- kaizer_6525
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思い立つとすぐに執務室の扉へ手を掛けた。出ても誰かいないだろうか。そんな不安が頭を過る。だが書類を片付けた後という事もあり、すでに夜更け。それにやめるのならば、今更関係はない。さっさと告げてやろう。暗闇の通路が待つ、扉が開いた。
2014-10-18 03:05:32「鈴谷……?」まさか、そんな馬鹿な。まだ笑い足りないというのか?どこまで私を愚弄するのか?苛立つ感情を吐き出すか迷う。思いのままに殴れば、楽になるかもしれない。気が済むかもしれない。
2014-10-18 03:08:35それでも、彼には出来なかった。どん底に堕とされた原因が彼女かもしれないが、救ってくれたのもまた彼女だったから。無なら無のままにしておいてくれたらよかったのに、とは思わなくもない。
2014-10-18 03:11:25本当は話し掛けてくれた時に言うべきだったのに。どうして今まで言えなかったのか。自分でもどこか情けをかけられている気持ちが、やはりあったのだろう。そんな気持ちで接してくるなら、礼は言わなくてもいいと思ったのかもしれない。
2014-10-18 03:15:56目を覚ますと、見慣れた白いジャケットが掛けられていた。すぐ様、提督の姿を探す。執務室、私室、工廠、食堂。ありとあらゆる思いつく場所を、忘形見のように強く握りしめた上着と共に走る。
2014-10-18 03:19:28結局、提督はもう戻ってこなかった。新しくやってきた提督は、実績も階級もルックスも遥かに上。まさに最後、彼から皮肉られたように。
2014-10-18 03:22:06「鈴谷、どうかしたのか?」上の空だった彼女は、急に声をかけられ身体を跳ねさせた。執務中に浮つくなど、あってはならない。「あはは、ごめーん」素直に笑えているだろうか。そんな思いを胸に抱えながら、彼女は笑顔を作る。
2014-10-18 03:24:37それから、二ヶ月後。すっかり様変わりした元提督は、実家を継ぐことになっていた。元々継ぐ予定だったそれが、彼には合っていたのか生き生きした顔をしている。
2014-10-18 03:28:08「いらっしゃい。なににします?」小さな個人商店といえ、客足は多い。連日の忙しなさから、すっかり鎮守府での生活も忘れていた。
2014-10-18 03:30:29「いらっしゃい。おや、君は見掛けない顔だね?」足を運ぶのはほとんど常連だけなそこに、見慣れぬ顔が来ることはそれほど珍しかった。暗い茶髪の髪を揺らして、女性は口元だけで笑って見せた。
2014-10-18 03:33:04「あの時のこと、謝らなくちゃって。ずっと思ってて」身体を折り、頭を下げる。謝る時の態度すら適当だった鈴谷と同じとは思えない。「ごめんなさい。許してもらえるなんて、思わないけど……謝らなくちゃいけなかったんだ」
2014-10-18 03:42:14その言葉を聞いて、卑屈になる。言わなくてもいいことだけが、するりと口から漏れた。「結局、自分の気持ちの整理がしたかっただけなのか」
2014-10-18 03:43:41「そうかもね」破顔した鈴谷が続ける。「提督にはまた謝らなきゃだね」「……もういい。終わったならさっさと帰れ」帰宅を促す男の手を、鈴谷が握った。
2014-10-18 03:45:36