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伊月遊 @ituki_yu
狼と香辛料 Side Colors XX 「狼と松本人志」3
伊月遊 @ituki_yu
「「乾杯!」」 威勢の良いかけ声と、木のカップを打ち合わす音。続いて勢い良くエールを嚥下する音。 一気に飲み干して、テーブルを叩くようにしてカップを置くと、ロレンスは嬉しそうに息を吐いた。
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「いやあ、幸運とはこういう事だな!」 「少し出来過ぎという気もするがの。ま、そのお陰でこうして美味い酒にありつけるという物じゃ。素直に喜んでおくとしよう」 などと言いながらも、ホロは喉を鳴らしてエールを呷る。その表情には微塵の影も見えはしなかった。
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シマント料理学校はロレンスに二つの報酬を与えた。 一つは今二人が居るこの酒場兼、宿の手配。 もう一つがロレンス達の持っていた岩塩の引き取りである。
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この時期、ネムノルの街は大勢の観光客や商人達で溢れ返る。当然宿などは全て満杯であろう。 その状態でこれほどすんなりと宿を手配出来るというのは、この街に対するシマントの影響力が被い知れるという物であった。
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そして何よりもロレンスが大いに喜びの杯を交わしている理由、それは、 「しかし、まさか相場の二倍での引き取りとはの」 「俺もあの契約書には目を疑ったよ。どれほど美味い話だろうと、いや。美味ければ美味い程、それ相応の代償があるというのが世間の常識だ。しかしあの契約書にはそれが無い」
伊月遊 @ituki_yu
「たわけが、じゃから単なるお礼と言っておろうが。ぬしはもう少し人の善意を素直に受け取る事じゃな」 「違いない」と笑いながらロレンスはまた杯を呷り、ホロもそれに続いた。
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「おまちどうさま!」 程なくして、妙齢の女性ウェイターが威勢の良い声と共に、二人のテーブルに幾つもの料理を運んできた。 見るからに美味そうな魚料理の数々。たちまち辺りには美味そうな香りが立ち込めはじめ、二人の鼻孔と胃袋を大いに刺激する。
伊月遊 @ituki_yu
「これがネムノルの魚料理かやぁ!う、美味そうじゃあ……」 「はっはっは!そう、シマントの味は本物さ。たーんと食べとくれよ」 目を輝かせるホロ。その声に、ウェイターの女は豪快に笑いながら次の料理を運んでくると、ホロはいよいよ感極まった表情でロレンスと料理を交互に見やる。
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そしてその目の前で、呆気なく料理は食べられた。 「あっ!」 というホロの声も遅れる程、極々自然な仕草であった。 フォークで皿上の魚を突き刺し、口に運ぶ一人の男。 全身を派手な黄色いスーツに身を包んだ、オールバックの、如何にも商人風な青年である。
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もごもごと咀嚼し、喉を鳴らして飲み込むと満足げに息を吐き、それから男はこう言った。 「んーー、ごちそうゲッツ!やっぱりネムノルの魚は美味いな!」 満面の笑みで両手人差し指をビシッと立てるその男を見て、大口を開けてぼうと呆けるホロとロレンス。その意味合いは二人とも違う物である。
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「わっちの魚!」 「ダンディ!」 僅かの間を開けてから、二人は声をそろえて立ち上がる。 突然集まる視線、瞬く間に酒場中の人間が二人に意識をやる。 一瞬の凪のような沈黙。気恥ずかしさを誤魔化すように大きく咳払いをし、ホロとロレンスは再び席に座る。
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「……全く、とんだ恥じゃ」 「ハッハッハ、悪い悪い。つい美味そうな食い物が目の前にあったもんでね」 悪態をつきながら腰を下ろすホロに、男は一切悪ぶれた様子もなく朗らかに笑う。 それを見てロレンスは「相変わらずだな、ダンディ」とあきれ気味に言った。
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「なんじゃ、知り合いかや」 とホロは未だ不機嫌そうにしながらカップを傾けると、 「以前ちょっとした商売で一緒にね」 とロレンスは苦く笑う。
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そんなホロに、男は二人の近くの席にどっかりと座りながらこう答える。 「これは失礼美しいお嬢さん、名乗りが遅れてしまったね。私はダンディ・サッカーノ。この街で商売をしている、まあ、しがない商人さ。以前ロレンス君にはたっぷりと稼がせて貰ってとても感謝しているんだ」
伊月遊 @ituki_yu
「よせよ、気味の悪い。お前に感謝なんてされたら後で何があるか分からない」 「ハッハッハ、こちらも慣れないお世辞で喉が乾いちまったよ。ここはお前の金で頼んだ杯で口を潤すとするかな」
伊月遊 @ituki_yu
ニヤつきながら軽い口を叩き合う二人の男。それを見てホロは余計に呆れかえり、遂には「勝手にやっておれ」と一人で料理を口に運び始めるのであった。 ロレンスとダンディは近くのウェイトレスに酒を頼み、それから互いに向き合うと、「いやー、それにしても」とダンディは嬉しげに口を開く。
伊月遊 @ituki_yu
「それにしても親愛なるロレンス君。聞いたぜ、相変わらず手の早いこって」 「ん、なにがだ?」 「とぼけるなって。シマントの事だよ、シマントの。随分と儲けたらしいじゃないか」 「何のことか分からない……と言いたいところだが、まあ、そいつは無駄か」 その言葉にニヤリと笑うダンディ。
伊月遊 @ituki_yu
商人のネットワークに穴はない。 商人は情報で飯を食う生き物であり、彼等が情報を無くすと言うことは、それはつまり己の破滅を意味している。 ならばこそ彼等は情報という物を尊重しており、互いに共有しあう事で自分に足りない視覚を補う。
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つまり一人の商人が知ったことは、その情報を故意に秘匿しようとしない限りは、瞬く間に全員へと知りわたってしまうのである。 ましてや相手はこの街に居を構える街商人。いわばここは彼のテリトリーである。この街で起きた出来事は一刻も経たぬ内に彼の脳へと送られるだろう。
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それを知っているからこそ、ロレンスは否定も何もせずに、ただ溜め息を吐き出すのであった。 間もなくして二人分の酒が届くと、おもむろに乾杯して軽く一口、それからロレンスは「運が良かっただけさ」と謙遜する。
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「運も商人の立派な要素だよ。全く、この街でシマントの名がどれだけ大きいか知ってるのか?」 「まあ、かなり影響力があるという程度にはな」 「かなりなんてもんじゃあ無い」 とダンディはとんでもないと言うような態度で首を横に振る。
伊月遊 @ituki_yu
「あまり大きい声じゃ言えない……といってもこの街の住人は全員が分かっていることだがな、このネムノルの街は実質的にはシマントの物みたいなもんだよ」 「というと?」 「この街は漁業が盛んでな、産業の比率が大きく海産の輸出と飲食に傾いている」 「それは知ってるよ。それで?」
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「漁業で取れた豊富な魚介類。それの運輸と卸売を、もしも一つの組織が一手に担っているのだとしたら、どうなると思う?」 思わず耳を疑うロレンス。 「まさか、冗談だろ?」と思わず聞き返すが、ダンディは不敵に笑みを浮かべるばかりである。
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