2014年10月9日

【 The world moves for two people 】 #1

をべくん応援してる(はぁと
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ْ @_wobe

「…おいおい」徹夜明けの嗄れ声で毒づいた男、手には受話器、外は暗い。

2014-10-08 22:20:21
ْ @_wobe

薄汚れたハンチング帽に隠れて目の表情は窺い知れないが、無精髭が目立つ口は苦々しげに歪んでいる。埃と灰に塗れた黒いコートの下はよれよれのグレーのワイシャツ、趣味の悪い紫色のネクタイは外れかかっていた。そんな風体の男が凭れかかるのは公衆電話ボックスの扉。照明がチカチカと点滅している。

2014-10-08 22:25:49
ْ @_wobe

「困るんだよ、こういうの」『知らんがな。トラブルとアクシデントに適切な対処を行うのがエージェントの役割だとボクは思うけどな』電話の相手は気心が知れた仲であるらしい。ボーイソプラノの嫌味な口ぶりに内心辟易しながら、ハンチング帽の男は後ろ首を掻いた。「話をはぐらかすんじゃねえや」

2014-10-08 22:30:35
ْ @_wobe

「元締めがしっかりしてくれねえと末端に皺寄せがいくだろうが、情報セキュリティはどうした情報セキュリティは」『じゃあ言いますけど、御宅の一族郎党はどないな理由で今の今まで存続できたんですか。そもそもこれは御宅の認識の甘さが招いた事態なんちゃいますか?』「違えだろ!」

2014-10-08 22:35:54
ْ @_wobe

「ったくエセ京都弁が毎度毎度偉そうに」『何がエセ京都弁じゃ、ボクは民俗史専攻やぞ。…ま、今回の件は穏便に収めたいのがボクと親父さんの本音やけど、君アレやろ?顔見知りなんやろ?』男は一瞬の躊躇いの後、ボソリと呟く「…まあな」『なら話は早いわ』「おいそれはおかしいだろクソトカゲ!」

2014-10-08 22:40:07
ْ @_wobe

『言葉に気ィつけな。そりゃ経験も浅く見聞も広うない君にとってはボクは強く賢いヤマタノオロチに見えるかもしれへんけど、上司である事には変わらんのやからな。これは内部保安部門の総意でもある、要は命令ちゅう事を忘れちゃ困るに』「だからってなあ!」男はドンドンと薄い壁を叩きながら怒鳴る。

2014-10-08 22:45:01
ْ @_wobe

『ボクも気は進まんよ。ただ此方もアンドリューの奴が目ェ光らせてて、思うように動けんわ。事態は一刻を争う。なに、少しばかり話せばすぐ納得する思うよ?あの子も、もう子供じゃないやろ』「ガキだよ。…何も知らねえ、糞ガキだ」『じゃあその説得も、歳の近い君に任せてええんちゃうかな』「……」

2014-10-08 22:50:44
ْ @_wobe

『じゃ、そういう事で』「…作戦は」『今の所変更無し。奴の所在は変わっとらんようやね』「了解。12時まで通信は控える。一応速水を後ろに張り付かせといてくれ」『ゲー。伝えとくわ…そんじゃ、頼むで“お兄様”』「!」男…差前鼎蔵が目を見開くのと、回線の切断が同時だった。「クソッ!」

2014-10-08 22:57:09
ْ @_wobe

差前は悪態をつきながら受話器を打ち捨てる。ガッ、と嫌な音をたてながら跳ね返った受話器が左手の甲にぶつかり、思わず顔を顰めた。自暴自棄な行動は己の損失しか招かない。いつか誰かに言われたその言葉を思い出して、ようやく怒りを抑え込んだ。帽子を脱ぎ、わざとらしく深呼吸をする。

2014-10-08 23:02:58
ْ @_wobe

それは彼の柄ではない。何時もならば思わせぶりなニヤついた笑みを浮かべて誤魔化すような、現在己が抱えているものは、そんなつまらない動揺である筈だった。しかし今日の彼はどこか妙だ。安定感が欠けている。財団エージェントとしての。あの忌まわしいトカゲの抜身の“刀”としての。

2014-10-08 23:06:41
ْ @_wobe

彼は嫌な目つきのまま、透明な電話ボックスの向こう側に広がる風景を睨みつける。午前中暴威を振るった風雨が嘘のように晴れた、穏やかな夜の景色が広がっていた。…オーケー、落ち着け。何も変わっちゃいない。景色も俺も平常通りだ。厄介な面倒事が大嫌いなのはいつものこと。おかしい事は何もない。

2014-10-08 23:12:46
ْ @_wobe

溜め息をついて、凭れかかっていた扉から背中を離す。角に立てかけていた小さなゴルフバッグを手に取ると、ヨロヨロとした動きで電話ボックスから退出した。夜の匂いを鼻腔で感じながら、所々がひび割れたアスファルトを跨ぎ越していく。ここは高速道路沿いの駐車施設であるが、人気は無い。

