王子の吐息（更新中）

チカ @chica1219

01)「すみません、」構内を歩いていたら、声を掛けられた。反射的に振り返ると、そこにはノリのよさそうな男の人が立っていた。思いっきり、私とタイプが違う感じの、ひと。「…、はい？」なんだろう…？頭の上にハテナを浮かべながら返事のような曖昧な反応をすれば、その人は華やかに笑った。

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02)「突然なんですけど、ミスコンに参加してもらえませんか！」

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03)「…はい？」 出会って数秒。見た目以上に丁寧な対応をとる男の人は、そう言ったきり、私に頭を下げたまま身動きひとつしない。茶色く染めた髪の、根元が黒く戻り始めている。そうだ、私もそろそろ染め直しに行かないと。ぼんやりと考えていたら、男の人が急に顔を上げた。

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04)「千依梨さんに出ていただけたら、きっと盛り上がると思うので！ぜひ考えておいてください！えーっとこれ、電話番号、煮るなり焼くなり好きにしてください！」 少しだけ早口で捲し立てて、私に紙を握らせる。無理強いして番号を交換してこないから、とりあえず変な人ではないことはわかった。

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05)でも、私はこの人のことを知らない。 「えーっと、私のことを知ってるんだよね…？」「あ、はい。友達に聞いて」「…んーっと、」どうしよう。知り合いの頼みならともかく、知らない人のお願いは聞けない。しかもミスコンなんて。見るのは楽しいけど、自分が出るとなったら、話は別だ。

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06)だって、自分で自分のこと可愛いって思ってるみたいなんだもん。「ごめんなさい。私ちょっと、」できないかな。そう断りを入れようとしたら「あー、えっと」なんだか遮られてしまった。

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07)「話だけでも聞いてもらえませんか」「えーっと…、」…無理に電話は聞いてこないけど、それなりに根気のある人みたい。「うちのミスコンはー…」説明を始めた男の人の話を半分聞き流すように聞いていた私。だけど話の最後には、そのオファーに頷いてしまっていた。

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08)「…ミスコン！？」滅多に声を荒げたりしない由那が、思いきり食いついたことに、まず一番びっくり。 さっきの人と別れて向かった講義室。「うん、参加してみようかなって思って」軽やかに答える私に、驚いたままの由那が「急にどうしたの…？」静かに動揺を口にした。

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09)「なんかね、スカウトされちゃって」あの人はデザイン科がある専門学校の人らしい。そこの学祭で行われるミスコンに、出てほしいっていうことだった。それなら知り合いも少ないから恥ずかしくないかなっていうのがオッケーした理由のひとつ。

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10)あともうひとつは。「ドレスが着れるんだって！髪とかも学生さんたちがアレンジしてくれるらしくって」ヘアカットモデルをするような感覚で引き受けてくれたら嬉しいって言ってた。それを聞いて興味が出た。 ドレスなんて着ちゃって、いつもと少し違う私。 「彰、びっくりするかなあ…？」

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11)彰はストレートにかわいいって言ってくれる。そのたびに嬉しくなるけど、もっともっと、かわいくなりたい。だって彰は格好いいから。隣にいるときは、かわいい自分でいたい。かわいくなって、もっともっと、自分に自信をもって。彰に、昨日よりも今日、今日よりも明日、好きになってほしいから。

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12)だから。「彰には秘密にしようと思うんだ」彰に隠し事をするなんて久しぶり。バレないようにがんばらないと。笑う私に、由那が目を細める。「…うん、あたしも協力する」一見クールビューティーな由那だけど、こうやってたまに見せる、ふにゃっとした笑顔が私、好きだったりする。

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13)晴も、由那のこういうところが好きなのかな。付き合ってるの？っていう質問には、未だはぐらかされてばかりだけど。端から見るとふたりはすっごく、いい雰囲気で、何より晴の目が優しくて。私と付き合っていたときには見れなかった表情をしてる。 私はその晴の変化が、すごくすごーく、嬉しい。

