茂木健一郎(@kenichiromogi)さんの連続ツイート第1278回「勝ち負けに関係なく、息づいているもの」

脳科学者・茂木健一郎さんの7月6日の連続ツイート。 本日は、きのう、iPhone片手に思ったこと。
コラム 茂木健一郎 かい
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茂木健一郎 @kenichiromogi
連続ツイート1278回をお届けします。文章は、その場で即興で書いています。本日は、きのう、iPhone片手に思ったこと。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かい(1)仕事が忙しいと、なぜか余計なことをしたくなる。このところ、iPhone上で「最強の囲碁」で囲碁をやる、というのにまた嵌まってしまって、移動中や、講演前のトイレなど、ちまちまやっている。昨夜も、日テレでの収録前に、トイレに隠れてやっていた。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かい(2)iPhone上の「最強の囲碁」の力がどれくらいなのかよく知らないが、最高レベルのLevel 10にするとなかなか強い。それで、負けが続くこともあって、そういう時に、ふと思ったことがあるので、今朝は、そのことを書きたいと思う。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かい(3)囲碁というのは、白と黒で陣地を囲み合って、最後に、どっちが多いかで勝敗がつく。少し先手が有利なので、その分、「六目半」の「コミ」(ハンディキャップ)がつく。いずれにせよ、たとえ半目でも多い方が勝ちとなる。勝てばうれしいし、負ければ、コンピュータ相手でも、落ち込む。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かい(4)しかし、iPhoneでバカみたいに何十局も打っていると(忙しいのにヒマなのである)、だんだん不思議な感覚になってくる。全体としては負けているのだが(コンピュータだけに、情勢判定は瞬速で出る)、部分的には、なかなかうまく打てていたり、自分の石がいい感じで並んでいたりする。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かい(5)結果として、たとえば10目半で負けたとして、終局の盤面を見ると、自分の石が、それなりにいい感じで並んでいて、確かに全体として数え上げると負けているのかもしれないけれども、まっ、いいか、これはこれで、幸せじゃん、みたいな、不思議な気持ちになるのである。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かい(6)囲碁に比べて、さらに勝敗がシビアであるとされる将棋でも、たとえば王手になって、あるいはその前にもう投了してしまった場合でも、盤面を見ると、自分の駒たちが、それぞれの場所で、それなりに幸せに息づいていたりして、まあ、それはそれでいいか、みたいな気持ちになってくる。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かい(7)先日、東京駅の近くを歩いていたら、いきなり声をかけられた、落選中の、元衆議院議員の方だった。少しお話したが、選挙区が九州ということで、私の母も九州だから、なんだかなつかしい気がした。議員は、「選挙に落ちたらタダの人」などとよく言われる。しかし、その落選された議員さん
茂木健一郎 @kenichiromogi
かい(8)の「浪人」中の今の生活が、衆議院議員会館でバリバリやっていた日々に比べて、幸せじゃないか、幸せか、わかったものではないな、と思った。勝ち負けは人工的な区分であり、「夏草」には関係のない話である。だから、戦場の花には、生命の深い真実がある。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かい(9)囲碁の話から、将棋の話になり、なぜか落選中の議員さんの話になったが、とかく「勝ち負け」で語られがちな世の中ではあるけれども、勝ち負けに関係なく息づいているものにも目を向けたいと思った次第。ワールドカップも同じこと。コスタリカの選手、お疲れさまでした!
茂木健一郎 @kenichiromogi
以上、連続ツイート1278回「勝ち負けに関係なく、息づいているもの」でした。

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