座敷鎮守府◆艦これSS◆その3

座敷犬 @zash_dog

「んー……お早う提督」「早く食べてきなよ、後30分で朝食は締め切りだ」「……マジか、行ってくる」木曾はまだベッドから出た所だった。目をこする彼女を朝食に急かす。急いで着替える彼女の姿を見まいと洗面所へ。ついでに歯を磨き、顔を洗う事にする。 #座敷鎮守府

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中身の無くなったチューブを5回程振って漸く中身を絞り出す。取り替えるのをすっかり忘れていた。すっかり軽くなったそれをゴミ箱に投げ込み、ブラシを咥えながら棚からスペアを取り出す。市販のミント味だ。正直支給品のソルトは使っていて辛いものがある。 #座敷鎮守府

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3分程歯を磨きながら、今日の予定を確認する。1300時から没入型シミュレータを使った演習――相手は確か中将だったか。編成を決めなければならない。尤も直前まで互いの編成は分からないから最悪3分前に指名しても良い。適当な編成で負ける事をどうでも良いとは思わないが。 #座敷鎮守府

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それと本土へ原油を運ぶタンカーが1500時に寄港予定、1700時には鋼材を積み込んだ船が寄港する。僕はこの近くを通る輸送船団と、「通行代」として積み荷である資源の1％を提供してもらう契約を結んでいる。それぞれ一時間半前には迎えの駆逐隊を送らなければならない。 #座敷鎮守府

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そんな所か。今日は「暇」な部類の日程に入るだろう。コップで口を濯ぎ、そのまま出しっ放しの水で顔を洗う。伸びてきた顎髭は官給品の使い捨て髭剃りとシェービング剤で落とす。肌の負け辛い体質で良かった。同僚の中ではこのシェービング剤は負けやすいと不評なのだ。 #座敷鎮守府

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男は苦労が多い。苦しい安月給。住む場所は化け物に奪われているか海に沈んでいるか、驚くほど狭いスペースコロニーの中か。化け物と戦うのは年端も行かぬ少女や女性。幸いにも僕はそこまで苦労を重ねずに済んだが、どうしようもない無力感は拭えないし、双肩にかかる責任はやはり重い。 #座敷鎮守府

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それでも髭を剃り、身だしなみをそれなりに整える余裕は忘れてはならない。出来れば紅茶を飲んでブラックジョークを言えると良い。そんな事を誰かが言っていた――大方英国の誰かだ。だから僕は顔を洗い、髭を剃る事だけは忘れないようにしている、どんな最悪の朝でも。 #座敷鎮守府

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#座敷鎮守府

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ちょっとずつ書いてこう

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そんな内に騒がしかった自室も静かになる。木曾が朝食を食べに行けるだけの身支度を済ませ出て行ったのだろう。洗面所の扉を開け――開けっ放しにしておく、風呂場と一体になった洗面所は必要な時以外は開けておかねば湿気でマズい事になるのだ、執務室に向かう事にする。 #座敷鎮守府

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卓上から無線キーと端末を取り、前者はポケットに入れて部屋を閉める。僕の自室を始め、ここの部屋は皆オートロックだ。ナノマシンを体に入れている等少しでも機械化していれば、ドアノブに触れるだけで鍵は開くが完全な生身の僕はそうは行かない。無線キーは肌身離さず持つ必要がある。 #座敷鎮守府

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艦娘はそれこそ人工物の塊。扉に触れるだけで鍵を開ける事が出来るから心配は要らない。端末を脇に挟んで執務室へ――と言っても10秒も掛からないのだが。司令室の隣。ドアを開ければ直ぐに仕事場。ホワイトカラーでもここまで恵まれたアクセスの職場は中々無いだろう。 #座敷鎮守府

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まぁ始業も何も無い職場なのだから、これ位は許されるだろうと思う。木製の執務机。昨日やり残した作業もまだ有る。木曾が事務室から新しい書類を持ってくるまでに片付けてしまおう。実印を捺し、ペンを走らせる戦いを始める事にした。ここが僕の主戦場だ。 #座敷鎮守府

