デストロイ・ザ・ショーギ・バスタード #2
「30秒」タチアイニンが無慈悲なコールを行うとアトモスフィアが張り詰め、緊迫感がなお増す。ニンジャスレイヤーは戦局を見据えた。「20秒」額の汗を拳の甲で拭う。敵を睨む。「10秒」「オヌシの絶大な自信を打ち砕き、その後に……殺す」ピシャリと指した!「8九、アイアンゴーレム」 21
2014-09-28 13:44:48ニンジャスレイヤーは徹底して強気の攻めであった。全戦力を中央に集め一点突破を狙っている。ショーギにおいて、序盤戦は陣形を整えることに注力する。この段階では有利不利はまだ殆ど見えない。だが戦端が開かれ、中盤戦が開始すると、チェインリアクションめいた死の連鎖核爆発が始まるのだ。 22
2014-09-28 13:49:42「フゥーム……」マタドールが初めて長考した。まさか相手が8九、即ち戦場の中央にここまで拘るとは思っていなかったからだ。一見、敵は敗北必死の作戦に惜しみなく戦力を注ぎ込むような、無謀な自殺行為を行っているようにも見える。だがそれはブラフで、何らかの策があるかも知れぬのだ……! 23
2014-09-28 13:53:23既に戦場中央は、死屍累々の様相。彼の側には、まだヤリが控えている。ヤリを8九に進ませればアイアンゴーレムを殺せる。本来、チェスと同じく、相手の駒に重ねれば無条件でそれを殺せる。だが、気迫……相手の気迫が、マタドールの手を止める!本当にこのヤリでアイアンゴーレムを殺せるのか? 24
2014-09-28 13:58:46マタドールの心眼には、セキバハラ荒野に聳え立つ恐るべきアイアンゴーレムが見えた。(((本当に殺せるのか…?)))読者の皆さんは何を愚かな事を、と思うかもしれない。当然、ヤリで殺せるはずだ。ルール上はそうなっている。だが、このような錯覚は、実際のメイジン戦でもしばしば起こる。 25
2014-09-28 14:05:36「どうした、手が震えているぞ、マタドール=サン」ニンジャスレイヤーが拳で汗を拭いながら言う。その声がマタドールのニューロンをざわつかせる。「否、ニンジャスレイヤー=サン、貴様のブラフもここまでだ」彼は勝負に出る気だ。「貴様には策など無い……!」そして、指した!「イヤーッ!」 26
2014-09-28 14:09:45「8九、ヤリ」タチアイニンが言う。ゴーレムを取った。「ハァーッ!ハァーッ!」マタドールは汗を拭った。全力カラテ・スパーリングを30分休み無しで続けたような消耗だ。高段位メイジン同士の対決になると対局中のカロウシや狂死も珍しくない。命を賭けたショーギとは、まさにイクサなのだ。 27
2014-09-28 14:13:58「ヌゥーッ……」これに対し、次はニンジャスレイヤーが長考に入った。フットソルジャーの堅牢な防衛線越しに、敵のヤリがショーグンを狙っている。心理的な形勢は逆転し、このままショーグンを貫き殺されそうな錯覚に陥る!「ニンジャスレイヤー=サン」マタドールが言った。「血が出ているぞ」 28
2014-09-28 14:18:45「……」彼は己の手元を見た。「忍」「殺」の鋼鉄メンポの顎先から、ぽた、ぽたと血が滴っている。鼻血であった。ハッカーの攻防と同様、極限状態でニューロンを酷使し続けた事で一部が灼けつき、出血したのだ。「ニンジャスレイヤー=サン、やはり貴様には策など無かった。シロウトの指し筋だ」 29
2014-09-28 14:22:32「10秒」不意に聴覚が戻る。タチアイニンの無慈悲なコールは、ニンジャスレイヤーの時間切れ敗北まであと一歩と迫っていた。「ヌウーッ……」彼は止むを得ず、指した。「18十四、ウマ」タチアイニンが言う。冴えない悪手。マタドールは額に皺を刻みながら、敵を嘲笑うように両目を見開いた。 30
2014-09-28 14:28:42「メッキが剥がれたな、ニンジャスレイヤー=サン」マタドールは思考時間を使うまでもなく、即座に打つ!そして語る!「オレは貴様のような勝気なバクチ打ちを、この秘密のショーギ場へと呼び込み、何十人となく破滅させてきたのだ」その姿はまるで、猛牛の前で赤布をひらめかせる闘牛士の如し! 31
2014-09-28 14:35:33対するニンジャスレイヤーは攻め入る隙を見いだせず、防戦一方の状態だ。ナムサン!(((ニンジャスレイヤー=サン……私のウカツのせいで……!)))拘束ナンシーはエンガワの外で苦悶の表情を浮かべ、頭を振った。その胸と頭には左右からクローンヤクザのチャカ・ガンが押しつけられている。 32
