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僕と人魚姫

僕と人魚のイムヤ
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洲央 @laurassuoh

夏休み、透き通るようなブルーの空、濃い藍色の海、白い砂浜に温かい風……僕はとある南の島にやって来ていた。両親が宝くじで当てた4人分の旅行券で僕と妹は人生初の海外旅行を体験することになったのだ。泊まるのは水上コテージ、レンタルボートにレストランのコースもついている。

2015-01-23 22:22:40
洲央 @laurassuoh

妹は母と買い物に行き、父は気ままにボートを浮かべて釣りをしていた。僕は中学生らしい好奇心と底なしの元気でゴーグルをはめて海に飛び込んだ。カラフルな魚たちが太陽光をキラキラと反射しながら珊瑚の間を群れを成して泳いでいく。そこはまるで楽園だ。僕は夢中で魚たちの後を追った。

2015-01-23 22:24:51
洲央 @laurassuoh

不思議な影を目にしたのは泳ぎ出して1時間も経った頃だろうか。僕はいつの間にかコテージを離れて岩場付近の浅瀬へと迷い込んでいた。沖の方向、複雑に岩と珊瑚が交わった水深5メートルほどの落ち込んだ場所に何かがチラチラと揺れていた。一見すると海藻のようだが、鮫の尻尾のようにも見える。

2015-01-23 22:28:51
洲央 @laurassuoh

僕が近づいても影は揺れていたが、砂埃が立っており実体はよく見えない。 「よし」 お尻を垂直に上げて一気に海の底まで潜る。砂埃の向こう、そこに手を伸ばした。 指先に触れたのはヌルリとした鱗のようなもの。もしかしたら鮫かもしれない。僕は両手で影を掴んだ。不思議と恐怖は感じなかった。

2015-01-23 22:32:37
洲央 @laurassuoh

僕は影を離さないようにその身体を辿っていった。砂に混じって何枚か銀色の鱗みたいなものが剥がれたが、僕は気にしなかった。やがて感触が変わった。つるりと抵抗のない柔らかさ。まるで人間の肌のような手触りになったのだ。

2015-01-23 22:38:43
洲央 @laurassuoh

そして、右手をさらに前進させた次の瞬間、手の平にこの世のものとは思えない弾力と心地よさが生じた。それは手に余るサイズでも、小さすぎるサイズでもなく、ピッタリ僕の半球に納まった。 「(なんだろう?)」 息がそろそろ苦しいが、僕は正体を確かめようと何度かそれを揉んでみた。

2015-01-23 22:40:24
洲央 @laurassuoh

ぷにぷにとした触感と、水を入れて膨らませたビニールのような抵抗が同時に発生する。むにむに。 このままずっと触っていたかったが、僕が手を動かすたびに影の動きは大きくなり、ついに砂埃で何も見えなくなってしまった。僕はもう必死に影を引っ張った。どこを触っているかなんて一瞬で忘れて。

2015-01-23 22:43:09
洲央 @laurassuoh

浮力を生かした引っ張りの末、何かが抜ける感覚と共に僕の手は影から離れた。僕はその反動で海底に投げ出された。 周囲を覆う砂埃のせいで光が乱反射して海面が分からない。呼吸が尽きかけると、人はもがく力すらなくなって虚しく叫ぶ。 「(助けて)」 だが、水の底ではそれは死期を早めるだけだ。

2015-01-23 22:46:35
洲央 @laurassuoh

肺の空気が全部抜けた僕は最早自力で浮上することができなくなっていた。パニックでどうしようもなかったのだ。脳裏には明確に「死」の文字が浮かび、思い出が走馬灯となって展開する。家族の顔、友人、先生、好きなバンド、なぜか最後に、食べ残した機内食のサンドウィッチが浮かんだ。

2015-01-23 22:51:18
洲央 @laurassuoh

意識が途絶える寸前、僕の腰の辺りに誰かの手が触れたのを感じた。これは天使だろうか。それとも海の精霊か。とにかく僕は死ぬんだと思った。そして、死についての実感に説明を与える言葉を考える段階で意識は真っ黒に途絶えた。

2015-01-23 22:54:02
洲央 @laurassuoh

意識が戻って僕が最初に目にしたのは、僕を心配そうに見つめる両親と妹の顔だった。 「あれ?」 起き上がると軽い頭痛がした。 「砂浜に打ち上げられてたんだ」 父が説明してくれた。僕は自分が生きている事にはさほど驚かなかった。それよりも誰が僕を救ったのか知りたかった。あの手の正体だ。

2015-01-23 22:58:38
洲央 @laurassuoh

「僕の周りには何かあった?」 父は首を振った。 「そっか……」 僕はもう一度横になった。家族は明日医者に見せようと言って部屋から出ていった。 「おっ、そうだ……」 父が扉を閉める寸前、思い出したように口を開いた。 「お前水中ゴーグル無くしただろ。新しいの向こうにあるからな」

2015-01-23 23:00:57
洲央 @laurassuoh

父が出ていった後、僕は木製の吹き抜け天井を見上げながら考えた。水中ゴーグルを僕は確かにつけていた。バンドは3点で滅多に外れることはないはずだ。僕を救った誰かが意図的に持ち去ったとしか思えない。 「でもなぁ……」 水中ゴーグルなど盗んでどうするのだろう。 「やっぱり無くしたのかな」

