出血性ショックのエホバ患者に輸血を行い救命した1例の論文

エホバ患者と輸血に関する論文は多数ありますが,多くは無輸血による治療が奏功したものばかりであり(実際には死亡例も多いが論文報告されていない),輸血を行った報告は非常に少ないです.今回紹介する論文は非常に特殊な状況下で,輸血による救命を優先した貴重な事例です.
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⅃ЯAƎ⊿せかんどらいふすたあと @DrMagicianEARL

交通事故の被害者で出血性ショックとなったエホバの証人の患者に対して輸血を施行し,救命しえた1例(日本救急医会誌2001;12:59-62) 母親と本人がエホバ信者で輸血拒否,父親は入信しておらず輸血希望.このような状況でどう対応したかが分かる報告.最終的に両親から感謝された.

2014-12-16 15:12:10

以下が受傷から救命にいたるまでの経緯です。なお,若干の勘違いがtwitter上で見られたので言及しておくと,この事例は,同意なしで輸血を行ってはいるものの,たとえ死亡しうる可能性が高くとも患者や家族の自由意志を尊重すればよいという単純な話ではありません.輸血を行わなかった場合でも訴訟になりうる話です.

⅃ЯAƎ⊿せかんどらいふすたあと @DrMagicianEARL

承前)患者は18歳男性.交通外傷による両下肢裂創と骨盤骨折に伴う出血性ショックで救急搬送.患者はエホバ信者であり輸血を拒否.受傷から2時間後に輸液施行下で搬入,血圧94/38,脈拍124,Ht 23.6%,意識清明.しかし,代用血漿,アルブミン製剤を投与するも血圧が保てなかった

2014-12-16 15:23:38
⅃ЯAƎ⊿せかんどらいふすたあと @DrMagicianEARL

承前)受傷3時間後,母親とエホバの教会幹部が来院.母親もエホバ信者であり断固輸血拒否.血圧は70/20,Ht 12%に低下し,意識レベルが低下.その後,父親が到着.父親はエホバ信者ではないため輸血を希望した.輸血是非について両親間で協議が始まるが結論が出ずに経過した.

2014-12-16 15:27:38
⅃ЯAƎ⊿せかんどらいふすたあと @DrMagicianEARL

承前)その後,患者が交通事故の被害者であるとの報が入り,医師達は輸血をしないで死亡した場合に種々の社会的問題が生じうることに気づく.受傷後4時間が経過し,Htは10.8%まで低下.ここで医師は両親,エホバ協会幹部と緊急に会談を行った.

2014-12-16 15:31:00
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承前)医師側の説明「もし輸血を行わず死亡した場合,以下の問題が生じうる. 1) 加害者であるトラック運転手が過失傷害で済むはずが過失致死になってしまう. 2) 我々医療機関も十分な医療を行わなかったとして父親または加害者および運送会社から訴えられる可能性がある.

2014-12-16 15:34:01
⅃ЯAƎ⊿せかんどらいふすたあと @DrMagicianEARL

承前)上記2点に対する解決策がなければ当方としては輸血を行わざるを得ない.」という趣旨を伝えた.これに対する明確な回答は協会側からは得られず,受傷4時間30分後に同意が得られないまま病院の判断で輸血が施行された.大量輸血で血圧は上昇し,その後外科手術等を施行し救命しえた.

2014-12-16 15:37:33
⅃ЯAƎ⊿せかんどらいふすたあと @DrMagicianEARL

承前)リハビリを経て118日目に退院,元気に社会復帰をとげた.患者本人や両親からは病院のとった処置に対して何ら抗議はなく,むしろ救命できたことに感謝を示しており,現在も良好な関係となっている.

2014-12-16 15:39:49
⅃ЯAƎ⊿せかんどらいふすたあと @DrMagicianEARL

承前)ちなみに,輸血の必要性について病院側から再三説明するも母親とエホバ幹部からの返答は「とにかく輸血しないで患者をそのまま死なせてほしい」の一点張りだったとのこと.このため病院側は救命のためには同意を得る前に輸血する以外手段はないと判断している.

2014-12-16 16:09:58

補足(論文考察からの抜粋)

東大附属病院における,エホバ患者の肝臓切除術の周術期に輸血を行ったケースにおいて平成12年2月29日に最高裁判決が下され,高等裁判所の判決通りに原告(患者)側の主張が認められた.この裁判での論点は,医師と原告の間で「輸血をしない」という合意があっても,輸血以外に救命手段 がない非常事態には輸血をすべきか,という点であったが,これに対して判決文では「輸血を伴う医療行為を拒否するという意思決定をする権利は,人格権の一内容として尊重されなければならない」として,一審判決における「輸血を拒否することは公序良俗に反する」という判断をくつがえした判例がある.

東大附属病院の症例の最高裁判決から解釈すると,「医療機関は,エホバの証人など輸血を拒否する患者に対しては,輸血を必要とする診療を拒否することができる」ことになるが,実際に救命目的で高次医療機関へ転送されてきた患者を,絶対的無輸血が保証できないと云う理由で診療を拒否するのは,人道上も無理である.

救命センターはいうまでもなく患者の救命が最も重要な使命であり,その目的のためには輸血を含む可能な限りの治療を行うことが基本である.よって,もし今後に同様のケースに遭遇した場合もわれわれは輸血をしてでも患者の救命を最優先する方針とし
ている.

なお,本論文の主旨は,輸血を拒否する患者に対し,特殊な状況下において輸血を施行した症例を報告したもので,決して特定の宗教の教義を批判するものではない.

なお,本論文は以下から無料で閲覧できます(PDFファイル).

濱島 高志, 池田 栄人, 上島 康生, ほか.交通事故の被害者で大量出血したエホバの証人の信者に対して輸血を施行した1例.日本救急医学会雑誌 2001; 12: 59-62
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjaam1990/12/2/12_2_59/_pdf