2014-10-08 23:19:53
ْ @_wobe

前方で何か小さなものが落下する物音がして、彼は思わず身構えた。…が、直ぐに肩を竦めて再び歩を進める。視線の先には赤い自動販売機。こんな所でも、いやこんな所だからこそ、無人機械というものは沈黙の中ひっそりと控え、漠然と利用者を待ち続けているものだ。

2014-10-08 23:25:07
ْ @_wobe

自販機の前には一つの人影。身長は160よりも少し低いくらいだろうか。小柄な身体に大きめの学ランを着込み、背中には身長の倍以上の長さの筒状のバッグを背負っている(まるで小人の様だ)。緑がかった黒色のキャップを目深に被り人相は不明だが、肩の辺りまで伸ばした黒髪は女性的特徴が見られた。

2014-10-08 23:33:58
ْ @_wobe

…否、目の前の人物が女であることを、既に彼は知っている。「……」差前に気がついた“彼女”は、ゆっくりと顔を上げた。端正な、というよりは、少女然とした可愛らしさが勝る顔立ち。微かに頬を染め、瞳は潤んでいる。彼はその理由を知っている。「…鼎蔵お兄様、」彼女は言いかけて、止めた。

2014-10-08 23:38:47
ْ @_wobe

自らの間違いを戒める為か、それとも目の前の相手を威圧する為か、男装の少女は微かに眉を顰め、刺々しい口調で第二声を言い放った。「遅かったですね、“頭領”様。用件は済んだのですか?」「…ああ」こいつ、と苦々しげに思いながら、彼は頷く。「早く帰れ。何度も言うが仕事の…」「嫌です」即答。

2014-10-08 23:58:27
ْ @_wobe

「嫌ですって、お前…」「養父さまから聞きました。て…頭領様が既に家業を継いでおられる事を。ならば私もその一端を伺い知らねばなりません。一族の者として」彼女はきっぱりと言い放った。「いや、だからそれはお前の仕事じゃ…」「何故ですか?私が女だからでしょうか?」「そういう訳でもねえよ」

2014-10-08 23:58:50
ْ @_wobe

差前は神妙に目を瞑り、帽子越しに頭を掻いた。「なんつーかな…まあ、取り敢えずそれ、一つくれよ」視線の先は彼女がさり気なく後ろに回していた両の手、そこに収まっている二つの缶コーヒーだった。それを見咎められた少女は顔を赤らめ、明らかな動揺を見せる。「これはっ、どちらも私のものです!」

2014-10-09 00:04:20
ْ @_wobe

「はあ。子供の癖に二缶も飲むなんて、冒険者だなお前…いや、寧ろガキ臭えが」「な…馬鹿にしないでください!私とて“刀”の一族の端くれ、幾ら養子の身であろうとも人並みの意地はあります!」そう叫びながら大きく振りかぶり、缶コーヒーの一つを差前に投げ渡す。「結局くれるのかよ」「温情です」

2014-10-09 00:09:07
ْ @_wobe

少女は差前から顔を逸らした。彼は溜め息をつきつつ缶を開けた。「ありがとよ」「……」短い静寂が訪れ、遠くから聞こえる風や梢の擦れる音、そして若い男がゆっくりと生暖かい液体を嚥下する低い小さな音などが空間を支配する。

2014-10-09 00:15:19
ْ @_wobe

徐に少女が口を開いた。「…仕事」「ん?」「大丈夫なのですか」「どういう意味だよ」「過酷だと、伺っています」「また養父さまから、か。随分と筒抜けだな」「大丈夫なのですか」「……」差前はちら、と缶の中身を確認する。もう空だ。「心配でもしてるつもりか?」「……」「そんな義理も無え、か」

2014-10-09 00:20:30
ْ @_wobe

「私は!」少女は顔を上げ、男を見つめた。切実な表情が其処にあった。男は耐え切れず目を逸らす。…数秒後、少女も同様に視線を落とした。「…私は、」「帰れ。もう遅い、タクシーでも呼んでやるよ」差前は空になったコーヒーの缶をアスファルトの地面に置いた。「…今夜の事は忘れろ。全て悪い夢だ」

2014-10-09 00:24:46
ْ @_wobe

「……」無言のままの少女と缶コーヒーを置き去りに、男はその場を後にする。嗚咽が聞こえた気がしたが、既に彼の顔は無機質な仮面に覆い隠されていた。

2014-10-09 00:27:37
ْ @_wobe

…その10m後方!もう一つの自動販売機の裏で二人の一部始終を見届けていた狩衣姿の男は、その覆面の奥の表情を歪ませながら秘密無線機に向かい呟いた。「…対象の移動を確認。関係者の速やかな制圧後、本作戦は次の行動へと移行する」『了解。紅屋教授の座標に変化ありません』「ふむ…攻略戦、か』

2014-10-09 00:32:33
ْ @_wobe

通信が切断される。世界オカルト連合108評議会構成組織の一つ・五行結社の油断ならぬエージェントは、この先起こるであろう血濡れの未来に想いを馳せた。

2014-10-09 00:36:29
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