「貴方がこの泊地の提督ですか」 「そのようですね」 内地から遠く離れた南国の地。いかにも急ごしらえといった雰囲気を漂わせる泊地の前で、私は出迎え役の少女と向かい合っていた。 まとう制服は鎮守府本部――俗に言う『赤煉瓦』――の所属艦にのみ許された正装だ。 #knknkr
2014-07-02 23:32:11前線に出る必要のない彼女が、わざわざこんな僻地まで来ているということは、大方監視の任を負っているのだろう。 そこまでされるような理由に思い当たってしまうのは不幸なのか、それとも幸運なのだろうか。 少なくとも、一人見知らぬ地に飛ばされなかっただけ運が良かった。 #knknkr
2014-07-02 23:39:57「ところで他の艦娘はどこに?」 彼女への挨拶もそこそこに、私は一番の疑問を投げた。 ここから見える範囲に艦娘の姿はないし、木製の平屋にも人のいる気配はなさそうだ。 「まだ居ませんよ」 予想通りだが、まったく嬉しくない答えが返ってきた。 #knknkr
2014-07-02 23:45:13「この離島は私達が奪還したばかりでして、現時点では後方の鎮守府に艦娘を駐留させていますから」 「つまり、今襲撃を受ければひとたまりもない、と」 「そういうことになります。だからこそ貴方が選ばれたとも言えますが」 なるほど。随分と無茶を押し付けてくれる。 #knknkr
2014-07-02 23:51:38「秘書艦が必要なら派遣を要請しますが、どうしますか?」 「お願いします。たとえ補助艦艇でも一隻は一隻ですから」 少女の提案に、私は躊躇うことなく同意した。 こちらに戦力があるとわかれば、敵も容易には手出しできない。当面は彼女に防衛を担ってもらうとしよう。 #knknkr
2014-07-03 00:00:22「――はじめまして、漣です。こう書いて、さざなみ、と読みます」 夕方。到着した最初の艦娘をさっそく執務室に呼び、挨拶と任務の確認を行った。 綾波型駆逐艦の一隻である彼女は少々変わっていたが、明るく接しやすい雰囲気だった。 「ご主人様」 その呼び方はちょっと。 #knknkr
2014-07-03 00:06:32初日の夜。島にいる三人――正しくは一人と二隻か――で見張りを交替しつつ仮眠を取った。 敵襲の気配はなく、天候も崩れることはなかったため、比較的快適に休息を済ませられた。 明朝、漣が哨戒中に敵駆逐級一隻と遭遇。砲撃戦により撃破するも、艤装が一部損傷した。 #knknkr
2014-07-03 00:12:56「入渠するほどの怪我じゃないですよ?」 強がるくせに、擦り剝けた肩を庇うように手で覆う彼女を連れ、私は船渠に向かった。 艤装の方は例の少女――名を『大淀』というらしい――に任せてある。 といっても、工廠まで持っていくだけだ。修理と調整は妖精にしかできない。 #knknkr
2014-07-03 00:19:29「どうしてお風呂で治るんですかね?」 「それがわかれば苦労はしないわ」 朝から執務を放り出して入浴なんて、ここ以外じゃできないだろうな。 そんなことを思いながら首元まで湯の中に浸かる。 数年ぶりの船渠の湯は全身に染み渡り、蓄積していた傷を静かに癒していった。 #knknkr
2014-07-03 00:24:55昼過ぎ。執務室に新たな艦娘と猫を抱いた妖精が入ってきた。 彼女の名前は白雪というらしい。いや、妖精ではなく艦娘の方が。 「これからよろしくお願いします」 そう言ってぺこりと頭を下げる彼女に、私は現状を説明した。 艦隊の結成に一歩だが近づいたと言えるだろう。 #knknkr
2014-07-03 00:31:25二隻体制になったということで、数日をかけて島の周囲の調査を行った。 念入りに探してみたが、どうも付近に敵の侵攻ルートや潜伏エリアはないらしい。 ひとまず安全を確保できたということで私も艦娘達も安堵する。 ただ、大淀だけは何か思うところがあったようだ。 #knknkr
2014-07-03 00:36:01赴任から二週間目。配給物資の貯蔵が順調なので、島での独自建造を試みることにした。 妖精さんも艤装の扱いに慣れただろうから駆逐艦以外でも大丈夫だろう。 完成まで早くとも数日はかかるということで、しばらくの間工廠の管理は彼らに任せてみるとしよう。 #knknkr
2014-07-03 00:39:57建造が完了したとの連絡を受け、さっそく新入りを執務室に招く。 「川内参上! 夜戦なら任せておいて」 ……どうも戦闘狂らしいが、この鎮守府には少し場違いな気がしてならない。 ひとまず漣に代わり、定期哨戒時の旗艦を任せることにした。 #knknkr
