空想の街・氷涼祭'140704~06 #赤風車
三日目
ずっと待っていたもの
水面に浮上するように目が覚めた。どのくらい眠っていただろう、とりあえず身を起こして胡坐をかく。夢も見ずに眠っていた。昨日の釣りが意外と堪えたのだろうか。 #空想の街 #赤風車
2014-07-06 11:16:31今日は、そうか、もう祭りは終わったのだ。昨日の晩で祭りは終い。確か拾ったタウン誌には、今日の夕方に風船を皆で空へ離すとか。白鴉が飛んでいってしまうのと合わせるという。時計塔の近くには行けそうにないが、自分もそれに倣おうとは思う。 #空想の街 #赤風車
2014-07-06 11:58:39天井の綻びから空を見て、もう夕刻に近いじゃないかと自分に呆れ――はたと思いつく。己は、白鴉が飛んできた瞬間を見ていない。その後に、海の近くで気がついたからだ。何か奇妙な感覚がする。 #空想の街 #赤風車
2014-07-06 15:06:03風船といえば、死者が帰る場所を間違えないようにする目印だ。――終ぞ求める相手には出会えなかった、誰かしら死者が記憶を教えてくれると期待していたのに。しん、と静まり返った廃屋で、独りで風船を弄び、手前勝手なことを考えながら風船を見つめていた。びくと体が動く。 #空想の街 #赤風車
2014-07-06 17:21:28風船に誰かが映った気がしたのだ。いつものように部屋にある風車を映しているだけだろうと思った。何度か瞬きをする。気のせいではない。誰だ? なんだ? これはなんだ。――ざっ、と、それまで静かだった風車が一斉に回りだした。かららららころろろろ。 #空想の街 #赤風車
2014-07-06 17:22:47さざめき
総毛立った。動悸がひどい。浅い呼吸を繰り返し乍無意識に体を折っていた。…風船に自分が映っている。海に映った自分と同じだからこれは己の顔だ、白い立て襟シャツに黒の袷と袴、不揃いに短い黒髪。こっちをじっと見ている。 #空想の街 #赤風車
2014-07-06 17:23:09そしてあれは、回る風車と弁慶を担ぐひょろ長い誰か――椛のような三つ編み。桧皮色の着流し。骨ばった踝、薄い氷のような眼鏡の、あれは―― #空想の街 #赤風車
2014-07-06 17:24:30かららころろろ、鈴や流木や骨が転がるような音が廃屋を包んでいる。銀氷が降ってきたときのように思わず天を仰ぎ、鷹揚に瞬きをすると、沢山の風船が白鴉と共に空を渡るのが睫の先に見え隠れした。小さいもの、模様のあるもの、動物の形のもの… #空想の街 #赤風車
2014-07-06 17:25:21白い鴉は素知らぬ風に飛んでいく。風船は吸い込まれるように青い空へ落ちていく、遠い気持ちでそれを見送った。急に熱がせりあがる。 #空想の街 #赤風車
2014-07-06 17:26:58己が呼んだものと、己を呼んだもの
そうか。嗚呼そうか。膝が崩れて視界がぼやけた。赤い風車がぼたりと落ちる。がららら、挿しておいた風車は一斉に歌っている。己の身を掻き抱くようにして背を丸めた。――そうかそうだったのか。釣り道具が、弁慶があった理由。風車しか釣れない己。空腹も覚えなかった理由。 #空想の街 #赤風車
2014-07-06 17:27:21音を立てているのは風車だけではない、己の中のすべてが心地よく容赦なく崩壊していく。うっとりと絶望に微笑んだ。 #空想の街 #赤風車
2014-07-06 17:28:11ここは仮住まいなどではない。終の棲家だ。 嗚呼。あの少年に会えてよかった。でも名前を聞かなくて本当によかった。ずっと釣りだけしていて本当によかった。無闇に売ったりしなくて、よかった。これでよかった。これでよかったのだ。 #空想の街 #赤風車
2014-07-06 17:29:14すっと手を離した。透明な風船が幾つもの風車を、己を、そして彼奴を映して回りながら天へ還っていく。他の風船に混ざる。空の青に溶けていく。 #空想の街 #赤風車
2014-07-06 17:30:18すっかり風船が空に昇りきる頃、廃屋には音を立てる何十本もの風車が遺されていた。寂れた釣り道具。部屋の真ん中には、赤い風車がぽつり、無残に落ちている。たったひとつの小さな濃い赤の風車を取り囲むように、大小様々色とりどりの風車が啼いている。 #空想の街 #赤風車
2014-07-06 18:06:06さんざめくいのち、涙雨
街に、雨が降る。 弁慶が雨に濡れている。 かららららころろろろろろ、海に近い廃屋から響く不思議な音は、誰の耳にも届かないまま永遠に続いていた。 #空想の街 #赤風車
2014-07-06 18:08:46終