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14)晴が寂しくならないように。あんな女たらしだけど、きっといろいろ抱えてることには気付いてた。私にはどうにもできなかったこと。 由那が晴を、幸せにしてくれますように。言葉にはしないけど、いつも思ってる。 “ふたりが幸せに、なりますように。”

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15)あーあ。早く晴が、認めてくれたらいいのになあ。 そんなもどかしい気持ちのまま授業を終えて、家に帰る。私の家じゃなくて、彰の家。彰の家のほうが学校に近くて、おまけに広くて。インターホンを鳴らしたら、すぐに出て来てくれた。

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16)「おかえり」「ただいまー」「…？なんかいいことあった？」「うん、ちょっとだけ」普通にしていたつもりなんだけど、どうして彰はわかっちゃうんだろう。私、顔に出やすいのかな。どうしよう。このままじゃミスコンの話もすぐにバレてしまいそう。焦る。

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17)音もなく、そろりと部屋の中に入った私の後ろに、彰が続く。「…？」不思議そうな反応をしていたけど、彰は私に何も言わなかった。 話し出したら、止まらない。絶対にミスコンの話までしてしまう気がしたから、その日は大人しく過ごして。ついでに言うと密かにダイエットも始めた。

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18)――千依梨がミスコンに出ると言って3日くらい経った日の午後。講義中、あたしの携帯が短く震えた。ちらり、内容を確認。送信者は、わかりきっていた。 『おいで』 たったそれだけ。短い文章であたしを呼び出す。――甘い声と、言葉。 昼の眩しい陽射しの下に、あたしを呼ぶ男。

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19)講義終了後すぐに構内のカフェへと向かう。茶色い髪が窓からの光に反射して、綺麗で。あたしがやって来たことに気付いたのか、晴は振り向いて、こちらに笑顔を向けた。 「場所言ってないのによくわかったね」「…なんとなく、思っただけ」「ふーん？」意味ありげに口角を持ち上げて、笑んでくる

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20)「由那ちゃんごめんね、急に」ふいに、前から声が聞こえてそちらに顔を向けた。彰くんが、すごく申し訳なさそうに眉を下げている。「ん？俺じゃなくて、彰の呼び出し」どういう意味だ、と向けた視線の意味を汲んで、晴は軽やかにそう答えた。 「じゃあ俺は行くから」そのまま、席を立つ。

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21)その空いた席にあたしを座らせると、本当に何処かへ行ってしまった。今日の宿を、探すのかもしれない。「……」ちくり、痛むのは気のせいだと。 「由那ちゃん、何か飲む？」穏やかに笑う彰くんの問いに答えると「コーヒーね、了解」彼はスマートに立ち上がった。

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22)「え…っ、」あまりにも自然だったから、反応が遅れた。彰くんがコーヒーを買って戻ってきてくれる。「す、みません」「気にしなくていいのに」「…でも、」「んー…じゃあ」言って、少しだけコーヒーに口をつける。見てればわかる。それは、飲んだフリ。

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23)「俺はもういらないから、よかったら飲まない？」 差し出されたそれを、受け取らないわけにはいかない。「…ありがとうございます」おずおずと手に取れば、いい子、と言うように頭を撫でられる。「…っ、！」「？どうかした？」彰くんのキラースマイルが、周りの空気さえも華やかにしていた。

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24)「…彰くん、変です」「そう？」「千依梨に怒られちゃいますよ」「うん、そうかもね」にっこり、笑う彰くんの真意が掴めない。「…そんな困った顔しないで」苦く笑いながら、彰くんはあたしに手を伸ばして。「………っ、」晴とは違う。骨ばった指があたしの頬を撫でた。

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25)「…ちょ、あき――」「由那ちゃん、最近ちぇり、変じゃない？」身を乗り出して、あたしの耳元にわざと顔を寄せて。言われた言葉に、あたしは耳元を押さえながら訊き返した。「…、変？」「うん。理由、知らない？」キラースマイルを浮かべたまま、赤い顔をしているであろうあたしに質問を重ねる