2014-07-03 00:44:54この島での生活も一月を経過した。迷い込んだ艦娘を数隻保護したこともあってか、泊地は徐々に賑やかさを増している。 艦隊は軽巡を旗艦とした六隻構成になり、哨戒エリアも以前より拡大した。 最前線での攻防とは無縁なこの地だが、それでも戦力の充実には安心感を覚える。 #knknkr
2014-07-03 00:51:28「ご主人様、お話があるそうですが」 赴任から二か月。日課通り執務室に現れた漣は、期待と不安の入り混じった表情だった。 無理もない、何しろ私達の艦隊にとっては非常に重要な話なのだから。 「ええ。そろそろ艤装の改装を始めようと思って。必要な資材も揃ったし」 #knknkr
2014-07-03 00:57:28そう言って、彼女に設計図を見せる。内燃機関の置き換え、駆動系の改良などを盛り込んだ改造案だ。 「キタコレ! って、どこまで弄る気ですか。ほぼ別物じゃないですか」 「大丈夫、手を加えるのは艤装だけだから」 「あんまりシャレにならない事言うと、ぶっ飛ばしますよ?」 #knknkr
2014-07-03 01:02:42外見こそ変わらないが性能は一段階上。そんな新型艤装を用意すると聞いて、漣が頷かないわけがない。 まあ、島の外で活動するには今の艤装では力不足だというのも理由の一つではあるのだが。 なんにせよ、彼女の同意を取り付けられたのは良かった。早速準備に取り掛かろう。 #knknkr
2014-07-03 01:07:49あれから数日経って、漣用の改良艤装が無事完成した。 現在は、習熟を兼ねて予備艦達の演習作戦に参加している。 評価は上々。今後は他の艦娘にも順次艤装の改良を打診していくことになるだろう。 「また那珂用の艤装ができたようですが」 ……部品取りに回すかな。 #knknkr
2014-07-03 01:12:48「ご主人様」 「司令官」 「提督」 艦娘によって、私の呼び名は違う。といってもそれぞれ勝手に呼んでいるわけではなく、彼女達の記憶が関係しているらしい。 提督、か。随分と久しい呼び名だ。まさか私自身がそう呼ばれることになるとは。 「クソ提督!」 そこに直れ。 #knknkr
2014-07-03 01:18:09曙は、決して悪い子ではない。 かつての記憶から、提督というものが信用ならないだけなのだ。 だから私は説教こそすれ、彼女に冷たく接したりはしない。いつかまた、提督を信じようと思ってくれると信じているから。 「でもね、ペイント弾を提督に誤射しないでほしいの」 #knknkr
2014-07-03 01:22:03「HAI!私が金剛型一番艦の金剛デース」 ついに私の泊地にも戦艦がやってきた。といっても、近隣の鎮守府から遠征の中継地として利用するために訪れただけだが。 「提督ゥ、紅茶が見当たりまセーン」 ごめんなさい、うちは基本的に内地産の緑茶なんですよ。 #knknkr
2014-07-03 01:26:06「緑茶も美味しいとは思いマス。でも、やっぱり紅茶が一番いいデース」 ぶつくさ言いながらも飲んでくれるあたり、人――じゃなくて艦が出来ている。 「次来る時は紅茶をプレゼントしまショウ」 「助かります。そちらには疎いもので」 って、まさか今後ずっと利用するのか。 #knknkr
2014-07-03 01:30:20「――――ッ!? ハアッ……ハアッ……」 とても嫌な夢を見た。私を残して、他の全てが沈む夢だ。 傍らの僚艦も、海上基地代わりの待機艦も、そしてそこに待つ提督も――。 いや、夢ではない。一度経験したことだ。 後悔と挫折と喪失感に彩られた、ただの記憶……。 #knknkr
2014-07-03 01:35:54「どうしたのしれーかん? 隈ができてるわ」 先日新たに戦列に加わったばかりの雷が、心配そうに私を覗き込む。 私を労わってくれるのはありがたいが、さすがに理由を説明するわけにもいかない。 「ご主人様も寝苦しいと思うことがあるんですね」 漣、違うよ。全然違うよ。 #knknkr
2014-07-03 01:40:50「提督。貴方はなぜ艤装を下ろしたのですか」 執務室で頬杖をついていると、大淀に痛いところを突かれた。 「別に逃げたというわけではないの。ただ――」 「戦えなくなった。沈むのが怖いから」 「そうね。あまりに多くの死を間近で見過ぎた。怯え竦むには十分過ぎる数の死を」 #knknkr
2014-07-03 01:44:49