走れ俺社畜艦
きょう未明俺社畜艦は先輩を呼びつけ、メールし会議し、一ヶ月放置されたタスクを片付けろと伝えた。俺社畜艦には金も、暇も無い。女房も無い。十七の、イカれた娘と二人暮しだ。
2014-09-12 19:23:56この娘は、Twitterの或る命知らずな一牧人を、近々、花婿として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。俺社畜艦は、それゆえ、花嫁の衣裳やら花婿の棺桶やらを買う金を稼ぎに、はるばる職場にやって来たのだ。
2014-09-12 19:30:02先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。俺社畜艦には竹馬の友があった。エリート社畜艦である。今は此の職場で、上司社畜をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。
2014-09-12 19:31:31毎日会っているので、訪ねて行くのが楽しみでない。歩いているうちに俺社畜艦は、職場の様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、職場の暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、職場全体が、やけに寂しい。
2014-09-12 19:33:32のんきな俺社畜艦も、だんだん不安になって来た。職場で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、三年まえに此の職場に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、職場は賑やかであった筈はずだが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。
2014-09-12 19:35:14しばらく歩いてベテラン社畜艦に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。ベテラン社畜艦は答えなかった。俺社畜艦は両手でベテラン社畜艦のからだをゆすぶって質問を重ねた。ベテラン社畜艦は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
2014-09-12 19:36:50「無能な営業担当者は、社畜艦を轟沈します。」 「なぜ轟沈するのだ。」 「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。」 「たくさんの社畜艦を轟沈したのか。」
2014-09-12 19:38:40「はい、はじめはPM社畜艦さまを。それから、ボス社畜艦を。それから、新米社畜艦さまを。それから、契約社畜さまを。それから、部長社畜艦さまを。それから、数少ないエリート社畜艦様を。」 「おどろいた。無能な営業担当者は乱心か。」
2014-09-12 19:41:12「いいえ、乱心ではございませぬ。社畜艦を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、過去に決めた仕様をも、お疑いになり、テスト計画をしている社畜艦には、仕様ひとつずつ変えることを命じて居ります。御命令を拒めば全てを変えられて、サビ残させられます。きょうは、六人轟沈されました。」
2014-09-12 19:44:36聞いて、俺社畜艦は激怒した。「呆あきれた営業担当者だ。生かして置けぬ。」 俺社畜艦は、単純な男であった。殺意を、背負ったままで、のそのそ会議室にはいって行った。たちまち彼は、役員に捕縛された。調べられて、俺社畜艦の懐中からは三式弾が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。
2014-09-12 19:48:15俺社畜艦は、営業担当者の前に引き出された。 「この三式弾で何をするつもりであったか。言え!」暴君営業担当者は静かに、けれども威厳を以て問いつめた。その営業担当者の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
2014-09-12 20:04:24「社畜艦を無能の手から救うのだ。」と俺社畜艦は悪びれずに答えた。 「おまえがか?」営業担当者は、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの忙しさがわからぬ。」
2014-09-12 20:05:53「言うな!」と俺社畜艦は、いきり立って反駁した。「システムの仕様を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。営業担当者は、社畜艦の忠誠をさえ疑って居られる。」
2014-09-12 20:06:53「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。社畜艦の言うことは、あてにならない。社畜艦は、もともと不具合のかたまりさ。信じては、ならぬ。」営業担当者は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが。」
2014-09-12 20:08:52「だまれ、下賤の者。」営業担当者は、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、社畜艦の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、仕様変更になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」
2014-09-12 20:12:19「ああ、営業担当者は悧巧だ。自惚れているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、俺社畜艦は足もとに視線を落し瞬時ためらい、
2014-09-12 20:13:32「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の美女に、焼肉を奢りたいのです。三日のうちに、私は恵比寿で焼肉を食べさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」
2014-09-12 20:15:11「ばかな。」と営業担当者は、嗄がれた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」 「そうです。帰って来るのです。」俺社畜艦は必死で言い張った。「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。美女が、私の焼肉を待っているのだ。
2014-09-12 20:17:11そんなに私を信じられないならば、よろしい、この職場に上司というエリート社畜艦がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人をサビ残させて下さい。たのむ、そうして下さい。」
2014-09-12 20:18:48それを聞いて営業担当者は、残虐な気持で、そっと北叟笑んだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの社畜艦を、三日目に轟沈してやるのも気味がいい。
2014-09-12 20:20:37社畜艦は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの社畜艦をサビ残の刑に処してやるのだ。世の中の、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。
2014-09-12 20:21:33「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと轟沈するぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」
2014-09-12 20:22:44