【第二部-拾八】冷たい五月雨の手 #見つめる時雨

時雨 五月雨
5
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

花火が上がる。寮から少し離れた大グラウンドで夕立達が打ち上げたものだ。僕は五月雨と一緒に、部屋からそれを眺めていた。 「僕の部屋が意外な特等席になるとはね」 「いいな…。私たちの部屋からだと、木が邪魔でよく見えなくて」

2014-07-26 22:00:31
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

ラムネをコップに注ぐ。少し早い、夏祭り気分。 「今日も一日、お疲れさまでした」 五月雨がその言葉と一緒に自分のコップを僕に向ける。 「うん、お疲れさま」 僕もそれに合わせてコップを差し出し、心地の良い音を鳴らした。

2014-07-26 22:05:09
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「時雨、その浴衣、似合ってるね。何だか大人っぽい」 「そうかな。ありがとう」 「私も浴衣にしようかな」 「五月雨のそのパジャマも、可愛いと思うよ」 五月雨のパイル地に水色のボーダーが入ったツーピースのパジャマを見ながら思う。うん、よく似あってる。

2014-07-26 22:10:10
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「あ、また上がったよ!」 ポンっという音が聞こえ、外に視線を移すと、空に花火が咲いていた。五月雨のはしゃぐ横顔が、光に照らされる。ふふ、可愛い。 「結構打ち上げたけど、もうそろそろ終わりかな?」 「どうだろう。夕立達がここを出る時、随分沢山持って行ってた気がするけど」

2014-07-26 22:15:10
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

また花火が上がる。まだまだ続くみたいだ。それにしても、町内会の人達から沢山貰ったからって、そんなに一気に打ち上げちゃっていいのかな…? 「…あ、夕張さん」 「え?」 窓の下を見下ろすと、夕張が由良の手を引っ張りながら外に出ていた。

2014-07-26 22:20:09
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「夕張さんと由良さんって、仲良いよね」 由良が夕張の手を振りほどいて、そのまま流れるように夕張の肩を叩く。見た感じ、強引に連れ出されたことを怒っているのかな。ふふ、由良があんな風に手をあげるなんて、夕張くらいだよね。それは五月雨の言うように仲が良いからこそ、なのだと思う。

2014-07-26 22:25:09
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「…ねぇ、時雨は夕張さん達のこと、どう思う?」 「え? どうって…」 「…好き合ってるの、かな」 …五月雨? 突然そんなことを言い出した五月雨の瞳は、何処か寂しそうだった。 「…どうだろう、由良は夕張のこと、部屋から追い出したって聞いてるけど」

2014-07-26 22:30:09
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「…私ね、二人のこと、覚えてるの。とっても鮮明に。夢にまで見るくらい」 五月雨の視線は、外にいる二人に向けられている。…きっと、記憶のことだろう。 「私ね、あの時、二人とも助けられなかった。何もできなかった。だからね、夕張さんと由良さんには、幸せになって欲しいって、思う」

2014-07-26 22:35:09
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「もし、夕張さんと由良さんがそういう関係だったら…私は応援したいなって、力になりたいなって、そう思う。うん…応援したいな」 「…そうなんだ」 僕は五月雨のその言い方に少し違和感を感じた。まるで、自分に言い聞かせてるような、そんな変な感じ。気のせいかな。

2014-07-26 22:40:09
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「…あ、なくなっちゃった」 空になったコップを見ながら、五月雨が言う。 「飲む?」 「うん、ありがとう、時雨」 僕は、ラムネの瓶を五月雨に差し出した。僕が注ぐような角度で向けると、五月雨もそれを察して、コップを出した。

2014-07-26 22:45:09
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「あっ…」 「え?」 五月雨の手から、コップが滑り落ちた。コップは畳を軽く跳ねたが、割れることはなかった。幸い中身も空だったため、何も濡れなかった。けれど…。 「…どうしたの? 五月雨」 五月雨が、自分の手を見つめていた。

2014-07-26 22:50:09
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「五月雨、大丈夫?」 「…ちょっと、疲れちゃったみたい」 そう言う五月雨の顔は真っ青になっていた。 「きっと遠征疲れだよ。今日はもう寝たほうがいいんじゃないかな。顔色も何だか悪いし…。いいよ、片づけはやっておくから」 「…うん、ごめんね、時雨」

2014-07-26 22:55:09
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「時雨ー! 五月雨ー!」 あれ…外から声がする。声に誘われ窓から下を見下ろすと、夕立達が戻ってきていた。どうやら花火を打ち尽くしたらしい。僕は下で一生懸命に手を振る夕立に手を振り返した。 「どうだったー!?」 「うん、とっても綺麗だったよ!」 「やったー!」

