- meganesense1
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とある、死んだ村。朽ち果てた家屋の中に転がるのはいくつかのしゃれこうべ。ずたずたになったむしろが、風に舞い、飛んでいった。まるっきり生を感じさせないその村の上空を真っ黒な鴉が憂鬱な声を上げながら旋回している。 ざっ、ざっ、ざっ 色を失った村の中を女が一人歩いている。 1
2014-11-12 20:57:58女の姿は奇妙だった。風になびく艶やかな栗色の髪を両脇で束ね、それぞれに洋菓子の形をした髪留めが付いている。桃色と水色の縞模様の洋服に、腰までの丈の白い外套を重ね、腰より下は桃色の筒状の衣服で覆われている。 2
2014-11-12 21:01:04そして、そこから伸びる肉付きのよい足は白い靴下に包まれ、その先は赤い光沢のある靴に収まっていた。 黄ばんだ大地と灰色の空の下で、彼女だけが不気味なほどに色鮮やかだった。そして奇妙なことは、その姿だけではなかった。 「くるくるくるくる、みらくるー」 3
2014-11-12 21:04:55歌だ。歌いながら女は歩いていた。 「まーじまじまじまじかるー。まーじまじまじまじかるー。」 死んだ村には不似合いなほどに楽しげに女は歌う。面妖な歌詞。 「みらくるまじかるわんだふるー!いえーい☆」 「ケェー!」 鴉が悲鳴をあげ、死体の腕のような木の枝から飛び立った。 4
2014-11-12 21:05:31なおも女は歌いながら足を進める。彼女の進むその先には巨大な門があった。 その木製の門には真っ赤な赤鬼が描かれていた。ぎらぎらとした眼で来るものを全てを睨みつけ、おおきく開いた口の中には赤黒い炎が踊っている。おぞましい門だ。門には表札がかけられている。 「義羅」 5
2014-11-12 21:14:37表札には荒々しい筆文字でそう書かれていた。そしてその下には、なんということだろうか、胸を釘で打ちつけられた死体が垂れ下がっていた。死体はもう長いことそうしているのだろう、すでに干からびた肉袋と化し、門の一部のようにさえ見えた。 6
2014-11-12 21:15:56「るるるみらくるー。るるるまじかるー」先ほどの女が門の前に到着した。哀れな死体を一瞥し、しかしそれに動じることもなく門へと手を伸ばした。 「立ち去れ」 そのとき、頭上から声が聞こえた。7
2014-11-12 21:17:18「よよ?」女が声のした方へと顔を向けた。黒装束に身を包んだ異様に小さな男が、門の上に両足で立っている。 「立ち去れ」 黒頭巾から覗く目が怪しく輝く。 「あ、ひょっとして門番さんかな?おーい」女がぴょんぴょん跳ねる。 「立ち去れ」 「あけてくださいー」 「立ち去れ」 8
2014-11-12 21:23:59「おねがいしますにぃー」 「警告は、した」 黒装束の姿が消えた。否!鉄砲玉のように女に向かって飛び出したのだ。 いつの間にかその両手には鋭いかぎ爪が出現している。それで女を八つ裂きにするつもりなのだ。間近まで、黒装束の目はハッキリと女の姿を捉えていた。そのはずだった。 9
2014-11-12 21:27:20しかし男が立っていたのは、血だまりの中ではなかった。 「ひゃあ!いきなりあぶないにぃ」 目の前には頬を膨らませた、女。その体は五体満足。 黒装束は己の手元に目をやり、再び女へと目を向けた。10
2014-11-12 21:28:42(はずした?いや、そんなはずはない。確かに俺は女を引き裂くつもりだったのだ。そうなのだ。しかし女は無事でいる) では。 (女が、避けた?)11
2014-11-12 21:32:43黒装束の背筋を冷たいものが走っていく。とてつもなく悪い予感がする。急激に口の中が乾く。幻想、真実、頭の中が渦を巻く。 「こらー!」 その渦に一滴、言葉が落ちる。女は続けて言った。 「いきなり女の子に飛び掛かるのはマナー違反だにぃ!ぷんすかー!」 12