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書類と言っても様々だ。弾薬燃料その他諸々の出納報告書に印を捺し、出撃レポートに目を通す。妖精工廠からの艤装開発/艦娘建造計画書に許可を下ろす。月毎の決算と予算願書を記入する。紙の物も有ればデータベース上にある電子の物もある。ここ最近はスタイタスペンの消耗も早い。 #座敷鎮守府

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スタッフの外泊許可願も時々混じっているし、有給休暇も簡単な書類を書かせている。肝心の提督は月月火水木金金だ。代理を立てる気はさらさら無いし、立ててどこに行こうというのだね。本土の陸地の4割は水没している。海沿いはほぼ壊滅だ。僕の実家は今頃魚達の住処か。 #座敷鎮守府

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「待たせたな」木曾だ、僕に今日の書類を与えてくる。両手に抱えた紙の束を受け取り、机の上に置く。二人の背という盾を失くした書類が窓から吹き込む風で吹き飛ぶが早いか、文鎮が置かれるが早いか。今日は僕の勝ちだ。何故冷房を掛けないか。この階のブレーカーが落ちるからだ。 #座敷鎮守府

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ここの発電方法は滅茶苦茶だ。海流の勢いで流水発電を行い、その電力で海水を分解、水素を生み出しそれで発電するのだ。今はそれ所ではないエコロジー指向にはぴったりだが、やっぱり電力は弱い。これを全7階層に分けるのだからその使用許容量は多くない。 #座敷鎮守府

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空調を使う部屋はサーバーとメインフレームの置かれた電算室。応接室。以上。スタッフの部屋で幾らか使っている所はあるようだが、一部屋に割り振られる電力は少ないから他の家電を犠牲にしている筈だ。で無ければブレーカーが落ちるか。 #座敷鎮守府

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貧乏臭いが仕方ない。それでやって行けているのだから今後も我慢するだけだ。或いは予算を貰うか。それはとても難しい事に思える。「コーヒーか？」ああ、頼むよ。出来れば氷を入れて、冷蔵庫に入ってる、一番下。「分かった」木曾は緑茶を飲むが、僕の嗜好も分かってくれている。 #座敷鎮守府

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「ほら」グラスに満たされている真っ黒な液体。浮かぶ氷が奏でる音が体感温度を下げてくれる。丁寧に紙のコースターまで。「ありがとう」気が利いているやつだ。こうも尽くされれば僕も頑張らざるを得ない。ペンだこを悪化させながら僕は作業を再開した。 #座敷鎮守府

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#座敷鎮守府　

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艦娘いっぱい出すためにちょっとでもほんぺを進めるゾ

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こんな具合で、僕の事務仕事は午前中の早い内に終わってしまう。子供の頃、暑さに苦しまぬよう夏休みの宿題を早くやるようにしたのを思い出す。僕がここでの仕事を急ぐのはそんな幼稚な理由だけでは無いが。ちらり、と横を見やる。ソファで座っている木曾。二人だけの空間がじれったい。 #座敷鎮守府

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彼女を嫌っている訳ではない。寧ろ好きだ。それ故だ、何故か恥ずかしい。木曾と二人っきりなのが。時々艦娘やスタッフが入ってくるが、それだけ。普通の男女なら良い関係になるのかも知れない。しかしそれを望んでいるのか、と自問すれば否になる。心の底はどうなのかは知らないが。 #座敷鎮守府

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心の底は何時だって深淵だ。おぞましい物が隠れている。僕はそんな自分に銃を突き付けるような自制をして生きてきた。――我ながら酷く女々しい独白だ。「何だ、終わったのか」木曾が視線に気付く。「あぁ、まだ時間がある。散歩に行こうか」二人で部屋から出る、何時もの日課だ。 #座敷鎮守府