2015-01-23 23:03:47
洲央 @laurassuoh

僕は目を瞑って眠る事にした。波の音がすぐ下から聞こえる。水上コテージは眠っていてもまるで海の中みたいだ。それはとても落ち着く音、感覚。海は全生物の母の子宮だと言う。そう言う事だ。僕もまた地球の子なのだ。 夜、僕はディナー後の晩酌を楽しむ家族を尻目に砂浜を一人歩いた。

2015-01-23 23:06:28
洲央 @laurassuoh

波の音は昼間よりも静かな気がした。半分欠けた月が漆を混ぜたような青色の光を水面に注ぐ。やがて、ディナーを食べたレストランの橙色の灯りはだいぶ遠くなった。僕は腰を下ろして水平線を眺めた。 「ねえ、キミ!」 後ろから声がかかった。 「誰?」 日本語、現地人ではないのだろうか。

2015-01-23 23:09:17
洲央 @laurassuoh

振り返った僕の目に飛び込んだのは、青い月明かりに照らされた美しい少女だった。彼女の髪は頭の後ろで1回結んであるにも関わらず腰くらいまで長かった。シャツにパンツのラフな格好は、彼女の美しさを際立たせていた。すらっとした肢体と慎ましくも存在感のある胸は確かな将来性を感じさせる。

2015-01-23 23:12:40
洲央 @laurassuoh

彼女の髪は青い月光に照らされて紫水晶のようにキラキラと光った。 「私はイムヤ……これ、あなたのでしょ?」 彼女は僕が昼間していたゴーグルを差し出した。 「あっ、それ……」 僕は立ち上がって尻の砂を払ってからゴーグルを受け取った。 「君が僕を助けてくれたの?」

2015-01-23 23:16:01
洲央 @laurassuoh

「うん……あなたがイムヤを助けてくれたから、そのお返しにね」 イムヤは笑った。彼女の周囲に頭上の星屑がパラパラと舞い散るような笑顔だった。僕は夜だと言うのに夏の陽すら連想した。 「でも、僕が助けたのは……」 影。 「そう、あなたはイムヤの秘密を知ってしまった」 「え?」

2015-01-23 23:19:30
洲央 @laurassuoh

秘密とはなんだろうかと聞き返す暇もなく、イムヤは僕の手を掴んだ。 「だから来て!」 そのまま、イムヤは海へ飛び込んだ。 「ちょっと!」 僕は何とかゴーグルをはめてイムヤとともに海へ入った。シャツと短パンだから泳げはするが、サンダルは波打ち際で脱げてしまった。

2015-01-23 23:21:44
洲央 @laurassuoh

「着いて来て!」 イムヤは特に身体を動かしている様子もないのだがどういうわけか水面を華麗に滑っていく。 「待ってくれ!」 僕は平泳ぎでイムヤの揺れる髪の毛を追った。そいつは月の青に照らされると紫になって、影が落ちると赤くなった。真っ暗な海の中で、イムヤの髪だけが文字通り輝いていた

2015-01-23 23:24:05
洲央 @laurassuoh

やがてイムヤと僕は岩場にある小さな洞窟へ辿り着いた。 「この先よ!」 イムヤはスイスイと岩の隙間を抜けていく。僕はその光跡を目印に必死で彼女を追った。 それは不思議な体験だった。星の海を泳ぐように僕は輝きとその残滓を見つめて進んだ。頭上では銀河鉄道が走っていた。汽笛は波の音だった

2015-01-23 23:27:54
洲央 @laurassuoh

やがて僕たちは小さな入口の向こう、周囲360度を岸壁で囲まれた入り江に辿り着いた。コテージのあった浜辺とその場所とでは、静かな海、半月の明かり、波と砂浜は同じだが、決定的な違いが一つだけあった。 「ここなら誰も来ないから!」 砂浜に上がったイムヤがそう言って僕を見た。

2015-01-23 23:30:30
洲央 @laurassuoh

「はぁ……はぁ……何が、あるんだよ……」 イムヤに置いていかれないように泳ぐのはかなりきつかった。僕は砂浜にしゃがみこんだ。 「だから、イムヤの秘密」 イムヤはちょっとだけ顔を背けて胸元で手をぎゅっと握り合せた。 「イムヤが人魚だって誰にも言わないでくれる?」

2015-01-23 23:35:00
洲央 @laurassuoh

イムヤの表情は月光に照らされてよく見えた。何か、恥ずかしさに似た何かを我慢しているような顔をしていた。唇を結び、目は潤んでいるようにも見えた。 「……人魚?」 僕はそれだけ言った。状況が全く読み取れなかった。 「そう……あなたが助けてくれた時、ちょっと鱗が剥げちゃった」

2015-01-23 23:37:20
洲央 @laurassuoh

イムヤはショートパンツをちらりと捲って腰の辺りを示した。 「ココ……赤いでしょ?」 「確かに……痛くないの?」 イムヤの腰骨あたりの皮が鱗状にいくつか向けていた。そこからは真皮一枚に守られた肉の赤い色が見えた。 「痛くはないけど、ちょっと沁みるかな」

2015-01-23 23:40:38