドンコドンコドンコドンドン。勇ましい出陣太鼓の音が聞こえてきた。ステージの両脇に大太鼓があり、レザーボンテージに身を包んだスモトリたちがこれを叩き始めたのだ。
2010-10-31 01:20:33参加者たちが呆気に取られていると、ステージ上のボンボリに火が灯り、車椅子の男が浮かび上がった。男の表情はサイバーサングラスで隠されているが、黒服たちのようなヒゲはない。頭にはフードか頭巾を被っているようだ。背後の壁には「怒り」「激しい」「怒り」と書かれたショドーが3枚貼ってある。
2010-10-31 01:39:51「ドーモ」車椅子の男は、最新式ワウノイズエフェクトが乗ったサイバー拡声器を持って、礼儀正しくアイサツした。「初めまして、私の名前はビホルダーです。今回皆さんに集まっていただいたのは、あの憎い憎いサカイエサン・トーフ社に復讐を果たすためです。私の哀れな身の上をお話しさせてください」
2010-10-31 19:46:11