ツイッター小説「暗い箱」

松原剛🚑｜🍬💭｜🍑🐖「魔王令嬢の教育係」コミカライズ連載中 @matubarap

1・リアルすぎず、かと言って、現実離れしすぎてもいず、ボールになるギリギリの、インコース…。それが俺が持った印象だった　#twinovel

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2・真っ暗な視界に、徐々にぼやけた光が浮かび上がった。光はアメーバのように蠢きながら数と範囲を増やし、つながっていき、次第にはっきりとした視界に変わった。窓の向こうには木々、手の中にはハンドル。ハンドルに付着した血液の出所は――確かめるまでもない、俺の頭だ。　#twinovel

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3・車を運転していて事故にあった、らしい。他に車は見えないから、恐らく自損事故だろう。シートベルトを外しながら、半ば機械的に考える。次は、そう、救急車と警察だ。携帯を取り出した。この時点までは冷静なつもりだったが、それがただ思考が鈍っていただけだと気付いた。　#twinovel

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4・俺は今日が6月6日のつもりでいた。だが、携帯の表示は6月8日。ほぼ2日間の記憶が飛んでいる。畜生、有給と土日を合わせて、4連休にしたのに、最初に浮かんだ感想がそれだったのが、我ながら悲しい。続いて他に忘れている事はと慌てて考えた。　#twinovel

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5・自分の名前、覚えている。妻の名前、吉美。職業、工業製品の営業、住所…。特に重大な欠落はないと分かり、ホッと息をついた。ここに来た理由は分からないが、いずれ思い出すだろう。ふとルームミラーを見ると、トランクがわずかに開いていた。事故の衝撃だろう。　#twinovel

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6・この車のディーラーは、トランクの収容能力をアピールしていた。人の二人や三人は入ると笑っていたが、図らずもそれが嘘だと証明された。トランクは女の体一つでいっぱいだった。　#twinovel

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7・女の体は首、肩、肘、股、膝で切断され、血が滴らないようにだろう、切断面をシートで覆った上、半透明のビニールに入れられ、その上から麻紐（普段、家で新聞等を縛るのに使っている奴だ）で縛られていた。吉美！と、俺の口から妻の名が漏れたが、知らない顔だった。　#twinovel

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8・背後に車が止まる音がした。咄嗟にトランクを閉めた。「大丈夫ですか？」と、眼鏡の男が降りてきた。「は、はい」と答える俺。運転席に戻ろうとするが、男に「下手に動いたら危ない」と押し留められた。振り払おうと思った瞬間、また車の停まる音がした　#twinovel

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9・その後更に車が通りかかり、俺の車を除いて3台、俺を除いて（トランクの中の女も除く）9人の人間が集まった。口々に、大丈夫ですか、ケガの状態は、動いちゃダメ、などと言ってくる。俺は、大丈夫、大丈夫ですから、と、モゴモゴ言うのが精一杯だった。　#twinovel

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10・救急車を呼ぼうとする人々を、その都度、大丈夫、すぐ帰らないといけないから、など制止しようとしたが、結局通報されてしまった。それどころか、錯乱していると思ったのか、気付いたら警察への通報もされていた（もっとも、病院から連絡が行っただろうが）。　#twinovel

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11・「ウチの人に連絡しますか？」と聞いてきた女に、「いえ、いませんから…」と答える。ヘタに妻に連絡されてボロが出るのは困る。「え、でも…」と、眼鏡が俺の左手の、結婚指輪に視線を向けた。まずい。トランクを見られたら、不仲の妻を殺害したようではないか。#twinovel

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12・確かに不仲だが殺しはしない。そもそもトランクの女は妻ではない。だが事情が分からない以上、見つかってマズイ事には変わりない…。混乱した頭ではマトモな言い訳も出来ない。「このまま帰ったら、途中で事故って、死んじゃうかもしれないでしょ」と中年女。　#twinovel

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13・大丈夫、帰れます、と言う俺に「大丈夫と言いますが、現に今、事故にあったわけでしょう。事前に事故にあうとは思ってなかったでしょう？この後も事故にあわない保証は？」うるせーバカ！！小理屈を述べる眼鏡に、心中悪態をついたとき、トランクが開いた　#twinovel

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14・奇声を上げながらトランクに向かった。３ｍと離れていないが、無限の距離に思えた。事故で留め具がイカれたのだろうと、頭の片隅に浮かんだ。もつれながらトランクの蓋を掴み、思い切り閉じた。その瞬間、指先に激痛が走り、俺は再び奇声を発した。指を挟み切断していた。　#twinovel

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15・青ざめた顔でざわめく周囲の人間。そんな中、「僕はクーラーボックスを持っています。冷やしておけば後で繋がるかもしれない」と眼鏡。続けて、「けど指先が見付からない…。トランクの内部に入ったのかも。開けましょう」コイツは俺に恨みでもあるのか？　#twinovel

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16・その時、救急車のサイレンの音がした。全員の注意がそちらに逸れた。最後のチャンスだ。俺は車に飛び乗り急発進させた。発進してすぐ、段差を越えたが、その衝撃でトランクが全開になった。#twinovel

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17・車から何かが落ちる音が聞こえた気がした。続いて悲鳴。ルームミラーを見たが、見えたのは、トランクの蓋と、血走った目で笑う俺の顔だけだった。　#twinovel

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18・どこを走ったのか、日が傾き始めた頃、山の一層深い所で停車した。周りは先ほど以上に木ばかり。サイレンの音はかすかに聞こえる。俺はフラフラと降車し、トランクに向かった。この女のせいで散々だ。一体誰なんだ？俺が殺したのか？　その時おかしな事に気付いた。　#twinovel

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19・山道を走り回った影響だろう。切断面を覆っていたシートのひとつがズレていた。だがそこから見える色は、イメージしていたような赤黒い色ではなく、白かった。酔ったように女の首を覆っていたビニールを取った。はっきり女の顔を見たとき、記憶がよみがえった。　#twinovel

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20・リアルすぎず、かと言って、現実離れしすぎてもいず、ボールになるギリギリの、インコース…。それが「彼女」を見たとき、俺が持った印象だった。　#twinovel

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21・後輩の山下が、バカデカいケースを持って家を訪問したのは、連休1日目、6月6日の事だった。「週末、遠距離恋愛の彼女が遊びに来るんですよ」顔の前で手を合わせながら山下が言った。　#twinovel

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22・俺だって妻帯者だと言ったが、妻とはすれ違いの生活…それどころかこの連休も、妻が仕事で帰宅しないとわかっていて、それに合わせてとった物だ。山下もそれは知っている。こうして俺は、山下のダッチワイフを預かる事になった。　#twinovel

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23・種を明かせば下らない。何故ダッチワイフがバラバラに、弁償はいくらに、など、いくつか心配はあるが、遥かに気楽になった。ふと眼鏡の言葉を思い出した。今からでも指先を見つけて病院にいけば、くっつくだろうか？切断された俺の指先を求めて、トランクを漁って――　#twinovel

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24・吉美と目が合った。　#twinovel

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25・完全に思い出した。ダッチワイフはただ預かるだけのつもりだった。だが、好奇心か性的欲求か、とにかく「何か」に抗えなかった。そこに予定が変わった妻、吉美が帰宅した。夫婦仲が冷えていても浮気をされればプライドが傷つく。相手が人形なら尚更だ。　#twinovel