小沢一郎と「日本改造計画」

まとめました。
政治
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MANBOU @D_Manbo
昨日12時過ぎまで会議をしていたそうだ。また、「選挙中は眠れないことはなかったが、当選後初めて眠れない夜を過ごした」と。台北に、本当の意味で責任感がある市長が誕生した。>柯文哲公佈:第一副市長鄧家基 - Yahoo奇摩新聞 tw.news.yahoo.com/%E6%9F%AF%E6%9…
MANBOU @D_Manbo
昨日の蔡英文(民進党党首)の昨日の挨拶も良かった。「これから薄氷を踏む思いでやっていく」。現状を正確に理解している。今回の民進党の圧勝は民進党への肯定ではなく。国民党へのNOだから。この点は昨日@taiwan_no_chenさんも指摘していた。
MANBOU @D_Manbo
嘗て日本の某野党が選挙で躍進した時、それが単に自民に対するNOである点に気づかず、「山が動いた!」と欣喜雀躍し、忽ち支持を失ったことを思い出した(若い人は知るまいが)。それに較べ、台湾の民進党党首・蔡英文の昨日の謙虚なスピーチは見事だった。「薄氷を踏む思いでこれからやっていく」。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
あれ以来、日本の非自民勢力は「現政権の非を鳴らせば議席が増える」「ついには政権が転がり込む」という、成功のジレンマにはまったのだと思う。その極が民主党。もう一つの道は「連立で自民政権になだれ込む」というものだったが、そちらは、公明以外すべて失敗に終わった。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
その二つの道の両方を主導したのが、小沢一郎氏。しかし、実はもう一つ、「まっとうな政策で勝負する」「そのために体系的な政策を構築する」という選択肢もあった。当初それを目指した小沢氏が新進党で失敗し、二つの詭道に次々に走ったのが、この20年の日本政治の不幸だったとも言える。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
さっきのツイート。正道を目指す人々も、当然いた。それも、かなり多数。古い体質を温存したまま政権復帰した自民党を彼らは見限ったが、民主党の新しさには期待していた。小沢氏の詭道に対しては、すべては政権を獲ってからの話、それまでは詭道に頼るのも仕方ない、と思っていた。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
実は僕も、小沢氏の詭道は政権獲得までの便法で、権力を握った途端別のことを始めるのではないか、とも半分くらいは思っていた。彼は古い自民党政治を打破するために離党したはずで、その理想を忘れては、政治の世界で生きて来た意味がない。とすれば、突然に変貌するのではないかと。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
もちろんそれは、彼を政権の座に押し上げた支持者を裏切ることになるので、民主主義の観点からは問題がある。だが、敢えてそれをやるのではないか。もしそうなれば、憲法政治の大きな実験にもなる。危惧しつつ期待したのだが、そのシナリオは、ついに実現しなかった。
前田 克己 @maekatsu
@tamai1961 私としては、野村沙知代氏を立候補させようとしてた時点で、信用出来ない政治家だと思ってました。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
こういう話は20代の若い人にはまったく通じないのだが、小沢一郎氏の『日本改造計画』を読ませると、印象が一変する。たしかあれが出たのは1993年。たとえばそこに、消費税を早期に10%にする、と明記してある。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
それでも、今の学生は、まだ彼の名前は知っている。来年入学してくる学生は、彼の名前を知らない、知っていても、消え去りつつある泡沫政党の党首としてしか知らない、というのが多数になるだろう。感慨を覚える。
Kotosaka (琴坂将広) @kotosaka
@tamai1961 本人が書いたのではなく、複数の学者や官僚が書いたという話を聞いた事があります。でないとその後の体たらくが説明し辛いかと。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
ただ、あるところまでは、あれに沿ったことを主張し、実現しようとしていたのです。 @kotosaka 本人が書いたのではなく、複数の学者や官僚が書いたという話を聞いた事があります。でないとその後の体たらくが説明し辛いかと。
池田信夫 @ikedanob
『日本改造計画』で小沢さんが書いたのは、グランドキャニオンのまえがきだけ。ゴーストライターの編集長は大蔵省の某課長で、竹中平蔵さんや伊藤元重さんが執筆(本人から聞きました)。それぐらい当時は政官学の歩調がそろっていたのです。惜しいチャンスを逃しました。 @tamai1961
Kotosaka (琴坂将広) @kotosaka
@tamai1961 実に惜しいです。変える力を握れたはずの人だったので。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
『日本改造計画』の執筆者をめぐっては、当時から、さまざまに取りざたされていました。ただ、小生のタイムラインを見ても、正確な情報もあれば不正確な情報もあるようですね。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
執筆者の一人だったことが不利益になる人は黙っているし、そうでもない人は割と気楽に話す、ということでしょう。ま、1992年までドイツに留学していた小生には確実なアリバイがあるので、気楽なものです。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
惜しかったですね。ここ20年に達成された改革の青写真は、ほとんどあそこに出ている。最初に取り組んだ二課題、米の自由化と小選挙区制をクリアしたところで消費税アップで躓き、詭道に走ってしまった。 @kotosaka 実に惜しいです。変える力を握れたはずの人だったので。
池田信夫 @ikedanob
小沢さんにインタビューしたとき、「グランドキャニオンの話は今でも同じ気持ちか」と聞いたら、即座に「もちろん」と答えました。でもそのときの民主党は、もう自己責任とは対極の政策を掲げていた。 @tamai1961
北條 洋平(学注❗️せめてDa埼玉県民ダさいたま市民..)(日大通信2chにぶっ壊される会 幹事長) @Jou_hou
@ikedanob @tamai1961 田中角栄の「日本列島改造論」も、御本人ではなく当時の通産省の官僚が書いたという風に聞きましたけど…そうなんですかねぇ?…
aramaki @aramaki34
@tamai1961 @kotosaka 検察の介入がなかったら、民主党政権は小沢一郎総理大臣だったんじゃないですか。 その時にその日本改造計画を大胆に推し進めていたんじゃないかとも思うですが。 いや、どうだろうか。東日本大震災で狂うかな。
harry frost @harry2000frost
@tamai1961 御厨先生の近著によると、国際関係は北岡氏、国内政治は御厨先生と飯尾氏、経済は伊藤元重氏と竹中氏が、日本改造計画に関わったと
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
差し障りのない名前だけを挙げているのでしょう。 @harry2000frost 御厨先生の近著によると、国際関係は北岡氏、国内政治は御厨先生と飯尾氏、経済は伊藤元重氏と竹中氏が、日本改造計画に関わったと
惰眠 @Damin_EN500
twitter.com/tamai1961/stat… ところがどっこい、後知恵になるけれど、そもそも「彼は古い自民党政治を打破するために離党したはず」じゃなかったんだな。単に「思い通りにならないから将棋盤をひっくり返しただけ」だったことが、後々同じことを繰り返したことで明確になった。

コメント

仏塔 ぐでだま亭免堂苦斎 @wheyh 2014年12月2日
最後の惰眠さんの見方が当たっている。小沢一郎先生が自民党を出たのは政治改革のためではなく、自民党内の権力闘争に負けたから。ただそれだけの理由。当時小沢一郎先生に大変近かった人間(政治家ではない)が言っていた。あの人は権力を奮うのが大好きなだけ。
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