2014-07-26 23:00:11
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

夕立達が寮の入口に入るのを見送る。…と、思っていたら、夕立がまた顔を出す。そして僕に大きく手を振ってきた。 「ふふ、夕立ってば」 無邪気な夕立を見ながら微笑ましい気持ちになっていると、急に肩に重みを感じた。視線を向けると、五月雨が僕の肩にもたれかかってきていた。

2014-07-26 23:05:11
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「五月雨…本当に大丈夫?」 「ん…んん…」 五月雨の前髪を軽くかきあげ、掌を額に当てる。…熱はないみたいだけど、少しぐったりした様子なのが気になった。 「五月雨、部屋まで送ろうか?」 「…だいじょうぶ…自分で…」

2014-07-26 23:10:09
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

五月雨は何とか体を起こそうとしているみたいだけど、力が入らないみたいだった。 「少し休むといいよ。ちょっとは楽になるかもしれない」 「…ごめんね」 「いいって」 僕は肩にもたれてきている五月雨を抱き支え、ゆっくりと僕の膝へ下ろした。五月雨って軽いな。少し心配になるくらい。

2014-07-26 23:15:10
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

でも、僕らは艦娘だから、人間に近い身体はもっていても、ちょっとやそっとでは大事には到らないけどね。だから五月雨の軽さを心配する気持ちは、きっと人間に近い。何だか、不思議な気持ち。僕らは艦娘なのにね。いや、艦娘だからなのかな。

2014-07-26 23:25:08
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

提督がいつか言っていたっけ。「艦娘には心がある。だから私は貴女達をただの兵器として扱うつもりはない。貴女達の中の感情を大切にして、"生きて"欲しい」って。僕ら艦娘は"生きて"いる。心がある。だから時には体調が崩れるし、姉妹の身体が軽ければ心配になったりするんだ。

2014-07-26 23:30:10
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

五月雨の額をゆっくりと撫でる。透き通った海のように綺麗な髪が、僕の手に触れた。 「…時雨の手って…優しい…」 五月雨が弱弱しい声で呟く。その声を聞いたとき、五月雨がますます小さく見えた。 「…このまま眠ってもいいからね。僕が後で部屋に連れていくよ」

2014-07-26 23:35:10
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「…うん。…ふふ」 「…どうしたの?」 「ううん、時雨ってやっぱり、お姉ちゃんなんだなって思って…」 五月雨が微笑む。僕はその笑みに、頭を撫でることで答えた。 「ふふ…そうだよ。僕が…お姉ちゃんが、五月雨のこと、見てるから」 「うん。ちょっとだけ…おやすみなさい」

2014-07-26 23:40:09
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

五月雨の瞼が閉じられ、やがて小さな寝息が聞こえてきた。顔色も少し良くなったみたい。…最近は大規模作戦に向けて遠征の連続だったからね。あとで提督に言って、五月雨を明日休養してもらおう。…キミはとても頑張り屋だから、つい無理をしてしまう。たまにはこうやって、ゆっくり休まないとね。

2014-07-26 23:45:10
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「時雨!ただい…あれ?」 戻ってきた夕立が僕の膝で眠っている五月雨を見て、不思議そうな顔をした。 「五月雨、寝ちゃってるっぽい…?」 夕立が声を潜めながら僕に尋ねる。 「うん。随分疲れてたみたい。後で部屋に連れて行くよ」 「わー…」 夕立が五月雨の頬をつつく。こら。

2014-07-26 23:50:09
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「五月雨のほっぺ、すっごい柔らかいっぽい…!」 夕立が感動したように言う。 「そんな報告いいから、ゆっくり寝かせてあげて…」 五月雨はむず痒さを感じたのか、夕立から逃げるように僕の懐に寝返りをうった。 「ほら、嫌がってる」 「う…」

2014-07-26 23:55:09
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「…五月雨の手、冷たいな。冷え性なのかな」 五月雨の手に触れながら思う。そういえば、艦娘として再会してから、あまりこうして手を握るってことをしたことなかったかもしれない。僕は五月雨に今まで寂しい思いをさせてしまってたりしないだろうかと少し心配になった。

2014-07-27 00:00:56
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「…ねぇ、夕立。今日は涼風もここに呼んで、四人で寝ない?」 僕の提案に夕立が目を丸くする。そして瞬きを何回かした後、嬉しそうに笑った。 「うん!それ、楽しそうっぽい!」 「騒ぐのが目的じゃないからね…?」 「うん!うん!涼風呼んでくる!」 ほ、本当にわかってるのかな…。

2014-07-27 00:05:09