2014-11-12 21:33:47(ならば試してやる) 黒装束が跳ねた。再び鉄砲玉となって女へと向かっていく。 異常なまでに小さな体躯と驚異的な脚部の筋肉、二つの身体的な特徴こそがこの男の動きの秘密である。しかしそれが分かったからとて、彼の動きに対応することは容易なことではない。 13
2014-11-12 21:36:19「スネカジリ」大人の男の脛程度しかないその体躯から男はそう呼ばれていた。しかしその名で彼を馬鹿にする者はいない。馬鹿にした者は皆八つ裂きにされて死んだ。 空中で黒装束が縦回転する。全身刃の凶器の歯車が女に迫る。哀れ女の身体は八つ裂き、否、十六裂きになるのも必死と思われたが… 14
2014-11-12 21:38:00ガッッ…ギギギギィィィィィ それは肉が裂ける音ではない。ましてや悲鳴でもない。 それは歯車がかみ合う音。男の技が敗北したことを証明する悲しき鐘の音。15
2014-11-12 21:42:05黒装束が目を見開く、その眼前には 「にゃー!」 ねこ! 「あぉー」 二匹のねこ! かぎ爪を受け止めたのは女の手に一本ずつ握られた棒であった。右は桃色、左は水色、そして両方の先端には可愛らしい猫の顔の細工がなされていた。16
2014-11-12 21:43:42「ば、馬鹿な!」 男の慟哭を消し去るように、眼前の女が大音声で叫ぶ! 「ネコバトン!れでぃーいごーう!」 女の腕が、女の脚が、力強く引き締まる。男の体を裂く様に両腕を動かしながら、踏み込んだ足の力を使いその場で回転する。 17
2014-11-12 22:45:19「ウゲアーッ!」 かぎ爪は粉々に砕け散り、スネカジリの身体が天高く舞い上がった。 (まずい、これはまずい!早く、早く態勢を立て直さなければ) 「にぃ!」 「ひぃ!」 空中でもがくスネカジリの前に、突如、女が出現する。まさかここまで飛び上がってきたというのか!18
2014-11-12 22:45:40女が両腕を構える。 「や、やめろ!」 「ねこすまーっしゅ!」 「ゲアーッ!」 女の細腕から繰り出されたとは思えない重い一撃、スネカジリは鉄砲玉のように吹き飛び、そして門に激突! さらに門を突き破り、血を吐きながら消えていった。19
2014-11-12 22:46:13それに遅れて、軽やかに女が着地する。そして両腕に持った棒をひとしきりくるくると回転させ、やがて独特の構えをとった。 「ぴしっ!」 「にゃー!」「あぉー」 二匹のねこの咆哮が、轟く。 「れっつごー!」女はゆっくりと歩き出した。赤鬼の口は開いたのだ。20
2014-11-12 22:46:47人心乱れ、天地乱れる。 日々、各地で小さな火種が起こるこの時代。その男もまた、火に煽られた者の一人であった。生まれた村を飛び出し賊に加わった、その頃の彼の名前を知る者はいない。誰の記憶にも残らないような男だった。非力で無知で、賊には到底向かないような男。21
2014-11-13 22:41:32自ら背負った荷物の重さに動けなくなり、その上から人に踏まれ、潰され、土くれと化す。それはこの時代では珍しくもないことであった。男の運命もまたそうなるかのように思われた。しかし、男の運命は大いなる力によって捻じ曲げられた。22
2014-11-13 22:42:24男は変わった。手始めに賊の頭領を殺し一味を乗っ取ると、手下を率いて村々を襲い、略奪を繰り返した。 男は変わった。逆らう者は殺した。逆らわなくても殺した。機嫌が悪ければ奪った。機嫌が良くても奪った。23
2014-11-13 22:44:23やがて男は「赤鬼の義羅」と名乗るようになった。荒くれ者を率いた彼は、滅ぼした村の大きな館に住み着き、買った奴隷に大きな門を建てさせた。完成と同時に奴隷は殺された。門に描かれた鬼は力の象徴だ。門を開けられるのはこの世で「赤鬼の義羅」ただ一人、のはずであった。24
2014-11-13 22:49:48