「お待ちくださいお嬢様!」 「やってらんないわよ、茶道の教室なんて」 畳のへりや襖の敷居は踏まない。茶菓子はつまようじでちまちま食べる。茶碗は正面から飲まない。 「全部私の勝手でしょ!」 こんなまどろっこしいルールを作ったのは誰よ。千利休か。いや別に誰でもいいか。
2015-01-25 00:14:54親が押し付けた。私が面倒になった。ただのそれだけだから。 「お嬢様、どうか席にお戻りください!」 追いかけてくるのは、親と子、板挟みの立ち位置な執事。世話になってる立場で悪いけど、もう飽き飽きだ。 ☆ 唸る排気音はまるで獣、日を浴びて煌めくボディはまさしく黒金。
2015-01-25 00:15:32「やっぱ私はじっとしてるより、こっちの方が合うわぁ」 これぞ、鉄馬(ハーレー)と呼ぶにふさわしい。 20歳の誕生日に、パパに無茶言って買ってもらった、御年一歳のお馬さん。高速に入り、サービスエリアまで逃れた私は、逞しい愛馬を見つめ、時々撫でていた。そろそろ家に戻ろうかなって時に。
2015-01-25 00:16:51「もしも~しそこのお嬢さん、もしかしてお一人でお暇しちゃったりしてます?」 知らない男から声をかけられる。俗に言うナンパというやつか。 今更な説明になるが、私は所謂お嬢様だ。総資産20億はあろうかという、とある企業の会長の娘。
2015-01-25 00:17:37「残念だけど、暇じゃないのよね。門限に厳しい父がいるもんだから」 なので、適当に適切に丁重にお断る。 「じゃあ、パパ様にお持ち帰りをお願いしちゃおうかな」 急に腕を引っ張るなんて、強引ね…って。 「身代金と引き換えにね」 これは流石にまずいでしょ。 ☆
2015-01-25 00:18:01「まずいことになったわね」 港の倉庫に二人きりってのは、全然ロマンチックじゃない。閉じ込められて、見動き封じられてたら、尚更ね。 「自分が有名人だってこと自覚してなかったんすか?親の教育がなってないですねぇ」 「いや、まずいことになったってのは私のことじゃなくって…」
2015-01-25 00:18:59耳をつんざく破砕音が、会話を遮る。倉庫にぽっかりと大穴があき、日が差し込んだ。逆光で良く見えないが、よく分かる。いつも付き従う、あの人の姿がそこに。 「お嬢様を返して頂こう」 M202――4連装ロケットランチャーを担いだ、執事の姿が。
2015-01-25 00:19:35装填したら12kgはあるだろう筒を、角材みたいに軽々と。 「どっこいしょ」 あ、下ろした。そりゃ下ろすよねこの距離じゃ役に立たないし。 そんで、駆け寄ってきた。 「ヒィィッ!く、来るな近寄るなぁ!」 私を引き寄せた誘拐犯が、だらだらと汗を流してうろたえる。
2015-01-25 00:20:13刃物を執事に向けてるあたり、相当焦ってるんだろうな。 こういう時って普通私に向けない? 「聞こえなかったのかね?そのうすら汚れきった手を、お嬢様から離せ、と言っているのだ」 刃物を握る手首を掴み、捻り上げる執事。それはもう、グイッとかじゃなくゴキッと。いっそメキャッと。
2015-01-25 00:20:54「うぐぅああああああっ!」 「レディの扱いがなっていませんな」 今更な説明になるが、私は所謂お嬢様だ。 総資産20億はあろうかという、とある軍事企業の会長の娘。 故に、執事は兵装の扱いに慣れている。武術も。 あれね。お茶の子さいさい、というやつ。 ☆
2015-01-25 00:21:42「いやぁ、寄る年波には勝てませんなぁ」 「どこがよ、めっちゃ元気だったじゃない」 「そんなことは…あたた、腰が」 「はいはいわかったわかった」 執事のバイクに、二人乗りで家路につく。 何で誘拐された私が運転するんだろ、別にいいけど。
2015-01-25 00:22:11誘拐犯は無事に警察に連行された。 私が警察呼んでなかったら、あの誘拐犯はどうなっていたことか。考えるだけで恐ろしい。そう、こんなスーパーおじいちゃんな執事に、逃走劇で勝とうなんてどだい無理なのだ。無茶に付き合ってくれるのは嬉しいけど、もう、そんな歳じゃないよね…お互いに。
2015-01-25 00:22:42「残念ながら、ああいった輩は少なからずいるものです。お茶の作法も、今やその価値を失いつつありますが、不遜な輩を近づけない為の盾にはなるかと」 「…それもわかったわよ。これからはちゃんとやる」 盾か。そういう考え方もあるわね。攻めだけじゃなく、身を固める守りも要る。
2015-01-25 00:23:39