【例の提督が鎮守府に着任しました】#4

例の提督が着任しました。提督の影が薄いのは仕様です。
2
里村邦彦 @SaTMRa

南西諸島海域は、比較的戦争初期に人類優勢が確保された地でありながら、未だに有数の激戦区として知られている。多数の艦娘による確保が行われており、それを妨害阻止せんとする深海棲艦は、沖ノ島沖海域より無尽蔵と思えるほどに押し寄せる。それはここが、帝国本土の生命線であるからだ。

2014-06-08 22:27:54
里村邦彦 @SaTMRa

妖精技術による兵器とはいえ、維持運用のためには資源を必要とする。文明国が文明国として生きるためには無論のこと不可欠だ。石油、鉄鉱石、そのほか希少資源。機械文明を維持するため必要な全てを運ぶ大動脈。そしていままた南西諸島海域は、南方作戦を控え、トラック泊地の大策源地ともなっている。

2014-06-08 22:31:01
里村邦彦 @SaTMRa

すなわち南西諸島の確保は、トラック泊地に所属、あるいは駐留する提督たちの急務でもあった。ほぼ毎日送り出される艦娘たちの艦隊には、文字通り生命のかかった勝利が期待されている。大井が驚いたことには、この責務について、触手の提督にすら例外は認められていなかった。

2014-06-08 22:34:08
里村邦彦 @SaTMRa

「どうしても気になるネ」「ごめんなさい、金剛さん。気になるなら……」「置いていくなよ」大井の艤装に多数の手足(触手)を絡めて、提督が不機嫌そうな半眼になった。「軍務だろうが。すまないがね、金剛さん。上の許可は取っているんだ」「hmmm...」「それで、作戦に支障が?」赤城が言う。

2014-06-08 22:36:59
里村邦彦 @SaTMRa

正規空母赤城、高速戦艦金剛。もとの艤装性能はもちろん、高練度の娘が多数存在し、ほとんどの有力艦隊においては主力の一翼を務めているといってよい艦娘。押しも押されぬ戦場の花型だ。触手の提督には間違っても配属されまい。「まあ、作戦中だけですから、少し堪えてもらって」千歳が笑顔で応じた。

2014-06-08 22:40:31
里村邦彦 @SaTMRa

よく言う、と大井は思う。千歳はミーティング中に、少なく見積もっても一合は呑んでいたのだ。いったい正気でいられるものだろうか。「問題がないなら構いません。いいですか、金剛さん」「しょうがないネー……あんまりUpにならないでヨ?」「慣れればカワイイですよご主人さま」「理解できないネ」

2014-06-08 22:43:40
里村邦彦 @SaTMRa

「やれやれ。嫌われたもんだな」提督が嘆息し、帽子を抑えた。「それどころじゃないです」「まあなあ……せめて人間になりたい、ってか」大井は他の僚艦を伺う。皆、慣れた様子だった。「雨は、いつか止むさ」「そうあって欲しいがね。さて、手はずは覚えているか?」「もちろん」最上が海図を広げる。

2014-06-08 22:46:29
里村邦彦 @SaTMRa

「ボクらと、あっち、呉第六〇一艦隊は、オリョール海に出撃。で、交易船団よが来るより前に、その海域に入り込んでる、通商破壊艦隊を排除する、っと」「海賊狩りってわけだ。腕が鳴るぜ」「木曾さんは海賊のほうが似合うと思うですけどー」「荒っぽいのは好きだがな」「ktkr! カッコイイ!」

2014-06-08 22:51:03
里村邦彦 @SaTMRa

「大井。羅針盤は大丈夫か?」「ええ」妖精式羅針盤は、深海棲艦の発する特殊な磁場のなかで機能する、数少ない航法装置だ。これがなければ天測に頼るしかなく、敵艦隊の位置を補足することも覚束ない。大井は動作を確認する。「問題ありません。提督」「ならよし。南西諸島近海まで、クルージングだ」

2014-06-08 22:54:13
里村邦彦 @SaTMRa

爆轟と噴き上がる水柱。視界を閉ざされながらも、大井は必死で水面を踏みしめる。「いつになく激しいな」艤装に絡みついた提督の呑気な言葉に、怒鳴りつけようとするのをこらえた一瞬に、触手が大井の左手に絡みついた。「何を」「集中しろ」冷たい触手が器用にベルトを解く。羅針盤が外された。

2014-06-22 15:53:15
里村邦彦 @SaTMRa

「折角提督がついてきているんだ。これくらいはやってやるさ。……まだ敵が多すぎるな」航法として強力な羅針盤も、深海棲艦の力場に惑わされる。突破のためには戦力を削り取らねばならない。大井は嘆息した。「六○一とは切り離されてますが」通信を確認。僚艦は補足している。「雷撃戦で突破します」

2014-06-22 15:57:50
里村邦彦 @SaTMRa

「好きだねえ、お前も」「……何か?」「いや。何も」大井は電信を飛ばす「全艦、雷撃戦へ以降。戦線を突破し――」対艦隊仕様の部隊を振り切り、本命の海賊狩りへ向かうのだ。だがそのとき、強力なノイズが電信に入り込む。「待ってください。これは」『大井。敵の主力艦隊だよ、こちらに向かってる』

2014-06-22 16:01:55
里村邦彦 @SaTMRa

艦娘の視界に赤く可視化された力場は、南西諸島海域においては最強ともいえる、E級深海棲艦の反応だ。『瑞雲より伝。この航路なら、六〇一経由でこちらにぶつかりますね。……偵察で少し食われました。むこうの艦載機も、ずいぶん練度が高そう』千歳からの報告。大井は一瞬の迷いを得た。戦うか?

