クロの恋

第一部終了。ここまでをまとめました。
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クロ @kuronokoi

「真一さん」 聞こえない振りをして後ろにある肩にもたれた。 「す……」顔を上げ、言おうとする唇に自分の頬を押し付ける。答えられないから。だからその前に言おうとする唇を自ら塞いだ。 言ったらダメだろ? 欲されたら、拒絶しなくちゃいけないだろ? だって俺はただ、寂しいだけなんだから。

2013-11-24 19:06:22
クロ @kuronokoi

クロは黙って俺を受けとめている。ずるい俺を、ただ静かに受けとめ、それから笑った。いつもののほほんと平和な、何処か悲しそうな笑顔で俺を見つめていた。 外は寒くて、今日はクリスマスだから。 ずるい俺の、言葉にしない言い訳を、クロも何も言わずに聞いてくれた。

2013-11-24 19:20:03
クロ @kuronokoi

俺だけの言い訳なのかもしれない。クロにはクロの言い分があるかもしれない。 だけど俺は聞かないし、クロにも言って欲しくない。 好きも欲しいも、ごめんも、どれも聞きたくないし言いたくない。 ただ寂しいから。 それだけの理由で俺はクロを部屋に上げ、食事を与え、こうして帰るなと引き留める

2013-11-24 19:25:29
クロ @kuronokoi

クロの鈴がチリン、と鳴った。 綺麗な顔が静かに下りてくる。それを受けとめながら、俺はもう一度目を閉じた。 ……ああ、そういえば、本当のクロは何処に行っちゃったんだろう。

2013-11-24 19:27:55
クロ @kuronokoi

懐かしい重みが俺を包んでいる。 もっと乱暴にして欲しいと思ったが、俺は何も言わずにクロに身を任せた。 痛みが欲しいのは、俺に罪悪感があるからだ。優しくされればされるほど、身体とは別の部分が痛む。だからそれでいいと思った。 クロは何も言わず、静かに俺の上で揺れている。

2014-12-15 19:35:33
クロ @kuronokoi

クリスマスの夜。特別なことも何もない、殺風景な部屋で、クロと抱き合っている。 1人でいたくない。ただそれだけの理由で、身体を投げ出した。 揺れながら俺を見つめている顔は、相変わらず綺麗だ。 ああ、そういえば、俺はこいつの本当の名前も知らなかったんだ。 「とんでもねえな」

2014-12-15 19:35:59
クロ @kuronokoi

自分のしていることの馬鹿さ加減と、クロのお人好し加減と、そんなクロの優しさにつけ込んでいるズルさと卑しさにそう呟いた。 俺の声に首を傾げ、笑っている俺に釣られるように、クロも笑った。 こんな時でさえ、クロの顔はのほほんとしていて、今度はそれが可笑しくて、俺は声を上げて笑った。

2014-12-15 19:36:30
クロ @kuronokoi

「……気持ちいいのか?」 黙って揺れているクロに聞く。 クロはふわ、と笑ってキスを落としてきた。 俺が言葉を塞いでから、クロは喋らない。 「何か言えよ」 一緒に揺れながら俺が言うと、クロは笑って「にゃあ」と鳴いた。 初めて出会った時みたいに、クロがクロの振りをする。

2014-12-15 19:37:15
クロ @kuronokoi

「なんだよ。猫の振りかよ」 「にゃあ」 「俺は猫とセックスしてんのか」 「にゃあ」 「まあ、……それもいいか」 クリスマスだしな。 やっぱりケーキぐらいは買っておけばよかったか。 俺の上でにゃあにゃあ言っているクロを見上げながら、そんなことを考えた。

2014-12-15 19:38:30
クロ @kuronokoi

聖夜は終わり、ただの月曜日がやってきた。 外は暗く、電車もなく、窓の下にあいつもいない。 布団の中でクロが寝ている。 猫のくせに丸くもならず、人の布団を占領して、平和な寝顔を見せていた。 窓から離れ、自分も布団に潜り込むと、クロが目を覚ました。 寝ぼけたような顔が笑顔になる。

2014-12-15 19:39:03
クロ @kuronokoi

「冷たい」 冷えた身体を抱き込まれて、俺のほうが猫みたいに丸くなった。 「外見てた?」 「いや」 「いなかった?」 「別に」 「……待ってた?」 さっきまで猫語しか話さなかったくせに、人間の言葉を喋るから、今度は俺が「にゃあ」と返事をしてやった。 ふ、と息が降ってくる。

2014-12-15 19:39:29
クロ @kuronokoi

いつもと変わらない月曜の朝。 目覚めると俺は1人で寝ていた。 「クロ……?」 目を擦りながらあいつを呼んでみる。 狭い部屋の何処にもクロの姿はなく、俺のあげた鈴付きのマフラーもなくなっていた。 割れたカップの欠片も綺麗に片付いている。 昨夜の痕跡は消えていた。

2014-12-15 19:39:58
クロ @kuronokoi

挨拶もなしに出て行ったのか。 「まあ、猫だしな」 気まぐれにやってきて、好きな時に出て行けばいい。 待たなくて済むし、待つ必要もない。 仕事に出掛ける準備をしながら、帰りにケーキを買おうかと考えた。 特別な日じゃなくても、甘い物が食べたい時だってあるだろう。

2014-12-15 19:50:31
クロ @kuronokoi

来なくても俺が二つ食べるだけだ。 今度クロが来たら、名前を聞こう。 また猫の鳴き声で答えるんだろうか。そういえば、なんでクロは俺の名前を知ってたんだろう。 新しいカップも買おう。猫の絵の描いてあるやつ。 どんな顔するかな。 ネクタイを締めながら、そんなことを考えた。

2014-12-15 19:53:33
クロ @kuronokoi

いつもの日常。 起きて仕事に行き、帰って飯を食べる。 淡々と同じことを繰り返す毎日。 部屋にある猫缶のタワーもそのまま。 何も変わらない日々を過ごす。 あの日からクロは来なくなった。 変わったことと言えばそれだけ。 結局名前も分からず終い。 俺の前からあいつは消えた。

2014-12-15 19:55:41