【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】

宗教学者 島薗進氏のツイートをまとめました。 広河隆一氏の報告を紹介しています。
原発 震災 広河隆一
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島薗進 @Shimazono
1【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】DAYS JAPAN6月号「今回会った最も重要な人物が、ベラルーシのイワン・ケニク氏である。チェルノブイリ事故当時、彼は49歳で副首相だった。その後チェルノブイリ国家委員会の議長に任命され」fujisan.co.jp/product/128168…

DAYS JAPAN(デイズ ジャパン) 2014年06月20日発売号
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島薗進 @Shimazono
2【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】DAYS JAPAN6月号「やがて緊急事態省大臣になり、ベラルーシの最も困難な時期を指導することにもなった。いわゆるチェルノブイリ法の施行、そして保養施設の建設にも責任者としてあたることになったのである」日本が逃げてる事を担った人物だ
島薗進 @Shimazono
3【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】DAYS JAPAN6月号「直面した一番難しい問題は何でしたか?」とケニク氏に私は尋ねた。「私たちが出す情報に対して、住民の信頼を得ることでした。それが一番難しかった。ソ連政府が国民から真実を隠していたことが大きな原因です。」
島薗進 @Shimazono
4【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】DAYS JAPAN「でもこれはソ連という国家の特徴ではなく、原発や原子力潜水艦の事故でも同じですが、原子力に関係ある問題すべてに対して、ほとんどの国は、事故が起きたときに、まず隠すという性質を持っています。そのため住民たちをかえって
島薗進 @Shimazono
5【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】DAYS JAPAN6月号「疑わせ、心配させてしまうのです」「あなたは住民に正しい情報を伝えるように努力されたのですか?」と私は聞いた。「一度も嘘をついたことはありません。これは非常に難しいことでした。でも一番大切なのは人々の信頼です
島薗進 @Shimazono
6【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】DAYS JAPAN「IAEA(国際原子力機構)に対しては、どう思われていましたか?」という問いに対して、彼は次のように言う。「日本からもIAEAによる国際諮問委員会の代表として、広島の放射線影響研究所の理事長だった重松逸三氏はじめ」
島薗進 @Shimazono
7【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】DAYS JAPAN6月号「多くの医学者たちが来ました。彼らは小児甲状腺がんと放射能の関係はないと言いました。病気の多発というのもないと主張し続けていたわけです。それに対して私は、これは放射能のせいで起こっているのだと主張しました」
島薗進 @Shimazono
8【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】DAYS JAPAN6月号「私は医学者でないけれど、そう主張したのです。しかし彼らは考えを変えることはありませんでした」ベラルーシのケニク氏の言葉の続き。「私は日本に言ったことがあります。重松氏の放射線影響研究所も尋ねました。」
島薗進 @Shimazono
9【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】DAYS JAPAN6月「そしてチェルノブイリの資料を求めました。IAEAを尋ねたこともあります。しかし彼らは私がベラルーシから来ているのに、ベラルーシのチェルノブイリに関する資料さえ、見せるのを拒みました」日本は国際放射線ムラの拠点
島薗進 @Shimazono
10【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】『DAYS JAPAN』6月号。続いてケニク氏は、放射線量の基準についてIAEAと争ってきた経緯を述べている。「私たちは事故後に何度もIAEAた国際機関に対して、国際的な基準値を決める必要性を提案しましたが無視されました」
島薗進 @Shimazono
11【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】『DAYS JAPAN』6月号「その後、ICRP(国際放射線防護委員会)による勧告を踏まえて、ようやくIAEAは1996年に国際基準を改訂の上、提示しました。1年間に1ミリシーベルトを超える地域は避難の対照となると決めました」
島薗進 @Shimazono
12【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】「当時、私たちはこのような基準が厳しすぎるのではと西側から激しく非難されたのです」。「私(広河氏)は彼に『DAYS JAPAN』の2013年4月後の表紙(福島市汚染地図)を見せ、この場所にも子どもが住んでいるが、どう思うかと聞いた」
島薗進 @Shimazono
13【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】DAYS JAPAN6月号「「こんなところに子どもが住んでもかまわないと、なぜ考えることができるのか、信じられない」と彼は答えた」。ケニク氏は放射能に汚染されていない場所で、子どもたちを保養させることの必要性を特に熱心に説いた。
島薗進 @Shimazono
14【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】DAYS JAPAN6月号。ベラルーシでは、年2回の保養の必要を方針に掲げ、1回あたり24日間と定めていた(ケニク氏引退後、資金難で1回になった)。ケニク氏はこれを実行するための保養施設や人材育成に力を入れた経験がある。
島薗進 @Shimazono
15【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】「ケニク氏は福島事故後の日本政府の対応について、次のように語った「以前、政府の一員という立場にあった人間として発言します。あれだけの経済大国である日本が、こうした避難や保養などを実施しないということは、恥ずかしいことだと思います」
島薗進 @Shimazono
16【広河隆一氏「28年目のチェルノブイリ」①】「世界第3位の経済大国である日本が、住民、特に子どもたちの健康を助けられないなんて、言葉がありません。国家にとって必要なのはドルやユーロ、円ではなく、国民です。被災地の人を見捨てるようなことをしてはならないと思います」①完。

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