2014-06-22 16:07:47
里村邦彦 @SaTMRa

魚雷を撃発する。水面を走る雷跡が交差する。雷撃の槍は疾く走り、瞬く間に目標へ殺到した。一瞬の迷いも許さないほどに。「大井!」「あ、」提督の言葉に、水面を蹴ろうとして、遅い。至近距離で噴き上がる爆轟。右足に冷たい感触。一瞬遅れて、激痛が来た。「うぐっ……」遠く近く水雷の爆轟。爆轟。

2014-06-22 16:11:20
里村邦彦 @SaTMRa

『六〇一よりモリ号艦隊へ』電信。むこうの赤城からだ。『敵通商破壊部隊主力と接触。救援を求めます』大井は苦痛に顔を歪め、了解、の一報を送ろうとする。「すまんが六〇一。モリ号艦隊は離脱する」「提督?」「見ろよ大井。羅針盤が動いた。お告げには従わなきゃな」「待ってください、救援はどう」

2014-06-22 16:16:08
里村邦彦 @SaTMRa

「千歳。航路確認。漣と時雨、先行して航路確認だ。北回りになる。木曾、最上、旗艦直衛に回ってくれ。少し鈍いぞ」「らじゃりました!」「了解」駆逐艦が飛び出していく。「大井。行くぞ、走れるか?」木曾が手を差し伸べた手を、大井は握らずに姿勢を立て直した。「ええ。もちろんです……命令なら」

2014-06-22 16:20:24
里村邦彦 @SaTMRa

《南国酒家》のスチームサウナで、大井は黙って俯いていた。治癒槽から上がっても、あたりを出歩く気がしなかった。幸い、室内には誰もいない。トラック泊地に戻って以来、碌でもない噂が流れていた。北側ルートでいくらかの物資を得て帰投した大井たちを待っていたのは、何ともいえない冷たい視線だ。

2014-06-22 16:40:30
里村邦彦 @SaTMRa

別段、軍規に反したという訳ではない。羅針盤に従うのは、深海棲艦との接触における大原則であると定められてもいる。だがそれ以前の問題だ。助けを求められ、応えなかった。それも、提督は人間ではない。やはりそうなのだ。あそこの艦娘どもも概ね人でなしに違いない。火の手が炎になるのは早かった。

2014-06-22 16:50:45
里村邦彦 @SaTMRa

「作戦が悪いのよ……」大井はタオルを握りしめた。素手のまま握れば、きっと手のひらをやぶって傷になる。それが判断できるだけの冷静さは、どこかに残っていた。残った理性が、この結果は当たり前だと告げていた。何を目を瞑っていたのかと。あんな場所でまともな成果を上げられる訳がないだろうと。

2014-06-22 16:53:05
里村邦彦 @SaTMRa

戦わなくてはならない。戦って、勝たなくてはならない。勝たなければ、兵器としての価値はない。見捨てられれば捨てられるか、さもなければ。どうにかもとをとろうと、使い潰されて。「ごめんなさい……」大井の膝にぽたりと、水滴が落ちた。汗か、スチームかそれ以外か。「北上さん」「大井っちー?」

2014-06-22 16:56:24
里村邦彦 @SaTMRa

「え」大井は顔を上げた。はじめて見るのに、とても良く知った顔がそこにいた。肩あたりよりも長い黒髪。やや丸みを帯び始めた、年相応の少女の体。「北上、さん?」「探したよー。サウナで見たっていうからさー」水差しと木のコップが乗ったトレイを間に挟んで、隣へ腰を下ろす北上を、大井は見た。

2014-06-22 17:01:53
里村邦彦 @SaTMRa

「提督にちょっと怒られちった。高速修復剤(ばけつ)もタダじゃないって、まあそうだよねー」あはは。北上は笑って、水を注いだ。差し出されるままに大井は受け取り、一口飲んだ。「同じ相手を狙うなって、最後は勝てたんだからいいじゃん、ねえ?」大井は水を飲んだ。まるで、言葉が出てこなかった。

2014-06-22 17:10:46
里村邦彦 @SaTMRa

「北上さん」「ん、なに? もいっぱいのむ? ……なんで泣きそうになってんの?」大井は顔を歪ませた。それから、笑った。「泣きません。それで、ごめんなさい、北上さん」笑顔のまま、続けた。「私、あなたの大井さんじゃないわ」「ありゃ」北上は無造作に大井の顔をのぞき込んだ。息がかかる距離。

2014-06-22 17:14:10
里村邦彦 @SaTMRa

「あらら。ごめんごめん、よくあるよね、こういうの」「いえ」大井はかぶりをふった。「ちょうどよかった。話し相手がいなくって、ちょっとぼうっとしていたんです。のぼせてしまうところ」「あはは。そういうところ、大井っちとおんなしだ」北上は屈託なく笑った。「大井さん、じゃさ、すこし話す?」

2014-06-22 17:17:34
里村邦彦 @SaTMRa

大井は北上と、十分足らずの時間を過ごした。それから、ようやく北上を探し当てた「大井」を、大井は見た。「大井」は柔らかく笑っていた。自分の北上が、ほかの誰かと親しげにしていたというのに、自分を探しもしなかったというのに、影がない笑いだった。相手のことを、よく知っている笑顔だった。

2014-06-22 17:19:39