2014-09-28 14:41:01(((イヤーッ!)))(((グワーッ!)))(((イヤーッ!)))(((グワーッ!)))ショーギ盤を介したイマジナリー・カラテが、ニンジャスレイヤーを連続で殴りつける!彼はショーギ有段者ではない。幼い頃、祖父の家の狭いチャノマで教わり、サラリマン時代に上司と打った程度だ。 33
2014-09-28 14:44:28フジキドの意識が薄れてゆく……ショーギ盤が霞んでゆく……。(((フジキド……おお、フジキドよ……)))彼のニューロンの奥底で、血の池の底からゴボゴボと涌き上がるような哄笑と、内なる禍々しきニンジャソウルの声が響いた!(((何たるブザマ……8九にウマを送り込むのだ……!))) 34
2014-09-28 14:51:02それこそは、あのマルノウチ抗争の夜、瀕死のフジキド・ケンジを死から甦らせた、ナラク・ニンジャの声であった。(((8九に……ウマ……)))ニンジャスレイヤーはカッと目を見開き背筋を伸ばすと、ピシャリと指した!「8九、ウマ」「……最後の足搔きか?」マタドールが片眉を吊り上げる。 35
2014-09-28 14:56:09相手の攻撃をひらりと躱すように、マタドールは素早く次の一手を指した。「8九、フットソルジャー」だが、ニンジャスレイヤーも即座にそれに応ずる!「8九、チャリオット」「8九、オイラン」「8九、ブラインドタイガー」死の応酬……!しばし、駒の鳴る音と、タチアイニンの声だけが響いた! 36
2014-09-28 15:03:59(((何だ……この指し筋……まるで別人……いかなる戦死者も犠牲者も……厭わぬ……地獄の悪鬼めいた……非人道的指し筋……!まさか先程までの悪手……全て……ブラフ……!?)))マタドールは顔を上げた。ニンジャスレイヤーの右の瞳が収縮し、火のついたセンコめいて禍々しく輝いていた。 37
2014-09-28 15:10:41「言った筈だ」ニンジャスレイヤーは言った。「オヌシの絶大な自信を打ち砕き、その後に……殺すとな」何たるキリングオーラ!敵がサンシタであれば……否、シックスゲイツの手練ですら、この状態の死神と睨み合えば動揺は必至!だが「……面白い!」マタドールの目はバクチ打ちの狂気で輝いた! 38
2014-09-28 15:20:33さらに連続で真正面から殴り合うかのように、両者は8九で手駒をぶつけ合った。凄まじい気迫であった。「「「ウッ!」」」タチアイニンのクローンヤクザ3人が、同時に、鼻血を出した。室内にみなぎるカラテの高まりが、至近距離で対局を見つめる彼らのニューロンにまで健康被害を及ぼしたのだ。 39
2014-09-28 15:32:20(((良いぞ…フジキドよ!儂の示す通り指すがよい……!ライオンを放て!)))ピシャリ。「は……8九、ライオン」タチアイニンが言う。ライオンが飛び掛かり、ダイミョを食い殺した。そして……死の静寂。もはや8九に干渉可能な駒は無し。九手の応酬の末、8九の殺戮は痛み分けに終わった。 40
2014-09-28 15:39:55「五分五分まで戻したか、仕切り直しだなァ」マタドールが愉快そうに言った。ニンジャスレイヤーは無言で腕組みし、刺すような視線を返す。二者はメンポの下に禍々しい笑みを刻みながら睨み合い……奪い取った手駒でスピーディに陣形を整え直す!死と再生……!再程と別物のように陣形が変わった!41
2014-09-28 15:46:35一方そのころ、ツクツクのダイス賭博場では、リアルヤクザたちの間にどよめきが起こっていた!「……まただ、また勝ちやがった……!」「信じられねえ……!」「オイ、そろそろ、あいつも裏に呼ばれるぞ……!」 43
2014-09-28 15:54:29……あの傷顔ヤクザであった。バクチの場である高足のビッグチャブ上には、既に1千万円近い万札が重ねられている。心臓が激しく鳴り、全身に混じりけの無いアドレナリンを行き渡らせ、ケミカルな粗悪シャカリキ麻薬成分を洗い流す。隣に座る相棒ヤクザの忠告の声も、もはや彼の耳には届かない。 44
2014-09-28 16:01:02「お客様、まだやりますか?」サイバーサングラスをかけたディーラーのクローンヤクザが、警告めいて言った。傷顔は己の手元を見た。今引けば1千万が懐に。だが、次勝てば1億。……尻尾を巻いて逃げられるか?この神懸かり的バクチの冴えは、今、この夜しか無いかもしれぬのに。傷顔は唸った。 45
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