空想の街・灯りの樹の夜'14 二日目 #赤風車
もみじの鳴らす音
廃屋で一人、目を醒ました一文字は、寝ぼけた顔で横に並ぶ風車たちと家の内部を観察していた。 屋根も床も壁もしっかりしているが、襤褸だ。家具もない。流離うのに慣れた身とはいえ、これでは心許無い。最低限の掃除をさっさと済ませてみる。それだけで随分ましになった。 #空想の街 #赤風車
2014-12-13 12:52:35さて山のように畳に挿してある風車たち、これは全て紙製だ。大きさも色もまちまちだが、矢張りこれらは徒華の弟が釣ったものに違いない。あの青年の釣るものは、大体こういう色合いで、こういう形をしていて、こういう素材だった。 一文字は徐に懐から和紙と鋏を出す。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 12:54:41一文字の鋏はどこにでも売っているような鋏だ。だが少年期から放浪していた身だったので、生きるために色々とかじった。これもその一端だ。 硬めの和紙を折り、角から中心へ鋏を入れる。針金とペンチも道具袋から引っ張り出し、爪で紙に穴を開け、器用に針金を棒へ巻いていく。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:07:50凡そ上手とは言えない、歪な風車が出来上がった。中々器用に指を動かしたのに、と一文字は嘆息する。 柄だけは地元の店で卸してきたものなので立派だ。しかし形も佇まいもこれでは子供の作るほうが決まっているように思える。勿論徒華の弟が釣り上げていた風車とは雲泥の差だ。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:11:16要練習だなと一文字は胸に刻んだ。しかし上達したところで、本当に商売になるか怪しい。第一徒華の弟が釣るのは鳴ったのだ。鳴るというか、硝子球を転がすように、からからころころと奇妙な音を立てる。そこが良さだった。 遊びで、作った風車を指で弾いてみる。 ――鳴った。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:14:51ぎょっと背を強張らせ、一文字は鳴った己の風車を握り締めた。反射的に周囲に山とある風車を見るが、彼らは沈黙したままだ。髪に挿した赤い風車も鳴っていない。 ――なんだ。なんの怪奇だ。 「千草?」つい声が漏れたが、一文字本人も気づかない小ささだった。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:17:17徒華の弟の筈がない。多分。 一文字はそれでも、自分の風車が本当に鳴るのか検証を続けた。こっそり着物に忍ばせてきた道具を広げ、紙も使い切りそうになる。 結果は全て、鳴る、だった。一文字の作る風車はどういうわけかこの街でだけ、鳴るようだ。前の町では鳴らなかった。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:23:27溜息をついて風車を押しやる。部屋の隅に釣り道具とバケツがあるのを確認し、躊躇った後その中に自分が作った分を放り込んだ。当面はこれでいい。 徒華に今見せるのは、まずいだろう。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:25:08空想の街を歩け・第二幕
一方の徒華は、馴染みのあるなめらかな畳の香りに包まれて目を醒ました。時計を見てぎょっとする。普段であれば激怒した姉に踏まれている時間だ。 一文字と約束していたことを思い出し、準備をするとタウン誌を片手に孔雀荘を飛び出した。予定は少々変わるかもしれない。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:27:01様々な店に行きたかったし、色んな人に会って弟のことを聞きたかったが、住人全てには会えない。名残惜しいがそこは見切りをつけねばならない。 「一文字、起きてるか」東区南の海の近く。宿から走れば結構すぐだ。起き抜けで走った徒華は髪をぼさぼさにしながら戸を叩く。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:29:51「お前様、この寒いのに走ったのか。雨はないようだが」 数十秒程して、瞼が少し腫れた一文字が顔を出した。これは酒を呑んだ顔だ。そうか、彼はあの後で食堂に行けたのか、と徒華は安心して口を開く。 「お早う。……昼だが。その、寝坊して済まなかった。早く店に行こうか」 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:32:48「ああ、お早う。まあ気にするな。俺も今さっき起きた」さて何処に行くのだっけと一文字は外で伸びをした。冬の空気は凛と澄んでいる。息切れを整えた徒華がタウン誌を見ながら提案する。 「考えたのだけど、飾りは商人かつ甘味かつ、風車モチーフをくれそうな方にしようかと」 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:36:54「もちーふ? ああ、その形の表現の根幹か」一文字は一文字なりに片仮名を解読しているらしい。彼は怪訝そうに顎に骨ばった手をやる。「しかしそんな店というか人はいるのかね」 それなんだが、と徒華が後を継いだ。「多分今日の夜になるかと思うけど、飴売りさんなんだ」 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:39:43もしも会えたら、だが。何しろ相手は街中を歩く多忙な商売人だ。夜は時計塔付近、とあるが、何が起こるかわからない。だが一文字は同意する。「それはいい。俺は甘味が買えるしお前様も土産を買えるね」 そうだ。徒華はそこで飾りだけではなく恋人への土産も買うつもりだった。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:42:38「一文字、それで夜に落ち合うとして、これから別行動だろう? 私は姉のために酒を選んでくるつもりだ。そして時計塔の近くで、誰か人と話してみたいよ」徒華のポケットに刺さる赤い風車がから、と鳴く。 一文字は黙考した後「矢張り俺は歩き商人の先輩方に挨拶だ」と言った。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:45:36徒華は頷いて見せた。「分かった。上手く行くといいな。私は用を済ませたらずっと中央にいるから」何度も言うが口調と態度に気をつけろよ、と含み笑いをする。 一文字はそんな徒華を見て、故郷の町を離れた友人はこんな風に自由に笑うのか、と感心していた。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:47:25「じゃあ、互いの武運を祈って」徒華から差し出された拳に一文字も拳を軽くぶつける。「俺ももし手が空くようなら弟君のことを尋ねるよ。気をつけていけ」 「有難う。じゃあ、夜に中央で」そういうと、徒華は黒髪と芥子色のショールを靡かせ颯爽と歩き去っていった。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 13:49:44徒華の背中を見送った一文字は、一度三つ編みを持ち上げて首の後ろを引っ掻くと、紅の首巻を巻きなおした。 さて。家具も欲しいし、恐らく商売道具になるだろう鋏も欲しい。勿論、歩く商売人の生き様を勉強しに行くのが第一目的だが。とにかく中央のほうへ、と足を踏み出した。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 14:01:11『かぞく』と彼女の持つ柘榴
さてこちら、一文字と一旦別れた徒華である。 徒華の姉は洋物が好物だ。コロッケ、カレー、流行のカクテル。蕎麦など質素なものを好む徒華とは正反対だ。どれも高級で、地元ではまだあまり普及していないのに、徒華はよく作れと命じられる。牛肉は高いので尚無理なのに。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 14:18:24で、徒華の姉はカクテルを好む。というよりも洋酒を水のように呑むとんでもない人間である。病院に電話しなければいけない日がくるかといつも冷や汗をかくが、当人は酔うこともなくけろりとしている。笊と言うより枠。眠りもしない、脱ぎもしない、意識のしっかりした酒豪だ。 #赤風車 #空想の街
2014-12-13 14:21:10