「ユーレイ・ダンシング・オン・コンクリート・ハカバ」 #2
「イヤーッ!」キモン・テーブルの上に勝ち誇るように立ったサラリマンは、ワイシャツも脱ぎ捨て上半身裸になり、空中に三発ほどチョップを叩き込むカラテの型を決め、ユーレイゴスたちに自らの強さを見せ付けた。その時だ。彼の背後に突如、黒い影が現れたのは。
2010-10-15 23:01:44「イヤーッ!」その黒い影はカラテ・サラリマンを背後から軽々と持ち上げると、そのままホールの壁に向かってウドンのもとか何かのように放り投げて叩きつけた。「グワーッ!」ジンジャ・クラブの分厚い木の壁が割れるほどの衝撃。猛烈な痛みがサラリマンの全身を襲った。
2010-10-15 23:03:55地べたに這いつくばったサラリマンは、おぼつかない視界のまま、自分を襲った新手の顔を見ようと体を起こした。
2010-10-15 23:06:57その巨漢は、下半身はニンジャ装束、上半身は裸、顔にはニンジャ頭巾という服装だった。丸太のように逞しい両の上腕には、凶悪な蠍の刺青が。背中にはマリアの図案と「サンタ・マリア」というゴシック体のカタカナが。腹には「悪いスコルピオン」とカタカナで彫られていた。全身刺青まみれである。
2010-10-15 23:09:29「ついにソウカイ・ニンジャのお出ましってわけね」ブロンドの女は小型カメラでスコルピオンの姿を撮影しながら、手持ちの違法改造モバイルフォンのアンテナを伸ばした。それから、モバイルフォンから生えたLANケーブルを、自分の右耳の左斜め上くらいに埋め込まれたバイオLAN端子へと接続する。
2010-10-15 23:10:42LANケーブルがジャックインされると、一瞬にしてナンシー・リーの精神の半分はサイバースペースへとダイヴした。これによって、彼女は通常のハードタイピングの数百倍の速さでIRCチャットを行えるのだ。一般人では受けることができない、違法サイバネティック技術のひとつである。
2010-10-15 23:13:44サイバースペースを飛ぶナンシー・リーの精神は、ネオサイタマ市警のサイバー・マッポ課に見張られた油断ならないIRC領域を高速で通過し、トリイの形をした電子暗号的シークレット・パッセージを8個くぐり抜ける。電子暗号をひとつでも間違えれば、彼女のニューロンは瞬時に焼ききれていただろう。
2010-10-15 23:21:04#NS_GOKUHI:NANCY:ニンジャスレイヤー! 今すぐ応答して頂戴! オムラ・インダストリとヨロシ=サン製薬とソウカイヤの3者を結ぶニンジャと腐敗の陰謀トライアングルが、いよいよ突き止められそうなの! あなたの助けが必要よ! ソウカイ・ニンジャらしきメキシコ人を尋問して!
2010-10-15 23:30:12しかし、ニンジャスレイヤーからの返答はない。ナンシーは精神を半分をジンジャ・クラブのホールに置き、ユーレイゴスたちの波に飲まれながらスコルピオンとカラテ・サラリマンの死闘を盗撮しながら、残り半分の精神力で、サイバースペースを飛び回りながらニンジャスレイヤーへの呼びかけを続けた。
2010-10-16 00:11:09その頃、都心の片隅にあるロイヤルペガサス・ネオサイタマでは、フートンに包まったフジキド・ケンジが今なお過去の悪夢にうなされていた。「俺がもし、あの時、ああしていたら……!」
2010-10-16 00:14:22小さな網戸から忍び込んでくる重金属酸性雨の雨音と雨粒が、部屋に不快な湿気をもたらしている。今夜もまた、ストリートギャングとネオサイタマ・シティコップのカーチェイスや銃撃戦が、そう遠くないどこかでくり広げられているらしく、けたたましいサイレン音と銃声がしばしば雨音混じりに聞こえた。
2010-10-16 00:16:50だが、それらの音はフートンの中で芋虫のようにうごめくケンジ・フジキドの耳には届かない。彼の心は今、一瞬にして妻子を失いニンジャスレイヤーとして生まれ変わった、あの悲劇の夜へと引き戻されていた。そしていかなる光も、いかなる音も、今の彼の目と耳には届かないのだった。
2010-10-16 00:18:28「あの時、あの時、何故俺は……!」フジキド・ケンジは呻く。部屋の端に聳え立つUNIXサーバー群は赤と緑のランプを忙しく明滅させ、液晶面には「ユーガッタメッセージ」とカタカナが流れている。IRCメッセージ着信を告げる小鼓の電子音も鳴っているが、それら一切は彼の目と耳に届かないのだ。
2010-10-16 00:23:10「ユーレイ・ダンシング・オン・コンクリート・ハカバ」セクション2終わり。セクション3へ続く。(このエピソードは、3で完結予定です)
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